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魔王は世襲制じゃないので


 先日、雪女さまに「そのままで大丈夫」と言ってもらったわけですが、それでもまだちょっと悩ましい日々は続いていたりする。

 甘い言葉に流されることは簡単だけど、自分でそれでは駄目だと思っているのです。

 だからもう少しだけ、誰かに話を聞いてもらいたい。勇気の出し方を教えてほしい。

 そんな欲が擡げてきてしまう。


(そういえば、先代の姫も先代の魔王様と結婚されていたと伺ったけれど)


 以前、魔王様に先代の姫はどうされたのか訊いてみたところ、事も無げに教えてもらった。

 歴代の魔王様が人間の姫と婚姻されることは珍しくないのだとか。


(私も魔王様と婚姻した手前言えることではないのですが、衝撃の事実です!)


 魔王様今く、


「どうせ攫うのなら、自分の好む姫を攫うだろう。嫌われたくないから魔王は姫に尽くすものだし、姫も絆されるのだろうな」


 とのこと。

 魔王が人間の姫に恋をするのは、自然の摂理なのだという。これまた衝撃の事実です!

 そうはいっても、すべての魔王が人間の姫を選んだわけではないでしょう。それに姫が拒否したことも勿論あるのだろうけれど……。

 そこは聞いても悲しくなりそうだったので、あえて聞かないでおいた。

 私は自分で言うのもなんですが、珍しい選択をした人間だと思っています。あまりこういう姫はいないのではないかと思っていたので、他にもいらしたのだと聞いて驚きしかない。

 でも右も左もわからない異形だらけの世界で、その頂点に立つ美しい魔王にひたすら優しく甘やかされたら。なによりも大切にされたら。

 心揺らぐ気持ちはよくわかります。

 とりあえず先代の魔王様と姫に関していえば、生涯仲睦まじいご様子だったそう。

 魔王様が生まれる前にお二人は亡くなられているので直接は知らないとのことだけど、伝え聞いた話だけでもほっとしてしまった。

 人にしては長生きでいらしたという先代の姫。先代の魔王様が死ぬまで自分も生きると言い張っていたのだという。とても愛していらっしゃたことが伝わってくる逸話です。


(それほど仲睦まじいご夫婦だったのなら、お子様がいてもおかしくないのではない?)


 魔王は世襲制ではないというから、魔王様がお二人の血族というわけではない。

 でも魔王繋がりで、先代の血を引く方との交流をなさっていたりしないのでしょうか?


(もしいらっしゃるとしたら、姫の話を聞かせていただけると嬉しいのですけれど)


 そう思い立って、このところお忙しくてなかなか顔も見られない魔王様を晩餐の席で掴まえたので、さっそくお尋ねしてみた。


「魔王様。先代の魔王様と姫の間にはお子様はいらっしゃらなかったのですか?」


 お疲れのところ申し訳ないと思いつつ、期待を込めて魔王様を見つめる。

 魔王様はしばしの沈黙の後、「ひ孫なら、今も確実にいるな」と答えてくれた。

 それを聞いて顔を輝かせる私とは反対に、魔王様はなぜか少し嫌そうに口元を歪める。


「頼んでもいないのに、たまに城に来る」


 迷惑そうに言う魔王様の反応はとても気にかかる。魔王様はその方が苦手なの?

 だけど城にいらっしゃることがあるならば、私としてはぜひお会いしてみたいと思ってしまう。


「その方とお話させていただくことは出来ますか?」


 期待いっぱいな眼差しを向けると、魔王様は眉根を寄せた渋い顔をした。見るからに賛成できない表情をされて眉尻が下がる。


「駄目なのですか……?」


 先代の姫が、どんな方だったのか。どうやって生きたのか。

 ひ孫ともなると、先代の姫のことがどれだけ伝わっているかはわからない。だけどほんの少しでも彼女にまつわる話が聞けるならば、同じ立場の立つ身としてはとても聞きたいのです!

 魔王様の態度に怯みそうになる心を奮い立たせて目で訴えれば、長い溜息を吐き出された。


「先代の姫の話なら、私が教えた以上のことはひ孫も知らないはずだ」


 私の心を見透かしているのか、期待を挫く言葉に肩が落ちる。

 ……やはりひ孫ともなると、難しいですよね。私自身、もし自分の曾祖母の話を聞かせてほしいと言われても話せることは何もない。

 それでもその方が人間の血を引いているというだけでも、お会いしてみたい気持ちは消えない。

 そんな私の諦めの悪さを読み取ったらしい魔王様は更に口元を歪めた。


「それにアレに会うのは、エステルには早すぎる」

「お会いするのに、早いとか遅いとかあるのですか?」


 でしたら、いつになったらお会いできるのでしょうか。

 魔王様の服の裾をぎゅっと掴んで引けば、魔王様が言い聞かせるような口調で語りだした。


「言っておくが先代のひ孫は人間の血もかなり薄まっていて、今の種族はインキュバスだ。人間的な道徳は期待しない方がいい」

「インキュバス?」


 それが何かわからずに首を傾げると、魔王様が渋い顔をしたまま教えてくれる。


「インキュバスというのは、淫魔のことだ」

「いんま?」

「その性質上、見た目は人に一番近い形をしている下級魔族だ。夜毎寝室に潜り込んでは、人を誘惑する……」

「っわかりました! 私にはまだ早いです!」


 説明されるにつれて顔に熱が集まっていくのがわかった。

 魔族の中にはそういうことを生業にされている方がいると! そういうことなのですね!

 慌てて途中で遮ってしまったけれど、魔王様は気を悪くすることなく「だから言っただろう」と淡々と言われてしまった。

 だってそんな魔族がいるとは思ってもいませんでしたから!


(そういう方にお会いするのは、恋愛初心者には難易度が高すぎますっ)


 人間的な道徳を期待してはいけないと釘を刺すほどですから、きっとその、とても奔放な方なのではないかと想像できる。

 その方に恋愛相談しても、私ではとても対応できないお話をされてしまいそう。

 私はそれ以前のお話なので、こんな状態で尻込みしている私に相手も呆れてしまうでしょう。

 そういうわけで大変残念な気持ちはあるけれど、早々にお会いするのは今は諦めたわけです。

 そんな私を見て、魔王様はもう一度小さく溜息を吐かれた。



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