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魔界の庭はスリルしかない


 ひと悶着が片付いたところで、今度こそ中庭への散策を開始すべく扉に手を掛けた。

 いざ! 初の城の外です! 


「中庭へと出られるのですか?」


 しかし出鼻を挫くように、手を掛けたところでまだ立ち去っていなかった雪男が驚いた声で問いかけてきた。

 振り返って確認した顔は、白い毛に覆われていて表情が読めない。ただ困惑しているような気配は感じられる。

 さっきの狼男といい、私が中庭に出るのは駄目なの?


「魔王様には許可をいただいていますけれど、いけませんか?」

「いいえ。魔王様が許可されているということでしたら問題ありません」


 小首を傾げて聞き返せば、安心したように頷かれた。丁寧に一礼して、扉まで開けてくれる。


「それではどうぞ。くれぐれもお気をつけて」

「ええ、ありがとう」


 促されるまま扉を出て、数歩進んでからふと言われた言葉に違和感を覚えて振り返った。


(お気をつけてってどういうこと!? 中庭はそんな危険な場所だというの!?)


 思い至ると同時に聞き返したかったけれど、扉は既に閉められた後だった。

 ひとり中庭に取り残された形となって、急激に不安が襲ってくる。


(大丈夫よね? 魔王様が許可くださったのだし、鳥に気をつけるようにしか言われていないもの)


 取られたら困る大事な指輪はちゃんと部屋に置いてきてある。

 あとはドレスのボタンが小さくてキラキラしているけれど、気をつけなければならないのはこれぐらいのはず。

 きっと草がたくさん生えているから、足元に気をつけてという意味に違いない。そう言い聞かせて、無理やり自分を納得させる。

 そうでもしないと、せっかく庭に出たものの既に回れ右して帰りたい気持ちでいっぱいだった。

 首を巡らせて見渡した中庭は、予想に反して私の想像していた中庭ではなかった。


「これは中庭、と呼んでいいのでしょうか……?」


 城の中にあるのだから、中庭には違いないけれど。

 でも綺麗な花が、ない。

 城の窓から眺めた中庭は緑の迷路のように見えていたけれど、実際に降り立って近くで見た植物は私の見たことのないものばかり。それに加えて、どれも私の背丈をゆうに超えていた。

 庭というより、小さな森のように思えてくる。城を鮮やかに彩る可憐な花々など、ない。

 それでも好奇心には勝てず、そろりそろりと進んでいく。

 一応小道は整備されていて、足元は問題はなかった。幸い空も明るく、遠くから鳥の声も響いてくる。ギョエエエエって悲鳴のように聞こえてくる……。


(あれは鳥? 本当に鳥なのっ?)


 城の中は随分慣れたつもりだったけど、中庭に出るとやはり魔界であることを思い知らされる。

 城の中は防音がきいているのか、それとも魔王様が結界というものを張られているのか、それほど大きく怪鳥の声は響かない。

 けれど外にいると結構の音量で聞こえてきて気が気じゃない。


(危険じゃないのよね? 魔王様が庭に出ていいと仰ったのだから、問題はないのよね?)


 あの魔王様が私を危険な場所に出すような真似をされるとは到底思えない。大事にしていただいているということは、さきほど骨の髄まで理解させていただいた。

 ならば大丈夫。魔王の妃たるもの、生涯暮らす城の中庭で怯えているわけにはいきません!

 必死に自分を鼓舞して、足を進めていく。

 しばらく進むと開けた場所に出て、ようやく咲いている花に出会った。


「まぁ、……お、大きい」


 自分の身長よりも更に上に、大きな赤い花が毒々しく咲いている。

 感嘆の声を上げたかったけれど、自分の頭より大きい花には慄きの方が勝ってしまった。

 私、小さく咲く可憐な花の方が好きなのですけれど……でもそんな我儘は駄目よね。魔界にもちゃんと花が咲いているということがわかっただけでも良しとしなければ。

 それでも少し残念に思ってしまって肩が落ちる。無意識に俯いて、小さく嘆息が零れた。


(……いま、影が動いた?)


 そのとき視線を落とした先、自分の足元に掛かっていた影が揺れたように見えた。

 けれど自分は動いていないし、この足元の影は、いま見上げた花の影のはず。

 でも今は風もなく、こんな大きな花が揺れる要素はなかったように思う。

 気のせいかしらと思いながら、もう一度花を見上げた。見上げて、ちょっと違和感を覚える。


「……さっき、上を向いていなかった?」


 大きく空を向いて咲いていたはずの赤い花が、こっちを向いているように見える。

 目があるわけじゃないから、こちらを向いているというのもおかしな表現だけど。花がこちら側に向かって咲いている。


(気のせい、よね?)


 驚きすぎてちゃんと見ていなかったから、向きを見間違えていたに決まっている。だって、こんなに大きな花が勝手に動くわけないもの。だって植物なのだから。

 脳内で自分を納得させるべく、思いつく限りの理由を並べ立てる。

 じっと食い入るように見つめた花は、全く動かない。

 当然だ。動かないに決まっている。きっと私が変に怯えてしまっているから、物事がちゃんと認識出来ていないだけに違いない。


(こんなことでは駄目だわ。しっかりしなきゃ)


 ――ただでさえ私は、この城で何もしていない。


 魔王様は魔王様がなさっているお仕事のことは、一切私には告げられない。

 きっと人間である私が気に病まぬように、何も見せず、何も聞かせず、私の体だけでなく心も守ろうとしてくださっている。

 私はあまり頭の出来が良い方ではないけれど、それぐらいはさすがにわかる。

 そして私もそれに、甘んじている。

 それがずるいということはわかってる。人間から見れば、裏切り行為だということも。

 けれど人の世界に帰れる場所もなければ、帰るつもりもない以上、私はこの世界で生きていかなければならない。

 そして魔王様は、そんな私に優しい世界を作ってくださる。

 人間からは、ずるいと罵られるかもしれない。そんなものは魔族の甘言、まやかしに惑わされているだけだと糾弾する者もいるだろう。

 けれど魔王様が作り出したこの甘い世界を、いっそ生涯欺き通してくれるというのなら、それが私にとっての真実になる。

 私の人の世界を見ることなく、聞くことなく、そのおかげで人の世界は安穏に満ちているのだと思い込める。

 起こっている事実を、知ることもなく。

 

(……でもね、本当は)


 もしも魔王様が、人間すべてを滅ぼしてしまったとしても。


(私をあの場から救いあげてくださった魔王様のことを、嫌いになんてならないの)


 誰も助けてくれなかった。私を利用しようとした。

 王家に生まれ落ちた姫の役割なんてそんなものだと、覚悟はしていたつもりだった。けれどそれが悲しくないわけじゃない。苦しさを覚えないわけじゃない。

 魔王様はそんな私を、戦争をするための道具として利用されないよう、助けてくれた。

 私の周りにいた人達なんかよりも、ずっとずっと私を想ってくださる。大事にしてくださる。


(そんな方を、嫌いになるわけがないじゃない)


 むしろ、好…………き、なのでは、ないかしら。ええ、たぶん。きっと。

 魔王様が私を想ってくださるのと同じぐらいかと聞かれると、まだちょっと、いえ、到底及ばないとは思うけれど。

 でもきっと年月を重ねれば、私も同じぐらい好きにな……るのは人としてどうかと思うけれど、大丈夫、寄り添えるように努力するわ!


「!」


 そう決意を固めて勢いよく顔を上げたところで、さっきより低い位置に赤い花があって息を呑んだ。


(あ、あれ? この花、こんなに低かった?)


 私の顔の高さ位の位置に、私を窺うように花があるのだけど。

 なぜかしら。

 さっき私はこの花を見上げなかった? 見上げたわよね!? 絶対に見上げた!


「……動いてる、でしょう?」


 緊張のあまり震える声で問うても、花はぴくりとも動かない。

 けれどさっきはまっすぐに伸びていたはずの茎が中途半端に曲がっているし、人間でいうなら頭だけ斜め下に突き出してこっちを向いているという、非常に苦しい体勢のはず。


「動いてるわよね……!?」


 さすがにもうわかっているのだから! 動いてる! 絶対動いてる! 花なのに!

 我慢できずに悲鳴に近い声で問えば、私の前に咲く赤い花が問い詰める言葉を否定するように、ふるふる、と花部分を緩く横に振った。

 え? 動いてない? そう、ごめんね、疑って……


「っ!」


 現実逃避で否定されたのを反射的に受け入れそうになってしまったけれど、いま動いてたから! どう見ても完全に動いていたから!

 魔界の植物は、動く!



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