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幻想蒸奇譚シャーロック─未熟な名探偵と鉄腕の帰還兵─  作者: ジルクライハート
第二章・空飛ぶスコットランド人の怪
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技術の善悪

「ロイヤルフライング・スコッツマンは、主に四種類の車両から成り立っている。機関車。動力を生み出す炉を兼ね備える部位であり、一般的なコック帽に似た煙突と両側に設置された防塵板が、詰襟の似合うきりっとした二枚目を思わせる。次に連結されているのが淡水車である。淡水車は──」

「……なにやってんのこの子」


 奇異の目を向けたのはレイン・メーカーだった。


「さぁ?」


 右手で回転式拳銃リボルバーを軽やかに回転、ジャグリングしながら雑にジョーが答えると、レイチェルはパンフレットから顔を上げた。


「知識は音読するほうが頭に入りやすいのです」

「そう……まぁ、そか。好きにしてくれ」

「はい。そうします」


 そうして再びパンフレットを読み始めたレイチェルはさておき、ジョーたちは今、前方から数えて四両目の予約客車、その最前列の四人用個室ボックスルームに座っていた。中央の通路を挟んだ向かい側には長い夜を快適に過ごすための寝台があり、例のパンフレットによればこの予約客車には最大で八名の客しか乗せられない。つまり一両を四つに分けて使い、その半分をジョーたちが使用している、というわけだ。


「だけどよ。こんな派手な行動をしてよかったのか? 腐っても一応これ、誘拐なんだが」

「まぁ、目立つのが目的だし、そもそも警察は今のところ動いてないよ。駅舎で二時間張り込んでたけど警察官は現れなかったし」

「なんで」

「警察──この話の流れですとスコットランドヤード警察ですが、設立は千八百二十九年になります。増えすぎた犯罪に対応するために当時から約三千人の規模を誇っていましたが、千八百九十九年には一万六千人ほどまでに増強されました。その翌年には指紋捜査の導入もあり、目覚ましい進化を遂げているのですが、多すぎる人員を十分に制御しきれずにいるのが現状だそうです。くわえてアンバー家から倫敦までは馬車で飛ばしてようやく数刻。彼らが網を張り終える前に倫敦を脱出できた、と考えるのが自然ではないでしょうか」

「その通り!」


 レイン・メーカーが指を鳴らして言った。


「くわえてスコットランドヤード警察の人員はだいたいが軍人なんだよねー。元自警団とも言えるかな。戦争に行った連中もいれば、町を守るという名目で銃背負って行進だけしてた連中もいるから玉石混交だけど。ま、要するにイギリス陸軍とパイプがあるってワケ」

「と? ……」

「あら、なにか引っかかることでもあったかしら?」

「いいや。一雇われには関係ない話だ。元一兵卒が組織間の駆け引きを把握する必要はねェ。くだされた命令を忠実にこなせばいいだけのことだからな」

「舞台裏を覗きたがる役者じゃなくて助かるわ。知りたがりは身を滅ぼすもの」

「イギリス陸軍とパイプがある──先程のニュアンスは他組織もパイプを持っていることを否定していないので、おそらく様々な組織が何枚にも折り重なってミルフィーユ状態になっているのでしょう。そちらの組織の素性の知れぬ依頼主も一枚噛んでいて、波風を立たせたくないイギリス陸軍はできる限り内々で処理したいから表向きは静観している、と」

「…………いやぁ~、分かってはいたけどきみの前じゃ隠し事できそうにないよね」

「だな」

「うゆ?」

「パンフレットは読み終わったのか?」

「はい、読み終わりました。……それは、なにをしているのですか?」

「あン?」


 物珍しそうな目線の先には、ジョーの回転式拳銃があった。


「銃をくるくると」

西部劇ウェスタンの真似事でしょ? あのカッコつけるだけでなんの意味もない動作」


 呼吸をするのと同じくらいに染みついた動作で回転する拳銃を手のひらに収め、窓枠からのびる小さなテーブルの上に置くと、ジョーは流れる景色を眺めた。


「──たしかになんの戦術的優位性タクティカルアドバンテージもない。だが、少なくとも俺たちにとってはこれが娯楽だった。それだけさ。ぞんがい重宝してるンだぜ。旅芸人として路銀を稼いだり、酒場で麦酒ロンドンプライドを一杯ちょろまかせたりするからな」

「ぼくはすてきな技術だと思います」

「そ、そうか?」


 不意の好印象に思わず口元が緩む。


「はい。戦場で苦楽を共にした仲間を笑顔にするための技だったのでしょう? なら、それはとてもすてきな技術だと思います」

「ぞんがい相手を騙し撃つための技かもしれないよ? うまく誤魔化しているだけで。戦場ではさぞいっぱいお殺しになったんでしょうし」


 レイン・メーカーは意地悪な笑みを浮かべながら言った。


「そうなのですか?」

「……そういう技があるのは否定しない」

「やってみてください」

「えっ?」

「お願いします」

「あ、ああ……分かった」


 発言の意図が読めないままもジョーは中指をトリガーガードに通したまま、親指を撃鉄ハンマーに乗せ、弾倉側を──持ち手をレイチェルに差し出した。そうして彼女がそれを受け取ろうと手をのばした瞬間、素早く親指を押し込んだ。中指を支点にくるっと半回転した銃口は、上下逆さまの状態で目を丸くするレイチェル・アンバーの額を睨みつけた。


「ロード・エージェント・スピン。所謂騙し撃ちの技だ」

「ふむ。なるほど」

「おー、こわっ。さすが戦場帰り。殺しの手管は選り取り見取りってワケだ」


 けらけらと笑いながら言うレイン・メーカーの瞳には軽蔑が見え隠れしていた。


「なぜ、あなたは彼が軍人であったことと銃芸これを同じテーブルで語ろうとしているのですか?」

「だってあなたは正義の名探偵サマでしょ~? わたしたちは薄汚れた悪党。違う?」

「違います」


 あまりにもはっきりと断言するので、二人は思わず言葉を失った。


「今のところ、あなたたちが問われるべき罪は誘拐だけでしょう。少なくともぼくはそう考えます。そして、ぼくはそれに合意しているので誘拐ではなく、これはぼくが企てた遠大な家出計画となります。つまり皆さんはぼくの共犯者というわけですね。おそらくぼくと出会うまでのあれこれについて仰っているのでしょうが、名探偵とは公明正大な玉座裁判所キングス・ベンチじゃありません。ホームズであってもそれは同様で、彼は正義の人ですが作中でも度々、犯人を見逃しています。“見逃す”という行為は“大きな責任”を伴います。いくらこころからの反省を誓ったとしても、未来あしたにまた罪を犯すかもしれません」

「なら────」


()()()()()。少なくともぼくの目の届く範囲で、ぼくの目の黒いうちは」


「……理想論者おこちゃまがいけしゃあしゃあとまァ……」

「ぼくの意見はまだ終わっていないのですが」

「あーあー、もう好きにしてよ。はいどーぞ」

「先程の技、見事でした。あの技も含めて何度も練習なさったのはすぐに分かりました。指の皮膚が固く、石のようになっていることと銃身のありとあらゆる箇所に細かな傷がついていたことから容易に判別できました。おそらく何度も落とし過ぎたせいで回転輪胴シリンダーは交換するはめになったことも」

「…………どうしてそれを?」

「塗装の禿げ方と傷の差です。銃身や弾倉、撃鉄部分に至ってはこすり過ぎて先端の角が取れてしまっているのに対し、回転輪胴シリンダーだけは真新しい。落とした衝撃か経年劣化か、その両方で留め具が馬鹿になったので交換なさったのでしょう。違いますか?」

「………………………………」


 開いた口が塞がらない、とはまさにこのことであった。

 その反応に気をよくしたのか、レイチェルはちょっと腰を浮かせてこちらへ向き直ると、


四つ辻掃除人クロッシングスウィーパーはご存知でしょうか」

箒を持って立つ人々(ストリートキーパー)のことか? いや、これは俗語か。ええっと、貴族のドレスが汚れないように、通りを歩く時に金をもらって行く手を掃く連中のことだろ?」

「その通りです。石炭陸揚人コールホイッパーは石炭船から石炭を陸揚げし、石炭運搬人コールポーターはその名の通り石炭を運搬する。これらは専門的な技術を必要しません。彼らはその肉体でもって社会の役に立つわけです。なら手品師マジシャンは?」

「……手品をすること?」

「それは手段ですね。彼らは手品でもって人々を楽しませるのがお仕事です。簡単なトラップマジックから瞬間移動、人体発火、人体分離。時には剣を自らの身体に突き立てることもあるでしょう。そうですね?」


 レイン・メーカーは唇を尖らせたまま、ひらひらと手を振った。

 すでにレイチェルが言わんとすることを察しているようだった。

 彼女はこちらへ向き直り、堂々と胸を張ってこう続けた。


「さて、手品は殺人ですか?」


「…………いや」

「違いますね。じゃあ、大道芸は殺人ですか?」

「違う」

「その通りです。ただし何事にも例外はあります。それは、その行いに悪意が混ざるかどうかなのです。分かりますか? 人を楽しませようと思って身につけた技に罪はありません。これは探偵の推理にも通じることです。確認プレッジ展開ターン────」

「──偉業プレステージ

「剣を、タネも仕掛けもない相手に突き立てたら? 撃鉄を起こし、弾丸を装填した状態でロード・エージェント・スピンをしたら? 探偵が無実の人を犯人に仕立て上げたとしたら? 先程の技の性質がなんであれ、その技を会得した者を侮辱する理由にはなりえません。技は技。でなければ外科医ドクターはみな連続切り裂き魔ジャック・ザ・リッパーということになりかねませんから」


 そう締めくくって彼女は微笑んだ。


「けっ!」


 レイン・メーカーは依然としてレイチェルへ強い敵がい心を抱いていたが、ジョーは違った。この短い間になにをどう見てそう思うに至ったのかは分からない。けれども彼女はたしかに目の前に座る悪党(ジョー・スミス)を、共犯者ジョー・スミスとして見ていた。


「…………参ったな」


 外へ顔を向けて窓枠からのびるテーブルに左肘ぎしゅを置き、目を閉じながら鼻より上を右手で覆い隠した。


 長い沈黙があった。


 それは彼が再び首を上げようとするまで誠実に守られ続けたのだった。

腰を痛めてしまったので、今回はおやすみです

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