幼き日の想い出
桜羅が逢いたいのは、子供のころにともに過ごした少年だった。
和紗との出会いは突然だった。
あれは、まだ、桜羅が小学生二年生の冬、降りしきる雪のなか、ポツンと佇む一人の少年は、溶けて消えてしまいそうなほど、儚く美しかった。
いつからいたのだろうか。
どこからきたのだろうか。
桜羅は、好奇心を抑えられなかった。
「名前は?」
「かずさ。」
紅い眼の和紗は、興味がなさそうに呟いた。
そのまま、和紗は、公園の出口に向かって歩き始めた。
「わたしは、さくら。良くこの公園にくるの。」
一瞬振り返り、また、和紗は歩いていった。
桜羅は、翌日から毎日、公園に通った。
和紗は、くるときとこないときがあり、会えばたわいもない話をポツポツとしながら、過ごした。
最初はぎこちなかった和紗も、時間が経つにつれ、桜羅に好きなもの、飼い猫のことなどを話してくれるようになった。
特に飼い猫のルウについては、寝起きをじゃまされたとか、お菓子をとられたとか、聞いている方には、なんとも微笑ましい話を、プリプリしながら、話していた。
「和紗は、私とルウが、溺れてたらどっちを助ける?」
ある時、桜羅は、和紗があまりにもルウの話をするので、からかいながら、聞いてみた。
すると和紗は、プイッと公園の端に歩いていってしまった。
「あ~まって。ごめんなさい、本気にしないで。」
焦った桜羅は、慌てて和紗を追いかけた。
「怒ったの?もしも、の話。本気じゃないよ?」
重ねて、桜羅は、和紗に言った。
「本気じゃないなら、そんなこというな。両方助ける。」
和紗は、まだ不機嫌なままだった。
「ごめんね。泳ぎ覚えとく。」
「ん。」
桜羅が、素直にあやまると、和紗は、桜羅の頭にそっとシロツメクサの冠を乗せた。
「母上…ママに、教えてもらった。サクラに似合うと思って。」
そう言ってはにかんだ和紗は、もうひとつ桜羅に手渡した。
「これも持っていて。何処にいても、助けられるから。」
「じゃあ、溺れないですむね。」
桜羅は、手のひらに乗せられた和紗と同じ眼のいろをしたネックレスをそっと握りしめた。
「そう。何処にいてもわかるし、空だって飛べるから」
和紗は、真顔でそういった。
「空も?」
「そう、空も。」
和紗と桜羅は、おでこをこつんと合わせて笑いあった。