表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

第三話 王子さまがいっぱい

いつ「初夏の昼」

どこで「学校で」

だれが「少年と王子が」


……王子。王子ですか。王子ね……。

「聞け、少年。そなたをわが従者としてやる」



 ぼくの前で、王子さまが言った。


 たぶん王子さまだ。


 くるくるにカールした金色の髪に、ひらひらのレースのえりがついたシャツ。ぴかぴかのボタンが並んだチョッキ。針みたいに細い剣を腰につるしている。とどめが、かぼちゃパンツ。


 王子さま、と呼ばれるものに特有の格好を、それはしていた。



「どうした。感激のあまり、声も出ないか」



 ぎろり。と、それがぼくを見た。ぼくは開けていた口を閉じると、何か返事をしなくてはと思った。



「声は……出ます、けど」


「ならば返事をせよ。黙っているのは礼儀にもとる行いだぞ」


「ごめんなさい」


「うむ、かまわぬ。己が過ちに気づき、それを正す行いのできる者こそが、先に進む事ができるのだ。そなたは今、それに気づいた。善哉、善哉」



 今日は、半日授業の日だった。給食と掃除の後、小学校は終わった。


 友だちはみんな、集団下校で帰って行った。でもぼくは、五年二組の教室に残っていた。忘れ物があったり、朝顔の鉢が気になったりと理由は色々だ。でもとにかく残っていた。日差しが暑くなってきていて、早くプール開きしないかなあ、梅雨が終わったら夏だよな、暑くなったらやっぱりプールだ、とか考えていた。


 別に変わった事はしていなかったはずだ。なのに。


 いきなりこれに会った。



「あのう……あなたは王子さまですか」



 おそるおそる尋ねると、それは答えた。



「これはしたり。見てわからぬか」


「そうかな、とは思ったんだけど……」


「ふむ。我が高貴さは、姿や言葉の端々からにじみ出るものだからな!」



 胸を張る王子さま。



「あの、でも、ええと」



 ぼくは、うろうろしながら言った。



「なんでカエルなんですか」





 くるくるカールの金髪に、ひらひらレースのえりに、かぼちゃパンツ。


 でも全身、青色。


 ぎょろりとした目に、ちょっとねとつく感じの体。大きさはたぶん、ぼくの小指ぐらい。ひくひく動く喉の辺り。たまに『くえっ』とか『げこっ』とかいう感じの音がもれる。


 どう見ても、彼は王子さまだった。そうしてどう見ても、カエルだった。



「麗しい王子は、魔女に呪いがかけられるものと決まっているだろう。無知な輩め」



 王子さまは言った。



「呪い、かけられたんですか」


「そうだ」



 普通、呪いをかけられるのは、お姫さまじゃないのかな……?


 悩んでいると、ハエがぶーんと飛んだ。その途端、王子さまはしゅるっと舌を延ばしてハエを口の中に入れ……、


 ……食べた。


 食べたよ! ハエを!


 思わず引いているぼくの前で、王子さまはふんぞりかえって言った。



「我が供を申しつける。無垢むくな乙女を探し、連れて参れ」





 何の事だか良くわからなかったので、詳しく尋ねてみると、呪いを解くには『乙女の口づけ』が必要らしい。心の清い、純粋な乙女の、心からの愛の口づけ(……ちゅーだな)によって、呪いが消えるのだそうだ。


 だからって何で、ぼくがさがさないといけないんだ、と言ったら、従者のつとめだと王子さまに言われた。何それ。



「カエルにちゅーしたい女の子なんて、いないよ!」


「やる前からあきらめてどうするのだ、従者その一」


「何でその一なんだよ」


「私はそなたの名を知らんのだ。その一としか呼びようがないだろう」


「あっそうか……壮太そうただよ。楡崎にれざき壮太そうた


「ふむ。ソータか。私はフランツ・アルベリッヒ三世だ。黒真珠家の王子にして、赤薔薇王国第一王位継承者である」



 どこ、その国。



「あの、もう一度……」


「フランツ・アルベリッヒ三世。黒真珠家の王子にして、赤薔薇王国第一王位継承者である」


「フラン……アル……?」



 長い。覚えきれない。



「無知な庶民には高貴なる我が名が呼べぬか。フランツ・アルベリッヒ三世である。フランツと呼んでもかまわぬが、その際には殿下を付けよ」


「ふ、フランツ……殿下」


「よし」



 げこげこ、とフランツ殿下は言った。



「ではソータ。無垢な乙女を連れて参れ」


「むくなおとめって……カエルにちゅーしたがる女の子なんて、ぼくの知ってる中にはいないです」


「無能な奴め」


「無能って……だってカエルでしょ! 女の子はカエルって、好きじゃないよ!」


「私は王子だぞ」


「それでもカエルなの! 逆だったらどう? カエルになっちゃった女の子が前にいて、ちゅーしてくれって言ったら。ちゅーするの?」



 げこっ、と殿下は喉を鳴らした。



「それが呪いにかかった姫君ならば、義務としてする」



 王子さまって、すごい。



「義務でされたら、イヤなんじゃないかな、女の子」


「むう。そんなものか」


「うーん。まあ。それはそれで。えーと、それで、女の子がちゅーして呪いが解けたら、殿下はその子と結婚するの?」



 むかし聞いたおとぎ話はそうだった。確かそうだったと思う。するとフランツ殿下は言った。



「いや、王位継承者として、迂闊うかつな結婚はできぬのだ」



 ……へ?



「結婚できないってこと?」


「そうだ。その娘がどこかの国の王族であるのならば、話は別だが。庶民であったならば、まずできない」 


「それ、ひどくない?」


「それが王族の立場というものである」


「なにそれ。サイテーじゃん」



 ぼくが言うと、殿下は『げこっ』と言った。



「サイテーか?」


「サイテーだよ。カエルにちゅーするのって、すごい勇気がいると思うんだけど、違う? 殿下はそれとも、カエルだったらどんなものにもちゅーできるわけ」


「むう」


「ぼくは嫌だし。したくもないよ。なのに、呪いが解けたらバイバイなんて。そこまで勇気出した女の子に。ロクデモナイ男だよ、それ」



 フランツ殿下は、げこげこ言った。



「その娘には充分に報奨を取らす」


「お金の問題なんだ?」



 ぼくは言った。



「だったら、お金を払って女の子にしてもらえば良いじゃない」



 フランツ殿下は、不機嫌そうな顔になった。



「それでは解けぬ。真実の愛による口づけでなくば、呪いは解けぬのだ」


「それでその子を夢中にさせといて、解けたらポイ? やっぱりサイテー」



 ぼくの言葉に殿下は黙った。





「でもさあ。どうして魔女は、呪いをかけたりなんかしたわけ?」


 何だか静かになってしまったフランツ殿下に、言い過ぎたかなあと思ってぼくは言ってみた。話題を変える、というやつだ。



「それは、魔女の魔女たるゆえんだな」



 殿下は言った。



「魔女だから呪いをかけたって? でも、きっかけぐらいはあるんじゃないの?」


「この私に落ち度などあるものか」



 どうしてこう、自信満々なのかなあ。カエルなのに。



「魔女にごめんって言ったらだめなの?」


「王位継承者が軽々しく謝れるか」


「そういうもの? でも呪い、解いてもらうのが一番なんじゃない?」


「我が誇りが地に落ちようと、国に迷惑をかけるわけにはゆかぬ!」



 フランツ殿下はきっぱりと言った。すごい。



「なんかすごいね。ごめんって言うのがどうして国に迷惑なのか、良くわかんないけど」


「王位継承者が何かをすれば、国そのものの行為と見なされるのだ。へたに頭を下げたりしたら、我が国が魔女に隷属れいぞくしたと見なされる」



 そういうものなのか。



「それで『むくなおとめ』なのか。……でも難しいんじゃないかなあ」


「なぜだ」



 ぶーん、とハエが飛んだ。しゅるん、と殿下の舌が伸びて、また、


 ……食べた。


 しゅるん、ぱくん、と目にも止まらぬ速さで。ハエが。フランツ殿下の口の中に。


 殿下の喉が動いている。思わずぼくは、そこを凝視ぎょうししてしまった。



「ハエ食べる王子さまを好きになる女の子って、ものすごく少ないと思う……」



 ぼくが言うと、フランツ殿下はむむっ、とうなった。



「好きで食べているわけではないっ!」


「だったらなんで食べるの」


「何か本能のようなものが私を駆り立てるのだ! ハエを見たら舌が伸びるっ」



 ぼくは震え上がった。魔女の呪いって、怖い。



「フランツ殿下、カエルになってからずっと、ハエ食べてたの?」


「従者よ。私は人間の食事を所望する」



 げこげこ言いながら殿下は言った。



「人間の食べ物さえあれば! ハエに飛びつく事もなくなるっ。このままでは私は永遠に、ハエを食べ続ける事になる!」



 うわ。気持ち悪い。


 殿下がすごく可哀相になった。





 ぼくは割と、動物が好きだ。家はマンションなので犬や猫は飼えないが、インコのピーや、ハムスターのペロがいる。


 カエルも一匹ぐらいなら、大丈夫だろう。


 そう思って家に連れ帰ると、フランツ殿下はぼくの家を眺め、



「小さな物置だな」



 と言った。



「ぼくの家だよ」


「ここに住んでいるのか?」



 驚かれる。



「従者ソータ。そなたがそれほど貧しいとは思わなかった……」


「貧しくないから。日本では普通だから」



 言ってから、ぼくは冷蔵庫から食パンを取り出した。



「これ、食べられる?」


「む?」



 小さくちぎって渡すと、殿下はカエルの手で受け取り、はむっと食べた。



「パンに似ている」


「パンだよ」


「紙のような味わいだ。風味がない」


「ハエよりはマシでしょ」



 何となくむっとして言うと、殿下はパンを食べた。



「温かいものとか大丈夫かな。カエルって何食べるんだろ」


「熱いスープは駄目だ。だりそうになった」


「そっか。じゃあ冷たいもの? あ、そうだ。水の中とかに入ってる方が良い?」



 水槽とかの方が良いのかなあ。と言うと、適度に湿った環境が良いとの返事だった。洗面器に水を入れて床に置くと、フランツ殿下は器用に二本足で立ち上がり、腕を広げ、胸を張った。



「何してるの」


「服を脱がせよ」


「自分で脱げないの?」


「この手で服の脱ぎ着ができると思うのか。愚かな従者め」



 言われて見ればその通り。相手はカエルだ。この手では、ボタンをとめたり外したり、できるはずがない。愚かと言われたのは嫌だったが、まあ可哀相だしな、と思って脱がせてやった。裸になったフランツ殿下は、洗面器にちゃぷん、と入った。


 くるくるの金髪はそのままで。


 金髪カールのカエルが洗面器で泳いでいる。何だかすごい光景だ。



「今まで、服はどうやって着ていたの」


「従者に任せていた」


「いたんだ、従者。その人どうしたの?」


「はぐれた」



 はぐれたんだ。



「しかし新たな従者を見つけたから、問題ない」


「いやぼく、従者じゃないし。納得してないし」


「この私の従者となる事の、どこが不満だ?」



 全部。


 そう思ったが、言うのはさすがに気の毒かという気がした。ハエを食べる呪いをかけられた人だ。親切にしてあげないと。



「その人、探しているんじゃないの? フランツ殿下の事」


「そうかもしれぬ」



 フランツ殿下はどこか遠くを見るような表情をした。カエルのままだったが。



「心配していると思うよ。その人の事、先に探そうよ」



 カエルにちゅーしてくれるような女の子より、そっちの方が早く見つかりそうだし。



「いや、良い。無垢な乙女を見つけて人間に戻れば問題はなくなる」


「えー? でもさあ。その人……」


「良いと言ったら良いのだ!」



 ぼくは殿下をじいっと見つめた。



「知り合いに、田中健太って子がいるんだけどさあ。すんごい意地っ張りで、悪さしても絶対謝らないんだよね」



 ぼそっと言うと、殿下はぎょろりとこちらを見た。



「その子、自分に都合の悪い事が起きると『うるさい!』とか『関係ない!』とか、怒鳴って話を終わらせるんだよ。でもさあ。そんなのされて、うれしい人なんていないし。その子が悪さをしたって、それは変わんないから。それより、謝らずにごまかしちゃった分、前よりもっと悪くなってるんだよね」


「何が言いたい」


「従者の人とケンカしたの、殿下?」



 フランツ殿下は黙った。



「謝る時はちゃんと謝らないと、嫌われるよ?」


「うるさいっ。悪いのはあれの方だ!」



 殿下の反応は、健太君にそっくりだった。



「へー。で、その人何したの」


「服を作ってきた」



 親切だ。



「あー、体のサイズがね。小さいもんね。良い人じゃん。何も問題ないと思うけど?」



 むしろ作るのが大変な分、感謝するべきじゃないだろうか。



「問題ないだと? あの男は何十枚も差し出して、その全てを着て見せてくれと言ったのだぞ! いくら私でも、レースだらけの上着や下着を何枚も身につけられるか!」



 ……。


 カエルになった殿下がツボにはまったのかな。ひらひらのレースを山ほどつけたカエルの姿は、見てみたい気もするけど。



「絶対に謝らないぞ!」



 うん。まあ。その気持ちはわかるかも。


 ちょっと考えたが、良い考えも思い浮かばなかったので、ぼくは宿題をする事にした。



「えーと、じゃあぼく、宿題あるから勉強するね。殿下は今夜は、そこで寝る? ベッドか何かあった方が良い?」


「む? うむ。仕方がないな。うむ。寝床は普通に欲しいぞ」



 ぼくはちょっと考えてから、クッキーの空き箱にティッシュとタオルを詰めた。



「これで良いかなー」


「固い布地だな……」



 古いタオルだったので、ごわごわしていた。でも殿下はちょこん、とタオルの上に乗った。


 白い布地の上で、宝石みたいに青く輝いている。何だかかわいい。



「洗面器は近くに置いておくから、入りたくなったら入ってね」


「うむ」


「お母さんには……うーん。知り合いからカエル預かったって言っとこうか」


「母君はどこにおられる?」


「あー、仕事。夜遅くまで帰ってこないよ。お父さんも同じ」


「そうか。挨拶をしようと思ったのだが……」


「え、いや、それはまずいよ。カエルがしゃべったら、びっくりするから」



 言わない方が良いだろう。



「ぼくが説明するから。それで、明日はその従者の人見つけようね。向こうが謝ったら殿下も問題ないでしょ」



 その人と相談したら、意外と『乙女』も見つかるかも。そう思って言うと、殿下は渋々という感じでうなずいた。



「うむ。それはまあ」


「女の子を探すのも、慣れてる人の方が良いよ。協力してくれる人は多い方が、呪いも早く解けるし」


「そういうものか?」


「そうだと思う」


「うむ。わかった。ではあの者を探すとしよう」


「どんな人?」


「地味な男だ。セバスチャンという」



 殿下は黙った。ぼくも、殿下がもっと何か言うかと思って黙っていた。


 やがてぼくは言った。



「それだけ?」


「うむ」


「ちょっと。それだけだとわかんないよ。せめて目の色とか髪の色とか」


「髪は黒。目は茶色だ。地味だ」



 だからもっと、情報が欲しいんだってば!





 翌日、学校に行くぼくは、ランドセルの隙間にこっそり殿下を入れて家を出た。お母さんもお父さんも、昨日の夜、殿下がいる事に全然気がついていなかった。『友だちから預かった』と一応言ってはみたが、『ふーん』で終わった。説明するのも面倒だったので、ぼくもそれ以上何も言わなかった。


 公園で殿下を出して手のひらに乗せると、不機嫌そうな殿下がぼくを見上げた。大急ぎでひっつかんできたので、服を着せる暇がなかった。



「早く服を着せろ、ソータ」


「ああ、ごめんね。ここにあるよ」



 小さな子が人形遊びをしているようだと思いながら、ぼくは殿下に下着をはかせ、上着を着せ、ズボンをはかせた。ちゃんと剣もつるしてやった。


 殿下の体が小さいので、ちょっとやりにくかった。



「食事がまだだぞ」


「あ、ここに持ってきた」



 食パンをちぎって渡すと、殿下はむう、とうなった。



「今朝のパンも紙のようだ……貧しいそなたに負担をかけている事を許せ、ソータ」


「なんか腹立つんだけど。えっと、じゃあ今日はセバスチャンさんを探すよ。黒髪に茶色の目って、それだけなの? 特徴」


「それだけだな」



 ふんぞりかえってカエルが言う。



容姿端麗ようしたんれいな私と違い、地味そのものの男だ」



 まあ、金髪で巻き毛のカエルは目立つよね……。





 クラスメートに見つかったらどうなるかわからないので、静かにいているよう言いつけて、ぼくは教室に入った。朝顔は順調に育っている。



「これは何をしているのだ」



 芽を出したばかりの朝顔を見ていると、フランツ殿下がぼくのズボンのポケットから顔をのぞかせて尋ねた。



「朝顔、育てているんだよ」


「庭師になる勉強でもしているのか?」


「そうじゃないよ。ええっとね。一年生の時にみんなやるんだ。五年生はしなくても良いんだけど、種が余ったからって、もらったんだ。だからぼく、育てる事にしたんだよ。先生にはちゃんと言ってある」



 一年生の時育てた朝顔は、先生に言われたからやり始めて。でも双葉や本葉が出て、育ってゆくのを見ていると、うれしくなった。花が咲いた時にはうれしくて、一所懸命早起きした。最後の花が枯れてしまった時には悲しかった。種は取ったけど。


 あの時の種はどうしたんだっけ。


 ふと、思い出した。来年も育てようと思って、どこかにしまって。そのまま忘れてしまった。あんなに大事に育てた朝顔の種だったのに。



「紫の花が咲くんだよ。たぶん、だけど」


「そうか」


「夏に。前、育てた時は夏休みに毎朝、早く起きて咲くのを見てたから」


「ソータは花が好きなのだな」


「そんなんじゃないよ」



 恥ずかしくなって思わず言う。すると殿下は首をかしげた。



「なぜ否定する?」



 不思議そうに言われて、ぼくは困った。



「だって、男なのに変でしょ」



 先生に種をもらって育てる事を言いに行った時、クラスの男子にからかわれた。『楡崎は女男〜』とか何とか言われた。それがちょっと嫌だった。すると殿下は言った。



「何が変だ。それでは世界中で働く庭師の男たちは、全員変な人間と言うことになるぞ。あれはなかなかに、力のいる仕事だ。男たちが働けなくなったなら、大変な事になってしまう」



 そうなの?



「詳しいんだね、殿下」


「庭師のヨハンとは良く話をした。水をやれば良いだけの仕事ではない。


 肥料をやるのも、土を換えるのも、力仕事だ。重い荷物を担いで庭を歩き、穴を掘ったり埋めたり。それだけではなく、常に植物の様子に気を配り、病気になっていないか、虫に喰われていないか、毎日確認せねばならん。体力がなければできん」



 殿下は続いて言った。



「それだけの手間をかけて緑を美しくし、花を咲かせる。手塩にかけて育てた花が咲いた時、ヨハンがどれほど誇らしげに笑ったか。顔を輝かせて私に花を見せた。


 あれは心から花を愛する男。花を育てる事に誇りを持つ男だ。花を愛する事で彼が恥じるなど、ありえん。


 ゆえにソータ。おまえも恥じるな」


「……うん」



 何だか良くわからなかったが、殿下がぼくを力づけようとしてくれているのはわかった。ぼくはうなずいた。



「すごいね、そのヨハンさん」


「私が元に戻ったら、会わせてやっても良いぞ」


「うん、ぼくもちょっと会ってみたいかな。えっと、でもぼく、うまくないんだよ、育てるの。朝顔なら何とかできるんだけどね」


「ヨハンも最初は、簡単な花を育てる事から始めたそうだ」


「そうなんだ? じゃあぼくもうまくなるかな。あっ、そうだ。ひょっとしたら、この学校の何人かは、大きくなってから植物を育てる仕事をするのかもね。だって、何人も育ててるんだもの、朝顔」



 ふとそう思って言うと、殿下はげこっと喉を鳴らした。



「ふむ。ではやはり庭師の学校か」



 いや、そうじゃないし。





 授業中、殿下は静かだった。給食の時間、ぼくは大急ぎで自分の分を食べると、殿下の分をこっそりポケットに入れた。掃除の時間になる前に、殿下をポケットに入れて人のいない場所に走る。



「殿下、ごめんね。はい、お昼ごはん」



 初夏の中庭は、日差しがちょっと強かったけれど、風が気持ち良かった。ぼくが差し出したパンのかけらを、殿下は小さい手でかかえてかじった。



「これも、紙の味がする……」


「殿下が食べてたパンってどんなのだったの」


「パンの味がするパンだ」



 それってどんなの。



「確かにおいしくないけどさ。みんなこれを食べてるんだよ」


「そうか。庶民とは気の毒なものだな」



 しみじみと言われた。カエルに言われてもなあ。



「ソータはこの後、どうするのだ」


「掃除の時間があって、午後の授業があるよ。放課後になったら、セバスチャンさんを探しに行こう」


「うむ」



 殿下はもう一口、パンをかじった。



「庶民の味も、慣れれば味わい深いかもしれぬ」


「そう?」


「うむ。この薄っぺらい味わいが癖になりそうだ」


「気に入ってくれたんなら良かったよ」



 そう言っていると、草むらで何かが動いた。あれ? と思って次の瞬間、ぼくは「うわあ」と悲鳴を上げていた。




 しゅるしゅるしゅるしゅるっ!




 すごい速さで、ヘビが。


 ピンクできらきら光るうろこの、ヘビが。


 長い銀髪をなびかせて、ひらひらレースのえりをつけた、ヘビが。


 殿下に向かって突進してくる!



「あぶな、」



 ばかっ、と口を大きく開いて殿下に飛びかかろうとしたヘビの前で、ぼくは慌てて殿下を両手ですくいあげ、頭の上に持ち上げた。いきなりの事に、殿下はバランスを崩してわたわたしている。



「何でレースのえりつけてんのっ?」



 びっくりしすぎたせいか、ぼくが言ったのはそれだった。



「男のたしなみだ」



 ぼくの足元で、ヘビが言った。


 ……。


 しゃべったよ!


 あまりの事に呆然としているぼくの前で、ピンクのヘビはとぐろを巻くと、首をもたげた。そんなに大きなヘビじゃない。ぼくの肘から手首ぐらいまでの長さだ。とぐろを巻いたら、手のひらサイズにしか見えない。銀色の髪がさらさらと揺れた。そうして、ヘビは言った。



「そこにいるのはフランツではないか?」


「その声は、フリードリヒか」



 殿下はぼくの手のひらから乗り出すと、ヘビを見下ろした。



「息災か」


「まずまずだ。そちらも元気そうで何より」



 何のんきに挨拶してるんですか。



「殿下……このヘビ、知り合い?」


「うむ。カール・フリードリヒ二世。私の次に王位に近い者でもある」



 この人も王子さまですか……。



「それで何でヘビなんですか。まさかと思うけど、殿下たちの国って人間じゃなくて、ヘビが普通にしゃべったり暮らしたりしている国?」


「夢想家だな、少年」


「いやまったく。非常識にもほどがある」



 ヘビに言われ、カエルに言われた。存在がとっても非常識な殿下たちに言われてもなあ。



「フランツ殿下。この人、殿下を食べようとしてたんですけど、今」



 とりあえずそう言うと、殿下は『げこっ』と鳴いた。



「そう言えば、フリードリヒ。おまえ、私を襲おうとしていたな」


「うむ。ついな。カエルを見ると飛びつきたくなるのだ」



 フリードリヒ殿下は、ピンクのうろこをきらきらさせた。



「フランツ。おまえ、実に食べやすそうな大きさだ」


「何という事を! 人間としての尊厳を忘れたか」



 フランツ殿下もハエ食べてるじゃん。思わずぼくは心の中で突っ込んだ。



「まさかと思うけど、そっちの殿下も魔女に呪われたの?」



 ぼくが言うと、ピンクのヘビはぼくを見た。



「おお。さといな、少年」


「少年じゃなくて、壮太。楡崎壮太」


「私は、カール・フリードリヒ二世。紅水晶家の王子にして、赤薔薇王国第二王位継承者である」



 ピンクのヘビが言った。ひらひらレースのえりを首(?)に巻いて。


 こう言ったらなんだけど、ちょっと図鑑で見たエリマキトカゲみたいだ。



「魔女って一体、何してるんだ。二人も王子さまに呪いをかけて」


「二人ではないぞ」



 フリードリヒ殿下が言った。



「その通り」



 どこからか声がした。


 ごそごそ、と草むらが動く。今度はなんだ、と身構えているぼくの前に、緑色の……、


 ……。



「すらいむ?」



 思わずそう言ったぼくの前で、赤いスカーフらしきものを巻き、黒い巻き毛を頭(?)に乗っけた緑色のそれは、むくっと上半身を起き上がらせて怒った。



「ナメクジだ、馬鹿者!」


「第三王位継承者の、ミハイル・ギルベルトだ」



 フリードリヒ殿下が説明した。ナメクジが胸(?)を張った。



「俺はミハイル・ギルベルト。緑柱石家の王子。赤薔薇王国第三王位継承者だ。恐れ入ったか、庶民!」

「何を恐れ入れば良いのか、わからないよ」



 緑色のナメクジは、フランツ殿下より大きくて、フリードリヒ殿下よりは小さかった。ぼくの手のひらより少し小さいかな、というぐらいの大きさだ。きらきら光って宝石みたいにも見える。


 ナメクジだけど。



「この……人も、魔女が?」


「その通り」



 ナメクジが言う。どこでしゃべっているんだろう。



「なんで三人も呪いに……」



 しかもこんな笑える呪いに。


 フランツ殿下だけなら、『おとぎ話みたいだなあ』で済んだ。


 でもこんな風に三人並ぶと、笑うしかない感じだ。だって全員、髪はあるんだよ!?


 すると金髪かぼちゃパンツの青いカエルと、銀髪エリマキトカゲのピンクのヘビと、黒髪スカーフの緑のスライム、いやナメクジは、一斉にしゃべりだした。



「あの魔女が邪悪だからだ。カエルにするなど」


「そうとも。美しいこの私がヘビ!」


「この俺さまをナメクジにするとは、ふざけてる!」



 口々に言う。ぼくは思った。


 ひまだったのかな、魔女。



「呪いが解けた暁には、あの魔女を厳罰に処し、国から追放してくれる!」



 フランツ殿下が言う。残り二人の殿下も、声を大きくしてそれに同意した。


 呪いを解く……。


 ぼくは手のひらの上のフランツ殿下を見た。足元のフリードリヒ殿下を見た。草むらでのたのたしているミハイル殿下を見た。そして、思った。


 乙女のちゅーは、無理じゃないかな。





 結局その日は、殿下たちを家に連れ帰る事になった。部屋に入ると二人の殿下は、昨日のフランツ殿下と同じような感想を述べた。貧しいとか、狭いとか、紙のようなパンだとか。


 フリードリヒ殿下はちょっと目を離すと、フランツ殿下に飛びかかろうとする。おまけにインコのピーとハムスターのペロを見て、食べたそうな顔をした。ヘビにそんな表情があるのかどうかナゾだが、ピーもペロも怖がっていたから確かだ。


 ミハイル殿下はミハイル殿下で、気がついたら床をいずって、ぬらぬらした跡をつけている。お母さんが見たら、どれだけ叫ぶかわからない。慌ててぞうきんをかけた。


 そうしたら、雨にぬれたコンクリートはないのか、と言われた。ざりざりしたとこを這いずりたかったらしい。家の中にそんなもの、あるわけないじゃない!


 考えた末、ぼくは昨日と同じお菓子の箱にフランツ殿下を入れ、古い鳥籠を引っ張りだしてきてそこにフリードリヒ殿下を入れ、ふたがついている空き箱を見つけて、そこにミハイル殿下を入れた。それで殿下たちはまた、口々に文句を言った。古いとか、狭いとか、暗いとか。


 おとぎ話では良く、魔女に呪われたり、城から追い出されたお姫さまが出てくる。そんなお姫さまを気の毒に思って、助けてあげる人も出てくる。


 そんな時お姫さまは、ごはんの支度をしたり、掃除をしたりして、その人に恩返しをしている。苦労しているお姫さまは、色々と役に立つのだ。


 でも王子さまの場合、全然役に立たない。うるさいばっかりだ。



「従者ソータ。服を脱がせろ」


「従者ソータ。髪の手入れをしろ」


「おら、従者。俺をこんなとこに入れるとは、良い度胸だな」



 なんでこんなに全員が全員、わがままなんだ。


 魔女が呪ったのも無理はないと思いつつ、ぼくはフランツ殿下の服を脱がしてやり、フリードリヒ殿下の髪を梳いてやり、ミハイル殿下を入れた紙の箱にいくつか穴を開けてやった。



「フランツ殿下。はねちゃ駄目だよ。洗面器置いておくから入っておいて。フリードリヒ殿下。梳いてあげるから動かないで。うちのピーやペロを食べたら、逆さ吊りにして叩くからね。フランツ殿下にも食い付くんじゃありません。ミハイル殿下。その辺を這いずってるうちに踏まれたいの? 我慢しなさい」



 てきぱきと言われた事をこなしながら厳しく言うと、殿下たちはわいわいと騒いだ。



「何という口のききかただ。従者のくせに」


「呪いが解けた暁には、鞭打ってくれよう」


「生意気だぞ、小僧!」



 あんまりうるさいので、ぼくはとうとう頭に来た。



「田舎のおばあちゃんが言ってたけど、カエルって焼いて食べるとおいしいらしいよ、フランツ殿下。殿下みたいに珍しいカエル、つかまえたら食べようとする人もいるんじゃないかな」



 そう言うと、フランツ殿下が静かになった。



「ヘビを食べる人もいたよね」



 フリードリヒ殿下も静かになった。



「おい。いくらなんでも、ナメクジ喰ったりしないよな」



 ボール紙の箱の中から、ミハイル殿下の声がした。



「漢方薬で、ナメクジを焼いて作る薬があったよ」



 そう言うと、ミハイル殿下も静かになった。



「じゃ、ぼく宿題があるから」



 実際には、カエルやヘビを食べる人は身近にはいないし、ナメクジで作る薬も本当にあるのかどうか知らない。でもとりあえず、殿下たちが静かになったから、よしとしよう。そうぼくは思った。

 





 次の日。セバスチャンさんに会った。



「わがきみが、お世話になっております」


 フリードリヒ殿下を家に置いておくとピーやペロの身が危ないし、ミハイル殿下の場合、間違えられてゴミ箱に捨てられるかもしれない。そう思って殿下たち全員を連れて学校に行く途中だったぼくは、急に現れた黒い髪に茶色の目をした背の高い男の人に頭を下げられ、立ち止まった。


 渋い感じの男の人だった。カッコイイ。



「わがきみって……」


「フランツ殿下です。わたくしは、殿下の侍従をつとめるセバスチャンと言います」



 すると、ポケットに入っていたフランツ殿下が顔を出した。



「セバスチャン!」


「おお、殿下。そのような所に」



 渋いハンサムはささっと小さな服を、十着ぐらい取り出した。きらきら、ひらひらしたものばかりだ。



「新作です。お召しください」


「それを着ろと言うのか。というかおまえ、今まで何してた。私を探しもしないで!」


「居所はわかっておりましたので、殿下の着替えを作る事に熱意を注いでおりました」



 真面目な顔で渋いハンサムは言った。そうしてレースがびらびらついた下着を十数着、また取り出した。



「徹夜で作りました」



 ……変な人だ。






 公園に移動して、殿下たちをポケットや箱から出す。フリードリヒ殿下とミハイル殿下を見て、セバスチャンさんはささっと、えりやらスカーフやらを取り出した。



「この二人の服も、セバスチャンさんが作ってるの……?」


「はい」


「元々、二人の侍従でもあったの?」


「いえ。わたくしはフランツ殿下の侍従です。フリードリヒ殿下にも、ミハイル殿下にも、それぞれ専属の侍従がおります」


「じゃあ、なんで二人の服まで」


「趣味です」



 趣味なのか。



「私は嫌だぞ、そんなにたくさん服を持って来られても」


「俺も、スカーフはそんなにいらない」



 フランツ殿下とミハイル殿下が言った。でもフリードリヒ殿下は違う意見のようで、こう言った。



「ありがたくいただこう。美しさを持続させるには、それなりの努力が必要だ。従者ソータ。受け取れ」



 なんでぼくが?



「殿下たちがご迷惑をおかけします」



 セバスチャンさんが、三人の服をぼくに押しつけた。本当に迷惑だよ!



「ぼくこれから学校なんだけど。どうするんだよ、これ!」


「持って行けば良かろう」



 あっさり言ったフランツ殿下に、ぼくはむっとした。



「こんなもの持ち歩いてたら、人形遊びをしている変なやつだって思われるよ!」



 小さいひらひらした服は、どう見ても人形の服だった。すると殿下たちは口々に言った。



「気にするな。私は気にしない」


「そうとも。俺たちは全然平気だぞ」


「細かい事を考えるな、少年」



 本当に腹が立つな、この王子さまたち!



「セバスチャンさん。持って帰ってくれない、殿下たちごと!」



 服をセバスチャンさんに押しつけると、殿下たちはわいわい言った。



「われらを物扱いか、従者ソータ!」


「なんという屈辱。この私に対して!」


「ぶん殴るぞ、庶民!」


「カエルの姿焼き、ヘビのかば焼き、ナメクジの漢方薬」



 ぼそっと言うと、殿下たちは静かになった。



寡聞かぶんにして知りませんでしたが、日本人はそのようなものを食すのですか?」



 セバスチャンさんが尋ねる。



「地方によってはそうみたいです」



 本当はどうだか知らないけど。



「なんと。殿下たちにとって、危険ですね」


「だからセバスチャンさんが、責任持って連れ帰って下さい。ぼくは子どもだし、何かあった時にどうにもできません」


「納得いたしました。新作の衣装を作る時間がなくなってしまいますが、殿下たちの身の安全には変えられません」



 ……危なくなかったら、趣味を優先して殿下たちをぼくに押しつけるつもりだったんだな……。



「じゃ、ぼく学校に行きますから。早く呪いが解けたら良いね、殿下たち。それじゃねっ!」



 ばいばい、と手を振って、ぼくは学校に向かって走った。


 でも、遅刻した。






 それで終わったと思っていた。


 だけど今、ぼくの前にはセバスチャンさんがいる。カエルと、ヘビと、ナメクジの殿下たちを連れて。



「なんでまた来るんですか〜……」



 思わず椅子に座り込んでぼくは言った。放課後だ。教室には誰もいない。


 だからと言って、カエルとヘビとナメクジを連れた外国人が、学校の中に勝手に入ってきて良いんだろうか。



「はい。それが、殿下たちの呪いを解くにはどうしても、ソータさまの協力が必要で」


「あー、乙女のちゅー?」


「ええまあ。ちゅーがあれば、解ける事は解けます」



 渋いハンサムは表情も変えずに『ちゅー』と言い切った。



「でも……ちゅーしても良いって女の子、いないと思うよ。悪いけど」


「そうですね。しかし殿下たちを人間に戻す事を、諦める事はできませんので。ひょっとして男性でも良いのではと思いまして、一縷いちるの望みをかけて、それぞれにちゅーをしてみましたが、駄目でした」



 ……。


 したんだ。セバスチャンさん。



「カエルとかヘビとか……な、ナメクジにちゅー……した、の?」


「いたしました」


「い、嫌じゃなかった……?」


「わたくしは殿下の侍従でございます。大した事ではございません」



 侍従って、すごい。


 ふと見ると、殿下たちが静かだった。と言うより、最初っから静かだ。何だか変だ。



「殿下たち、元気ないね。どうしたの?」


「おっさんにディープキスをされた俺たちの傷心が、おまえにわかるか……」



 たそがれた感じでミハイル殿下が言った。スカーフがだらりと垂れ下がっている。



「でぃーぷ? なにそれ」


「恋人同士のするキスだ」



 へにょん、とした感じでフリードリヒ殿下が言った。とぐろを巻く気力のもないのか、だらーんとなっている。



「えー? ちゅーに違いってあるの」


「おまえの純真さは清涼剤のようだ、ソータ」



 レースの山が言った。うん。さっきからつい目をそらしていたけど、たぶん、このもこもこしたレースの山は、フランツ殿下だ。ひらひらの合間から、金髪とか青い肌とかがちらっと見える。……すごい事になってるな。



「ソータさまにはまだ早い話題です。ミハイル殿下。配慮なさいませ」



 セバスチャンさんが言った。



「俺か? 俺が悪いのか?」


「話題が不適切です」


「あー、そーか。そーだろーよ。俺が悪いんだよ全部。けっ」



 ミハイル殿下のガラがすごく悪くなっている。何かよっぽど傷ついたらしい。ちゅーで。


 うん。まあ。お姫さまにならともかく、男の人にちゅーされたら、ちょっと嫌かもね?



「良くわかんないけど……」


「おまえはまだ、わからなくても良い。そこの地味男のように、汚れた大人にはなるな」



 レースの山が言った。汚れた大人って……。



「なんと冷たいお言葉でしょう、フランツ殿下。このセバスチャン、誠心誠意お仕えしておりますのに」


「だったらキスで窒息ちっそくさせるな! レースの山でつぶすな!」



 窒息したんだ。どんなちゅー?



「仕方がございません。お互いにサイズが違い過ぎました。不幸な事故です」


「何が不幸な事故だ! 大体、ディープキスにする意味、最初っからないだろうがっ! ちょっとくっつけるだけで済むのに、舌を、」


 

 べし。



 セバスチャンさんがレースの山を叩いた。ぐう、という音と共にフランツ殿下が黙った。



「ソータさまは幼くていらっしゃいます、フランツ殿下。話題にお気をつけ下さいませ」


「……」



 セバスチャンさんって、ひょっとして最強?



「えーと、セバスチャンさん。なんか良くわかんないけど、許してやってよ。可哀相だよ? 殿下たち、体小さいし」



 動かないフランツ殿下に心配になってぼくが言うと、セバスチャンさんは微笑んだ。



「ソータさまは、お優しくていらっしゃる……殿下たちにも見習っていただきたいものです」



 そう言うと、セバスチャンさんは、レースの山からフランツ殿下を引っ張りだした。青いカエルはぐったりしていた。



「とりあえず、命の危険があるぐらい怖いちゅーだったんだって事は、良くわかったよ」


「怖い……かどうかはご自分で経験なさった方がよろしいでしょう。大きくなったらお試し下さい」



 セバスチャンさんが言った。三人の殿下は目をそらしている。



「しかしソータは庶民ではないか。たかが従者にそうも気を使っていては、王子としての矜持きょうじが保てんぞ」



 気を取り直したのか、にょろり、と首を伸ばしてフリードリヒ殿下が言った。すると目にも止まらぬ速さでセバスチャンさんがその首をつかまえて、ぶら下げた。



「どの口がそのような事をおっしゃるのでしょう、フリードリヒ殿下」


「うをっ? 何をする、セバスチャン!」


「ソータさまは庶民ではございますが、殿下たちの民ではございません。またたとえ、殿下たちの民であったとしても、命の危険のある土地でかくまってくれ、食事を世話してくれた相手は恩人にございます。それが従者の約定を結んだ相手であったとしてもです。


 その恩人に対して何たる態度。


 まずは今までの礼を述べる所から始めるべきでしょう。違いますか」


「しかし、庶民に」


「もう一度キスされたいんですか、フリードリヒ殿下」



 沈黙が落ちた。



「ソータ! そなたのこれまでの尽力、心の底から感謝しておるぞ!」



 フランツ殿下が叫んだ。何だか必死な様子だった。



「おお! おまえは全く、心の清い少年だっ! 窮地に陥った俺たちを助けた恩人として、おまえの名を子々孫々まで伝えるぞっ!」



 ミハイル殿下が言った。ちょっと鬼気せまる感じだった。



「私もあなたに感謝の念を捧げます、ソータ! あなたの親切はこの心に深く染みています! これほどの親切は今までに受けた事がございませんっ!」



 フリードリヒ殿下が言った。泣いてるみたいだった。



「えーと……あの、ぼく、できる事やっただけだし……、セバスチャンさん、あんまり怒らないでやって?」



 何だか気の毒になってしまってぼくが言うと、セバスチャンさんはフリードリヒ殿下を下ろした。殿下は大慌てでセバスチャンさんから離れた。


 やっぱりセバスチャンさんが最強だ。






「それで、呪いはどうしたら解けるのかな? このままだと可哀相だよね。女の子とのちゅーはたぶん、絶望的だし」



 ぼくが言うと、セバスチャンさんはうなずいた。



「はい。それでソータさまにご協力をお願いしたいのです。実は殿下がたから、ソータさまの話を聞きまして。ソータさまにしかお願いできないと思った次第にございます」



 何それ。



「ちゅーはイヤだから、ぼく。しないからね?」



 気の毒だとは思うけど、カエルやヘビやナメクジにちゅーする勇気は、ぼくにはない。



「それは最初から考えておりません。ソータさまには別の面でご協力をいただきたいのです。そもそも、なぜ魔女が呪いをかけたのか、ソータさまはご存じですか?」


「え? 知らないけど。フランツ殿下は魔女だから呪いをかけたって言ってたよ?」



 ぼくがそう言うと、セバスチャンさんはちらりとフランツ殿下を見た。青いカエルが思い切りびくついた。



「違うの?」


「原因がございます」



 セバスチャンさんは言った。



「わが赤薔薇王国は、魔法と共にある国にございます。大いなる魔女スノウホワイトは、わが国の守護を何年もつとめた御方。今は引退しておられますが、それでも敬意を払われるべき方である事に違いはございません」



 魔女の名前、スノウホワイトって言うんだ。お姫さまみたいな名前だなー。



「しかるに殿下がたは……、魔女どのを軽んじる言動をくり返しておいででした」


「何やったの」



 ぼくが尋ねると、セバスチャンさんはため息をついた。



「お庭に乱入して、花や緑を荒らして回るぐらいはまだ、子どもの悪戯いたずらと大目に見る事もできました」



 荒らして回ってたんだ。



「しかし壁に落書きをしたり、魔女どのの猫や犬をいじめたり、食事の邪魔をしたり、そのような事がたびたび重なり……」



 そんな事もしたんだ。



「ついには魔女どのが大切にしていた蔵書を燃やしてしまい。これ以上は許しがたいと、魔女どのは、呪いをおかけになったのです」


「それ、魔女の方が正しいと思う」



 思わずぼくは言った。



「なんだと、ソータ! 私を裏切るのかっ」



 慌てた感じでフランツ殿下が叫んだ。



「フランツ殿下。人が大事にしていた本を焼いたり、女の人が一所懸命手入れしていた庭のお花、勝手に折るのって正しい事なの?」



 ぼくが言うと、青いカエルは『げこっ』と鳴いた。



「だ、だ、だが、あれは、魔女だぞっ?」


「魔女でも何でも、お花を育てるのって大変なんだよ。ヨハンの話を聞いてたんじゃなかったの? ぼくも前、育ててた朝顔、引き抜かれた事あるよ。いたずらで。一年生の時だったけど。だからぼくらのクラスだけ、二回育ててるんだよね。朝顔」



 ぼくの目はわっていたと思う。



「やったのは六年生でさ。げらげら笑ってた。バレても悪いともなんとも思ってなくってさ。『なんだ、それぐらい』って言うんだよ。


 でもぼくらはね。毎朝、世話してたんだ。虫がついたりしてないか、とか。水だって毎日やってたし。休みの日にも学校に行って、水やりしてたんだ。そうやって世話してたんだよ?


 そういう朝顔を、面白そうだからって理由で抜いたんだよ、そいつ。それって正しい事なの? 殿下から見て。ぼくはそいつが正しいとはとても思えなかったよ。今でも思えない。殿下はどうなの?」



 青いカエルはしーん、となった。



「あー、その。だな」


「正しいのかな、その六年生」


「いや、その、だな」


「殿下には正しく思える?」


「あ、いや。ソータが、傷ついたことは、良くわかるぞ」


「わかってるんだ。じゃあ、正しい? 正しくない? 答えてよ」



 フランツ殿下はなぜか、だらだらと汗を流した。



「その、ろくねんせい、とやらは、その」


「なに」


「た、正しく、ない。間違っていると思う、ぞ」


「そうだよね。あんまり頭に来たからぼく、そいつに頭突きしてやったんだけどさ」



 身長の低かったぼくがやったら、思い切りそいつの急所にぶつかった。その後はすごい騒ぎになった。


 でも同じように朝顔を引き抜かれたクラスのみんなは、ぼくの味方をした。当たり前だ。みんな、花が咲くのを楽しみにしてたんだから。



「だったら殿下が魔女にした事って、どうなの」


「でも、あれは魔女だぞっ?」


「だからなに。女の人の育てた花をめちゃめちゃにするのって、正しいの? 正しくないの? 答えてよ」



 青いカエルはさっきより、もっとだらだら汗を流した。



「その」


「なに」


「私は王位継承者で」


「だからなに。答えてよ」


「なんでそんなにこだわるんだ! そういう事に!」



 フランツ殿下はわめいた。ぼくはフランツ殿下を見下ろした。



「殿下にとって、人の育てた花をめちゃめちゃにするのって、『そういう事』で終わる話なんだ」


「だ、誰もそんな事言ってないだろうっ」


「だったら答えてよ。早く」


「だからっ、そういう細かい事をだなっ」


「セバスチャンさん」



 ぼくはセバスチャンさんを見て言った。



「この人、王さまになる資格ないです」


「そのようですね」



 あっさりとセバスチャンさんがうなずいた。



「人の痛みのわからない者は、上に立つ器とはなり得ません。この程度の判断もできないようであれば、王位など到底継げない。王にそう申し上げておきましょう」


「もう一生、カエルのままでも良いと思います」


「いや、待て! だからどうしてそういう話にっ」


「それがわからないんだったら、ホントに資格ないよ、フランツ殿下。女の子にキスしてもらって、その後はポイするってだけでもサイテーだけど。その人にとって大事なものを、自分にはそうじゃないからって台無しにして、『なんだそんな事ぐらい』って言うの、すっごくサイテー。しかも謝らないで、自分が正しいって言い張るのは、超サイテー」



 きっぱり言うと、カエルはだまった。それからぼくはセバスチャンさんに尋ねた。



「で。落書きをしたり、ペットの猫や犬をいじめたりしたのは誰?」


「猫と犬をいじめたのはミハイル殿下、落書きはフリードリヒ殿下です」



 セバスチャンさんが言い、ヘビとナメクジはびくうっとなった。



「どうして動物をいじめたんですか、ミハイル殿下」



 ぼくが尋ねると、緑のナメクジはむっつりした風にもぞもぞした。



「不吉な黒猫や、黒い犬だったからだ! 俺は、正義を行ったまでだ」


「魔女どのは、不吉だと言われて捨てられた子猫や小犬を拾って育てておいででした。お優しい方ですので」



 セバスチャンさんが言った。



「色が黒かったら悪いわけ。そんな事言って、生まれたばかりの動物の赤ちゃんを捨てる人間の方が、よっぽどひどいと思うけど。それでも殿下は捨てられた猫や犬の方が悪いって言うんだ」


「そ、そんな事は言ってないだろう!」


「だったらどうなの? ぼくね。もし、フリードリヒ殿下がピーとペロを食べちゃったら、本気で殿下を逆さ吊りにしてたよ。だってピーもペロも、ぼくの家族だもん。ミハイル殿下にはどうでも良い鳥やハムスターかもしれないけど。でもぼくには家族だから」


「ど、どうでも良い……とは思ってないぞ。その、鳥やネズミのどこが良いのかわからんが」



 ミハイル殿下って、正直だな。



「じゃあ、魔女さんにとって、一緒に暮らしてる猫や犬が大事だって事ぐらい、わかったんじゃないの?」



 緑のナメクジはぶよぶよした。



「黒猫は不吉なものだろう! あれは良くない。悪いものだ。黒い犬も、不運を運ぶ。見つけたら始末をつけるのが正しい!」


「殺すの。生まれたばかりの赤ちゃんでも?」



 ぼくはミハイル殿下を見つめた。



「色が違うからって捨てたり殺したりする人間より、命が大切だって言って拾って育てた魔女さんの方が、ぼくには正しく見えるよ」


「なんだと? 魔女のする事だぞ!?」


「じゃあ殿下は、ナメクジは気持ち悪いからって言われて蹴られたり、踏みつぶされたり、殺されても、正義だから正しいって言えるんだ」


「どうして俺が殺されねばならない!?」


「だってナメクジだし」



 ぼくは言った。



「見た目が悪いよね。ナメクジって。ぬるぬるして這いずってるし。わりとどの国でも嫌われてるんじゃないかな。見かけたら、塩かけて殺しちゃうよね。殿下も今はナメクジだし、塩かけられてもおかしくない。気持ち悪いから。でも殿下は、自分が殺されたりしても、ナメクジは悪いものだから、殺した方が正しいって言えるんだ。すごいね」



 殿下は口をぱくぱくして(お腹の方にあった。すごく小さかったけどあった)、それからへにょん、とへたりこんだ。



「犬も猫も、自分は悪くないって言う事もできないんだよ。なのにそれをいじめるのって、ひどくない? ぼくの言うこと、間違ってるかな」


「う」


「間違いなのかな、ミハイル殿下」


「ど、どうだって良いだろう、そんな事! 王子である俺に呪いをかけたのは、魔女の方だぞ!?」


「『どうだって良い』」



 ぼくはくり返した。



「殿下には、『どうだって良い』事なんだ。いじめられた犬や猫が、痛い思いをしていても。人間に捨てられて、嫌われて、それでも魔女さんに助けられて生きていた、そういう動物を苦しめるのは、『どうでも良い』事なんだね」



 ぼくはセバスチャンさんに言った。



「この人、ずっとナメクジのままで良いです」


「そのようですな」


「ちょっと待て! なんでそうなる!?」


「わからないんなら、そのままでいてよ。その方がみんな幸せになると思う。


 言っとくけどぼく、自分の家族をいじめておいて、『そんな事はどうでも良い事だ』なんて言った人が王さまになったら、その国はおしまいだと思うよ。みんな王さまの真似をして、弱い人をいじめるのがフツーの国になっちゃうじゃない」



 ミハイル殿下は黙った。



「で、フリードリヒ殿下。落書きの話になるけど」



 いきなり呼ばれたフリードリヒ殿下は、とぐろを巻いた。



「人の家を勝手に汚すのって、正しい事なのかな?」


「その、私は。家が見すぼらしいと思って。ちょっと明るくしてやろうと思ったのだ」


「それ、家の人にはそのままでも良かったかもしれないじゃない。殿下にはみすぼらしくても、家の人には居心地が良い事ってあるよ。


 ぼくの家も、殿下には狭いとか言われてたけど、ぼくもお父さんもお母さんも、あのまんまであの家好きだし。


 大体、家の人に描いて良いですかって、話はしたわけ?」


「しておらぬ」


「だったら迷惑だったってわかるよね。わからない?」


「いや、だが」


「だが、なに」


「あれは芸術であって、その」


「フリードリヒ殿下。ある日突然、自分の家に人がやって来て、ここはとってもみすぼらしいとか何とか言い出して、勝手にべたべた色を塗りだしたら、殿下はうれしい?


 自分の知らない内に、自分の部屋に勝手に入って来られて、色を塗られるの。ここはみすぼらしいからって。


 それってホントにうれしい?」


「う、うれしいぞ。私は」



 ヤケになったようにミハイル殿下が言った。



「だから、悪いのは魔女だ。私の芸術を理解しない、あの魔女が悪い!」


「この人もダメです、セバスチャンさん」



 ぼくが言うと、セバスチャンさんはうなずいた。



「自分のした事を認める事もできず、責任を他者に転化するとは。とうてい王位は継げませんな。情けないにもほどがある」


「もうずっとヘビのままでいた方が、世の中のためだと思います」


「そこまで言うか? そなた、なぜそうもわれらが悪いと言うのだ! 相手は魔女だぞ!」



 フリードリヒ殿下の言葉にぼくは、とうとう頭に来た。



「悪いに決まっているだろう、三馬鹿殿下!」



 ぼくは怒鳴った。



「人の家を汚して、庭を台無しにして、ペットをいじめて苦しめて。その人が大事にしてるもの、壊しまくって。おまえらがみんな悪い! ぼくにだってわかるのに、なんでわからないんだ、本気で馬鹿なの、殿下たち!」


「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!」


「そうだ、そなたは庶民のくせに」


「俺に対して何て口のききようだ!」



 わーわー言う殿下たちをぼくは、指先でべしべしべしっ! と引っぱたいた。



「ホントはお尻を叩くんだけど。子どもが悪さをした時にさ。ごめんなさいが言えない子は、怒られるものだよね」


「ななな、なにを!?」


「フランツ殿下は悪い子だ!」



 そう言ってぼくはカエルをべしっと叩いた。カエルはひっくり返った。



「フリードリヒ殿下も悪い子!」



 ヘビをべしっと叩く。ヘビは床に突っ伏した。



「ミハイル殿下も悪い子!」



 ナメクジをべしっと叩いた。……反応が良くわからなかったが、「あいてっ」と叫んでいたからよしとした。


 それからまたフランツ殿下に戻って、「悪い子だ!」と言いながらべしっ。フリードリヒ殿下にべしっ。ミハイル殿下にべしっ。



「こ、こらやめ、うあたっ」


「悪い子だ!」


 

 べしっ。



「やめないか、私は王子……」


「悪い子だ!」



 べしっ。



「俺さまをなんだと、うおたあっ」


「ホントに悪い子だっ!」



 べしっ。



 べしべしべしべし、ひたすら指先で叩いた。しまいに殿下たちは、やめてくれ〜と言いながら逃げようとした。するとセバスチャンさんがささっと動いて、逃げ場をなくした。裏切り者〜とか何とか騒いでいたが、ぼくはセバスチャンさんに感謝して、指先でべしべし殿下たちを叩き続けた。



「も、もうやめてくれ!」


「謝るまでやめない」



 べしっ。



「いたた、痛いっ。謝るっ。謝るからっ」


「ぼくにじゃなくて、魔女さんにちゃんと謝りなさい」



 べしっ。



「謝るってば! やめてくれよっ!」


「なんか本気に聞こえない。とりあえずそう言っておけってカンジ」



 べしっ。



「謝る! 謝るから! もうやめてくれ! なんかもう、痛いのと恥ずかしいのと情けないのとで、どうにかなりそうだっ!」



 フランツ殿下が叫んで、ぼくは手を止めた。



「だったら魔女さんに、ごめんなさいを言いなさい」



 殿下たちは黙った。


 それから「ごめんなさい」と、ぼそぼそ言った。



「声が小さい!」


「うわ、言う! ごめんなさいっ!」


「ごめんなさい! 私が悪かった!」


「言う! 言うからもう叩くな! ごめんなさいっ!」



 ぼくは、ふー、と息をついて言った。



「ちゃんと魔女さんに謝るんだよ。約束して」


「や、約束する」


「約束します」


「約束するよ……」



 なんだか三人とも、しおしおとした風に言った。



「いや、お見事です、ソータさま。素晴らしい手腕だ。ご協力いただけて良かった」



 セバスチャンさんがぱちぱちと拍手をした。



「そういうわけですから、お三方とも、王子としての約束ですからな。しっかりと魔女どのに謝罪をして下さい」



 三人はしゅーんとなった。



「怒っちゃったけど、良かったの?」


「怒っていただきたかったのですよ。わたくしからでは、話を聞いていただけませんので。ソータさまならと思いまして」



 いや、殿下たち、結構聞いていたと思うけど。セバスチャンさんの話。



「厳しく叱る者が、周囲にあまりおりませんのでね。ありがとうございました」


「言いたい事言っただけなんだけど……謝ったら、魔女さんも許してくれるかな?」


「おそらく。強情でしたからな、このお三方は。しかし実に楽しいものを見せていただきました。一生ものの記念です」



 無表情にセバスチャンさんが言う。一生ものって。



「ですが魔女どのに許してもらったなら、せっかく作った殿下の上着や下着が無駄になりますなあ……しばらくは謝らず、そのままでいらして下さいませんか、殿下がた」


「ばっ、馬鹿を言え! 私は謝るぞ!」


「そうとも。これ以上、こんな姿でいられるか! 絶対謝る!」


「王子として約束したんだぞ! 俺は謝るからなっ」



 口々に殿下たちが言った。


 なんだかんだ言って、意地っ張りなんだな。この三人。


 そう思っているとセバスチャンさんが、ぼくの方を向いた。そうして無表情のまま、ぼくにウインクをしてみせた。あー。



「絶対、謝ってみせるからなっ!」



 叫んでいるフランツ殿下。うん。まあ。謝る気になっているんなら、それはそれで良いよね?

 





 その後、セバスチャンさんと殿下たちは、ぼくの前からいなくなった。国に帰ったのだろう。


 朝顔は、順調に育っている。


 何日かたったある日。半日授業が終わり、みんな帰った。ぼくはまた、一人残ってぼんやりしていた。するとぼくの机の上に光が生まれた。えっ、と思って見つめていると、それは白い封筒になった。


 手紙だ。


 封筒を開けてみると、中から綺麗なカードが出てきた。花や小鳥の絵のついたカード。開いてみると、ふわっと良い匂いがした。


 そうして響く、やわらかな小鳥のさえずり。


 その声が消えた後、カードから一枚の絵が飛び出てきた。そこには金の巻き毛の王子さまと、銀の髪の王子さまと、黒い巻き毛の王子さまが三人、薔薇の花束を魔女に渡している姿があった。


 三人とも、すごくカッコイイ。魔女は魔女で、ふっくらしたお母さんという感じだ。厳しそうな所もあるけれど。



「あれー。これって、殿下たち?」



 つぶやくと、カードに文字が浮き上がってきた。そこにはこう描かれていた。



『親愛なるソータさま。わがままな王子たちをしつけて下さり、ありがとうございました。お礼かたがた、魔女の祝福を差し上げます。お受け取り下さい』


「祝福?」



 首をかしげると、カードから銀のスコップが飛び出した。慌てて受け止めると、それはちょうど良い大きさになって、ぼくの手に収まった。



『そのスコップで土を耕すと、どのような作物でも良く実るようになります。花は美しく咲くようになり、緑も生き生きとするでしょう。どうぞお役立て下さい』



 カードの下に、続きの文字が浮き上がった。



「朝顔の話とか、したからかな」



 フランツ殿下は、本気でこの学校が庭師の学校だと思ったのかもしれない。



『また、王子たちからも、お礼の品を贈りたいとの事でしたので、同封しております。このたびは本当に、ご迷惑をおかけしました。心よりの感謝を捧げます。スノウホワイト』



 文字はそこで終わり、ぼくは殿下たちのお礼、の言葉にまたもや首をかしげた。同封って、一体、なにを。


 そう思っていると、カードから色とりどりの塊がぽんぽんっと四つ飛び出した。それはむくむくと大きくなって、その辺の机や椅子の上にどんどんどんっ! と乗っかった。ものすごくたくさんある。机からも椅子からも、はみ出しそうだ。


 一つは、美味しそうなパンが入った大きな籠になった。


 一つは、小さくて綺麗なケーキが山盛りになっている銀色の皿になった。


 一つは、ぱちぱちと泡のはじけるジュースの瓶のつめこまれた箱になった。


 最後の一つは、三冊の本になった。


 パンを一つちぎって食べてみると、すごく美味しい。皮がぱりっとしていて、中はふんわりしている。



「うわー、おいしい」



 こんなにおいしかったんだ。パンって。



「でもこれ、どうやって持って帰ろう」



 籠も皿も箱も巨大だし、たくさんあるから、抱えて帰るのは大変だ。


 困っていると、山田先生が来た。ぼくが残っているのに気がついたのだ。



「楡崎。もう帰らないといかんぞ……どうしたんだ、それ」


「あ、先生。あのー、知り合いがくれたんですけど……えっと。明日、みんなで分けて食べたらどうかって思うんですけど」



 とっさにそう言うと山田先生は、びっくりしてたけど、ちょっと笑った。



「そうか。うん、わかった。職員室の冷蔵庫に入れておくよ。明日、クラスのみんなが来たら、分けて食べる事にしよう」



 先生も楽しみだ、と山田先生は言って笑った。


 先生と一緒に、パンとケーキとジュースを職員室に運んだ。お父さんやお母さんにもあげたかったので、パンを一つ、ケーキを一つ、ジュースを一瓶だけ取って袋に入れた。ぼくの家にはこれで充分だ。


 教室に戻って、本を手に取る。



「花と緑の育て方?」



 花の育て方や水やりのコツの本だった。書き込みがしてあって、すごくわかりやすい。



「ヨハンさんからかな」



 フランツ殿下の言っていた、庭師の人。


 二冊は植物の本だったが、最後の一冊は違った。それは手作りの本だった。タイトルのない表紙をめくる。中を見て……、



「……ぶっ!」



 ぼくは噴き出した。





 その本に描かれていたのは、レースの上着を着たかぼちゃパンツの青いカエル。金色の巻き毛をした。


 それがページいっぱいに、いろんなポーズで描かれている。


 ピンクのヘビや、緑のナメクジの姿もあった。その細かい事。


 ペンで描かれた絵に、絵の具で色をつけてあるのだが……、ひらひらのレースやらスカーフ、ヘビやナメクジについている髪の様子が細かに表現されていて、何だかすごくおかしい。


 こうして見ると、殿下たちの姿は、本当に笑えると言うか、面白いものだったのだと思った。ぼくがでこピンして、殿下たちがわーわー言って泣いている姿まで、ばっちり描かれている。それがあんまりおかしくて、ぼくはげらげら笑った。


 最後に署名がしてあった。



『セバスチャン』



「やっぱりあの人、最強だ!」


 笑いながら、ぼくは言った。


 初夏の光が差し込んでくる。ページの上で、殿下たちの姿は何だか輝いて見えた。


途中まで書いて止めてたんですが、なんかセバスチャンがすごい人に(笑)。

まだ続けるつもりですが、不定期なので、再開がかなり先になりそうです。ここでちょっと止めておきます。


ちなみにカエルやナメクジには寄生虫がついている事がありますので。生カエルや生ナメクジにちゅーした場合、手洗いとうがいを必ずして下さい。……する人がいるとも思えないけど……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ