王子、キスをせがんで土下座する
(来た! ついに来たぜ! 異世界にぃぃイイ!!)
アバロニ王国第二王子、パーヴァートは心の中で叫んでいた。
だが、彼は本物のパーヴァート王子ではない。
本物のパーヴァート王子は1時間前に死んでいるのだ。
辺境にあるエルフの里がゴブリンの集団に襲われていると知り、わずか50名の私兵を連れてパーヴァート王子は里の救出に向かった。
そしてゴブリン集団との激戦の果て、落馬して頭を打って戦死した。
(それって戦死なの?)享年26歳。
ほとんどのエルフたちはゴブリンに殺されたが、ほんの数名はパーヴァート王子の命を懸けた活躍により生き残った。
命を救われたエルフたちは、パーヴァート王子の亡骸を弔おうと土に埋めた――
――時を同じくして現実世界。
芋小田 権造 43歳
(派遣社員 彼女大募集中 童貞)
は、エロDVDとオナホールを買った帰り道に、お決まりの交通事故――トラックに轢かれて頭を打って亡くなった。
彼については特に説明することがない。
すると、なぜだか芋小田権造の魂がパーヴァート王子に乗り移り、土の中から“むにっ”と(夜の松茸のように)手を伸ばし、這い出てきて転生を果たす。
そう! 権造は長身で金髪碧眼、超男前のパーヴァート王子に生まれ変わったのだ。
権造は土から這い出て辺りを見回すと、これは異世界転生なのだとすぐに理解した。
普段から妄想ばかりしているからである。
まさかパーヴァート王子が転生しているとはつゆ知らず、助かったエルフたちのひとり――
エリーナ 130歳
(外見年齢は12歳 美少女)
は、生き返ったパーヴァート王子を見て、あることを心に誓ってしまう。
(私はこのお方に命を救われた……私は残りの生涯すべてを、このお方に捧げよう)
エリーナはエルフの里を出て、アバロニ王国のアルシュロッホ城に行くことにした。
そしてパーヴァート王子のお付きのメイドとして、住み込みで働き忠誠を誓うのであった――
◇ ◆ ◇ ◆
ここはアバロニ王国のアルシュロッホ城。
コンコン、コンコン
ドアをノックする音が聞こえる。
部屋にいたパーヴァートは、ドアに向かって声をかける。
「どうぞ、入りたま……」
ガチャッ
「失礼いたします。パーヴ王子、お茶をお持ちしました」
(ぜったい今、俺が“入りたまえ”って言う前に入ってきたよね!? きたよねっ!?)
パーヴァートは心の中で思ったが、口には出さなかった。
入ってきたメイド――エリーナがあまりにも凛とした表情をしていたからである。
ひょっとしたら自分が悪いのでは……そんな錯覚を起こすほど、エリーナは堂々としていた。
(なに!? やだ!? ちょ〜かわいい)
そんなエリーナを見て、パーヴァートは興奮していた。
綺麗な切れ長の眼、透き通った白い肌、薄いピンクの唇……
「エリー」
「はい、なんでしょうか?」
「チュ~させてくれないかッッ!!」
パーヴァートは頼み込んだ。
「王子……私は“一生を添い遂げる”と決めた殿方としか接吻はいたしません」
「じゃあ〜結婚しよう! 今しよう! 本気で! 本当だよ!」
「王子…………(なんて軽々しく結婚とか言うのでしょう? だから男の人って信じられない。結婚って言えば、なんでもさせてくれると思ってるのかしら? それって身体だけが目当てなのね)…………私はパーヴ王子にお仕えする身、結婚できる身分ではございません」
「え〜!? いいじゃん、お願い! いやっ! お願いします!!」
ガバッ!! パーヴァートは土下座した。
(簡単に土下座したっ? そこまでして接吻がしたいの? プライドというものがないの? あぁ、額を床にこすりつけてる……)
エリーナはうっすら微笑みながら、土下座する王子を見て言った。
「さぁ、お茶が冷めますよ」
「あぁっ! エリー! 今、燃えるゴミを見るような目で俺のこと見てただろ!?」
「いえ、生ゴミです……それでは失礼いたします」
「ふぁっ!?」
部屋から出ていくエリーナを見てパーヴァートは思った。
(美少女に罵られるのも悪くないな……)
と。