王子、縁談が持ち上がる
ここはアバロニ王国のアルシュロッホ城。
何やらパーヴァートの部屋が騒がしい。
「なんでダメなんだよっ!」
「ダメなものはダメですよっ!」
どうやらパーヴァートとエリーナが何か言い争いをしているようだ。
「いいじゃん! 新しい下着を買ったんだろう? 今、着けている古い下着をくれよ! 上下セットで!」
「なぜ買ったことをご存じで? いや、それよりも何に使うおつもりですか?」
「そんなの当然俺が着る…………じゃなくて、小さく切って口ふきタオルにするんだよっ!」
(“着る”と“切る”でうまくごまかせた……われながら天才ではなかろうか……フハハ、世界よ! 驚愕せよ! これが……これが天才だっ!!)
(なんで王子は、それでごまかせると思ってるんだろう? どちらにしてもダメでしょうに……)
エリーナは呆れた顔でパーヴァートに言う。
「いいですか、パーヴ王子? 私の下着は城の裏庭にある焼却場で、私の目の前で、一片も残すことなく、確実に、完全に、王子の希望もろとも灰にします」
「うぅ……せっかくほかのメイドとエリーが、下着を買った話をしていたのを偶然聞けたのに……」
(あれっ? 私、その話はたしか更衣室で話していたような……)
「それより、大切な話って何?」
(ヤバいっ! 口が滑った!)
エリーナに思い出されては厄介なので、パーヴァートはすぐに話題を変える。
「あぁ、そうでした。王子に縁談が持ち上がっています」
「縁談……だって?」
「えぇ、お相手はレッドクラム王国の姫君、フラフィ様です」
レッドクラム王国はリンクル女王の治める国で、フラフィはリンクル女王のひ孫にあたる。
「フラフィ様は、それはそれはとても美しい方とお聞きしています」
「ほう……肖像画はあるのかい?」
パーヴァートは“美しい方”という言葉に即座に反応する。
「はい……こちらでございます」
「なっ!? なっ……なっ!?」
パーヴァートはエリーナから肖像画を受け取り、マジマジと見つめる。
その肖像画に描かれているのは、どうみてもシミだらけで白髪の老婆にしか見えなかった。
「ね……年齢は?」
「はい、たしか18歳だと伺っております」
(18歳!? いやいやいやいや! どう見ても80歳以上にしか見えん……婆さんじゃねーか!? いくら俺のストライクゾーンが広いといっても、9歳〜49歳までしか無理だ!!)
パーヴァートの額がじっとりと汗ばむ。
「健康的な褐色の肌と綺麗な銀髪で、隣国でもうわさになっているとか……」
(褐色の肌? シミだらけで真っ黒じゃねーか! 銀髪? 白髪じゃねーか! 違う意味でうわさになってるんじゃ……)
「それに……すばらしく豊満な胸をお持ちだと……」
少し恥ずかしそうにしながらエリーナは言った。
(いやいや、びよ〜んって垂れているだけだって! びよ〜んって!)
「パーヴ王子、どうなされました? 顔色が優れませんが……」
「エリー……悪いがこの話、なかったことにしてくれ」
「よろしいのですか?」
「うん! うんうんうんうんっ!!」
パーヴァートは高速で首を縦に振る。
「そうですか……それは残念ですね。ではセーリオ王に、そのようにお伝えいたします」
「あっ……あぁ、すまない。よろしく頼む」
エリーナは一礼すると部屋を出ていった。
◇ ◆ ◇ ◆
〜アルシュロッホ城、玉座の間〜
「――――ということで、王子はこの話をお断りしたいと仰いました」
「う〜む……こんなに美しい御令嬢の、どこが気に入らないのだ」
セーリオ王は右手に持った肖像画を見ながら言った。
その肖像画には褐色の肌に銀髪の、とても美しい女性が描かれている。
フラフィ姫の肖像画だ。
「う〜む、リンクル女王になんと返書を送ればよいのか……」
今度は左手に持った肖像画を見ながら、セーリオ王は困った顔をする。
その肖像画は……先ほどパーヴァートが見ていた肖像画であった。
シミだらけで白髪の老婆……リンクル女王の肖像画だ。
「息子には早く結婚して、この国を継いでほしいのだが……エリーナ、ご苦労だった。さがってよいぞ」
「それでは陛下、失礼いたします」
玉座の間から退出するエリーナは無表情だった。
フラフィ姫とリンクル女王の肖像画を間違えてパーヴァートに渡したのは、本当に間違ったのかそれとも……わざとなのか。
それはエリーナ本人にしかわからない――