Dear my sister
「えっ、お姉ちゃんが出かける準備するなんてどうしたの? 日曜日だよ?」
朝食の後、パジャマから普段着に着替えていると、妹の優香からそんな言葉をかけられた。
「……私をなんだと思ってるのよ。私だって日曜日に出かけることくらいあるわよ」
優香は珍しい生き物でも見たような顔をしている。確かに普段はダラダラとしているが、その言いようはあんまりではないか。
それに、今日は大事な用事があるのだから。
「……お待たせ」
「いらっしゃい、紗耶香」
私がやって来たのは、自宅の隣。つまり、菫の家。
「じゃあ、早速始めましょ」
「……ええ、お願い」
菫はそう言うと、自身が着ているのと同じ、ピンク色の可愛いエプロンを差し出した。
「……本当にこれを着るの?」
「そうよ。形から入るのも大事よ?」
優香に怪しまれないように、荷物は財布など、必要最低限の物しか持って来なかった。その為、エプロンや調理器具、材料などは菫に用意してもらうことになっていた。
私たちはこれから、優香のバースデーケーキを作ろうとしているのだ。
渋々エプロンを着ると、菫は笑顔で満足そうに頷いた。私に着せたいだけじゃないかとは思うが、教わる以上、あまり文句は言えない。そんなことを、張り切ってキッチンに向かう菫の後を追いながら考えた。
「まずはケーキの生地を作るわ」
キッチンには既にケーキの材料と思しき物が用意されていて、菫はその中から市販のビスケットと、チャックのついたビニール袋を手に取った。
そして、ビスケットを袋の中に入れると、チャックを閉めて麺棒で叩き始めた。
「……菫?」
予想外の光景に唖然としていると、菫は麺棒を手渡して、「次は紗耶香の番ね」と言った。戸惑いながらビスケットを叩くと、次々と砕けていく様が案外面白く、気が付くとビスケットは粉々になっていた。
「……やり過ぎたかしら……?」
「とってもいいわよ」
次に、菫は耐熱容器にバターを入れて、ラップをかけて電子レンジに入れた。
3分程で加熱は終わり、菫の指示で先程のビスケットと混ぜ合わせた。
「……いい匂いね」
「そうね、いい調子よ」
その後も、菫に教わりながら作業を進めていった。
調理にかかる時間を予想してオーブンを予熱したり、前日からヨーグルトを水切りしていたりなど、菫の手際や準備の良さに驚かされた。
普段は頼りない面が多いが、料理に関してはここまで頼もしいんだなと感心していると、ケーキが焼き上がったようで、電子音が聞こえた。
「焼き上がったわね」
「……ちゃんと焼けたかしら?」
少し不安になりながらケーキを取り出すと、綺麗な焼き色がついていて、私は胸を撫で下ろした。
型から出すのかと思いきや、菫はケーキを金属の網の上に乗せた。
「……それは?」
「ケーキクーラーよ。すぐに型から出すと崩れちゃうから、ある程度この上で冷ますのよ」
「……そうなのね」
「後でこれを冷蔵庫に入れて、1日以上冷やすの。そうすると、しっとりして美味しくなるのよ」
「……じゃあ、31日に取りに来ればいいかしら?」
「そうね。きっと優香ちゃん喜ぶと思うわ」
「……だといいけど」
菫に礼を言って、私は家へと帰った。優香は特に気にする素振りは見せなかったが、一応警戒はしておいた方がいいだろう。
それから優香の誕生日までの間、何かの拍子に気付かれないかと心配で仕方なかった。特に、菫の名前が出た時は息が止まるかと思った。
しかし、そんなことは杞憂に終わり、無事に優香の誕生日を迎えた。部活が終わると、いつもより早めに学校を出て、菫の家に寄ってから自宅へと帰った。
「……ただいま」
ケーキを冷蔵庫に入れようとキッチンへ向かうと、優香がお母さんの手伝いをしていた。
「お帰りー。何その箱?」
当然のことだが、優香は私が持っているケーキに気付いてしまった。
「……優香のバースデーケーキ」
今更誤魔化しても仕方ないと思い、正直に言った。少し恥ずかしくて手作りとは言わなかったが。
「えっ……ありがとう。店のラベルが貼られてないってことは、もしかして手作り……?」
優香は戸惑いながら、そう尋ねた。
「……ええ、そうよ」
「料理なんて普段することないのに、急にどうしたの? 雪でも降るんじゃない?」
こうなることは予想していたが、実際にここまで言われると、少し腹立たしい。
「……要らないならいいわよ。せっかく菫に手伝ってもらったのに、無駄だったわね」
「要らないなんて言ってないじゃん! そういうことは早く言ってよね! 手伝ってもらったって言っても、お姉ちゃんが料理なんてできる訳ないから、実質これは菫さんの手作り……」
ぶっきらぼうに私が言うと、優香は態度を豹変させ、私の手からケーキを奪い取った。
「……全く、調子いいんだから」
ため息をつきながら自室に行き、荷物を置いた。
予定とは違うけれど、とりあえずは喜んでもらえたようで、少し安心した。
リビングに行くと、ちょうどお父さんが仕事から帰って来たようで、家族全員が揃っていた。
夕食を食べる間、なんとなく優香から視線を向けられている気がしたが、優香は特に何かを言うことはなかった。
夕食を食べ終えると、お母さんがケーキを冷蔵庫から取り出し、リビングへと運んだ。
「これ、紗耶香が作ったのよ」
お母さんがそう言うと、お父さんは目を丸くして、驚きの言葉を口にした。
「そうなのか?!」
「……ええ。菫に教わりながらだけど」
「それでも凄いじゃないか」
「……ありがとう」
素直に褒められて、居た堪れなくなった。
「この調子で他の料理もできるようになるといいんだけどね」
「……それは……また今度」
「そんなことより早く食べようよー」
優香が催促すると、お母さんは返事をしてケーキを切り分けた。
売り物のよう、とはとても言えないが、悪くない出来だと思う。
「いただきます!」
優香が誰よりも早くケーキを口に運んだ。
「美味しい……!」
「そうね」
「ああ、美味いな」
みんなに美味しいと言われ、静かに喜びながら私も一口食べてみた。
「……美味しい」
自分で作ったせいか、なんだか特別な味がする気がした。
少しして食べ終わると、優香は私を見て口を開いた。
「『美味しかったです、ありがとうございました』って菫さんに伝えてね。あと……お姉ちゃんもありがと」
「……わかったわ。どういたしまして」
やっぱり優香は素直な方が可愛い。