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魔族と言語が通じません


 魔王様に庭に出る許可をいただけたので、自室にしている部屋に寄って外した指輪を置いてから1階へと降りていく。

 城の中には最低限の人数しかいないのか、あまり誰かと出くわすということはない。

 とはいえ時々気配や視線も感じることはある。振り向いても誰もいないので、もしかしたら相手の方が人間の娘である私を避けている可能性も高い。


(だとしたら、ちょっと淋しいものがあります)


 人間の娘だから、妃として認めたくないのでしょうか。

 魔界に強引に浚われてきて、魔王様に求婚されて、それでもその手を取った以上は魔王の妃としてやっていく覚悟をしたつもりでいた。

 だけど何の力もない人の娘など認められないと言われたら、どうたらいいの。


(魔王様も責任を取って妃にはしてくださったけど、私を妻として見られないのかも)


 大事にされているのは感じるけれど、愛玩動物的な感覚でいる可能性もある。

 私のことは幼い頃から知っていらしたようだし、まだ子ども扱いされているのかもしれない。


(そういえば魔族の成人っていくつなのかも知りません)


 魔王様は見た目通りの年齢だと言っていたけれど、私より10歳くらいは上のように見える。正確な年齢は本人もわからないらしい。魔族はいちいち年齢を数えたりしないという。

 魔族の生態は人の世界では解明されていないから、私も詳しく知らない。見た目通りの年齢とはいえ途中で成長が止まって、天寿が200~300歳だったりしたら……。


(魔王様が私を大人だと思っていただく頃には、私はおばあさんになっているのでは!?)


 恐ろしい考えが脳裏を過って、慌てて頭を振って思考を振り払った。

 変なことを考えて不安になるぐらいなら、後で魔王様に訊けばいい。夫婦は会話が大事! それは魔族でも人間でも共通しているはず!


(でもさすがにどうして何もしてくださらないのですか、なんてことは恥ずかしくて聞けない……っ)


 だってそんなことを聞いたら、私がしてほしがってるみたいじゃないのっ。

 いえ、その、でも結婚しているのだし、キスぐらいはしてもいいのではない!?

 思えば婚姻の儀式でも額にキスされただけだった。髪や指に口づけられることはあっても、それ以上は何もない。あえて唇を避けられているようにも感じている。

 これでは本当に愛されているのか、不安になってくるのは仕方がないと思う。


(それとも魔族と人では婚姻の考え方が違うの?)


 魔王は世襲制ではないと言われた。だから世継ぎの心配はしなくていいのだと。

 でも生んでくれるのは嬉しい、というようなことを言っていたような覚えもあるから、やはりそういうことは……いえ、これ以上の思考は私の頭と羞恥心が限界です!

 少なくとも、昼間に城の中を歩きながら考えることではなかった。

 誰に聞かれているわけでもないのに、気まずくなった空気を仕切り直すべく咳払いをする。

 気づけば随分歩いてきたのか、顔を上げればもう目の前には城の中庭へと続く大きな扉があった。

 その扉に手を掛けて開けようとした、その時。


「ワォンッ!」

「ひゃっ!?」


 いきなり犬のような鳴き声が廊下に響き渡って、驚きのあまり変な声が喉から漏れて肩が跳ねた。

 驚いて取っ手から手を離して声のした方を振り返る。

 向けた視線の先、廊下の向こうから私を咎めるような鋭い目をした狼の顔を持った魔族が大股で歩いてきていた。

 貴族のような服装をしているものの顔が狼の男は、あっという間に私の前までやってきて威圧するように見下ろす。


(えっ、えっ、なに!? この扉を使っては駄目なの!?)


 その明らかに人とは違う姿を前に、反射的に心臓が恐怖と緊張でバクバクと早鐘を打ち出す。足が震えて、恐怖で動けない。

 けれど魔王様に許可はいただいているわけだから、私の行動に問題はないと思う。

 でも許可を取ったのはつい先程。城の者にはまだそのことが行き届いていなかった? 私が逃げ出すとでも思っているの?

 どうしたらいいのかわからず、泣きそうになって見上げれば、それまで鋭い目をしていた狼男は息を呑んで狼狽えたような様子を見せた。

 困った顔をして……いえ、毛に覆われた狼の表情なんて実は読み取れないのだけど、なんとなく困った顔をしたように見えた。

 その様子を見る限りでは、どうやら私を害するつもりはないように見える。


(説明したらわかっていただける?)


 ならばちゃんと説明しようと勇気を振り絞って口を開きかけたものの、ふと思い立って固まった。


(この方、先程私に向かって吠えられたということは……人の言葉では、通じないのではない?)


 魔王様も魔王様の側近の人間と同じ姿の方も、人形型の侍女も私と同じ言葉を話す。だから魔族もてっきり同じ言語なのだと思っていた。けれどそれは私に合わせてくれていたのかもしれない。

 とはいえ、魔族の言葉なんてわからない。ましてや相手は狼の顔を持っている。

 しかし、私は魔王の妃。ここで挫けるわけにはいきません。

 それに彼は私に注意をしようとしたのだろうけど、魔王様を介さずに私に話しかけてくれた記念すべき魔族第一号さん!

 目の前の彼は口を開けかけた私を辛抱強く待っていてくれているようなので、勇気を振り絞ってまずは挨拶をすべく改めて口を開いた。


「わ、わぉん……?」


 こんな風だったかしら。ちょっと真似してみたのだけど、ちゃんと通じる言葉になっている?

 食い入るように見上げれば、狼男は驚いたように目を真ん丸く瞠って私を見下ろした。

 

(駄目だった? やっぱり通じるわけがない!?)


 そうでしょうともっ。私も動揺と緊張のあまり思わず口走ってはみたけれど、どう考えても何やってるの? と自分に言いたいもの!

 恥ずかしいっ。猛烈に恥ずかしい! いますぐ回れ右してこの場から逃げ去ってしまいたい! でも怖くて震えた足が動いてくれないのだけどっ。

 羞恥のあまり、顔に熱が集まるのがわかる。お願い、今のは聞かなかったことにしてください。気の迷いなのです。動揺のあまり冷静な判断力が欠けていました。


(私が向こうの言葉をわからなくても、向こうは人間の言葉がわかる可能性だってあったのに!)


 まず先に自分の知っている言語で勝負すべきだった。反省して顔を上げれば、なぜか狼男は嬉しそうに目を細めている。


「ワォン、ワンワンッ、ワオン!」


 そして嬉しそうに話しかけてくる。ただし、狼語と思わしき言葉で。


(え、えええ…っどうしたらいいの! これってもしかして私が狼語がわかると勘違いされてしまった!?)


 狼語の勉強もちゃんとしている妃だと思われてしまったかもしれない。

 ごめんなさい。それは誤解です。真似して言ってみただけで、貴方が何を言っているのか全然わからないの!

 それでもつい条件反射で愛想笑いを浮かべてしまう。対応に困ったときは微笑んでいればいいという教えをこんなところで発揮してみたけれど、これだと私が彼の話にちゃんと耳を傾けているように見えかねない。

 ひとしきり私に話した後の狼男は、にこやかに……いえ、本当に笑っているのかは読み取れないのだけど、細めた目を三日月形にして私を見ている。


(どうしたらいいの。ごめんなさい、わからないですって言うべき?)


 でも私の言葉ってこの方に通じるの? 無理そうではない?

 魔王様なら彼の言葉もわかるのだろうけれど、こんなことで忙しい魔王様を呼ぶわけにはいかない。

 混乱して焦った私が次にとった行動は、我ながら頭の悪いものでしかなかった。


「わ、わんわん!」


 ごめんなさい、貴方の言っている言葉がわかりません! という念だけを必死に込めて、それっぽく狼語を言ってみた。

 もしかしたら魔族だから、念じただけで通じてくれるかもしれない。そんな期待を込めて言ってみたものの、通じている気は全然しない。

 多分私の顔は眉尻が下がっていて、ひどく情けないものになっていたと思う。

 案の定、私を見返した狼男は数秒ほど私をまじまじと見た後、ブハッ!と盛大に吹き出した。


(今のって、もしかして私は面白い冗談でも言ったような感じになってるの!?)


 狼語なんて全然わからないから、自分が言った言葉に責任が持てない。

 だけど狼男はお腹を抱えて笑い続けている。どうしよう、もしかして私は彼のツボにはまるような渾身の冗談を飛ばしてしまったの? もう一度同じことを言って、と言われても出来る気がしないのだけどっ。

 これ、一体どうしたらいいの!?



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