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魔界の侍女はとても繊細


 寝る前に私の髪を梳いてくれていた侍女である自動人形ドールが、珍しく唐突に「あ」と意味をなさない言葉を発した。


「どうしたの?」


 振り向いた私の瞳に映るドールは少女の姿をしていて、人形だけあってとても美しい。

 ピンクトルマリンの瞳に、肩上で切りそろえられた艶やかな黒髪。肌はミルク色の陶磁器に似ていて、唇は淡い紅色。

 初めて会った時は見惚れてしまった。


(動いた時は、ちょっとどころでなく驚いたけれど)


 動くの!? 話すの!? この綺麗なお人形さんが私の侍女なの!? と思いました。

 しかしドールは大きさも見た目も人によく似せて作られているので、今では魔王様の次に安心できる存在である。

 ただやはり人形なので触れれば硬いし、熱も持たない。

 最初の頃はまったく感情が無くて、話しかけても淡々と応じてくれるだけで嫌われているのかと思っていた。

 後から魔王様に「傍にいる存在の感情を学習して成長する」と教えられた時には、心から安堵した

 近頃は私と一緒にいるせいか、徐々に学習しているのか感情を見せてくれるようになった。こちらに寄り添おうとしてくれる姿を見ると嬉しくなる。

 表情は変わらないけれど、醸し出す雰囲気と声音が日に日に人に近づいていっていると感じる。


「申し訳ございません。右手が外れてしまいましたので、お暇をいただきたく思います」

「手が取れるのっ!?」


 けれどやはり、彼女の体は人形だった。

 ぎょっと目を剥いて慄く私の前で、ドールは平然と左手に取れた右手を持って掲げた。顔色も変えない。いえ、人形だから元々顔色は変わらないのだけどっ。

 でも人形とはいえ手が取れるだなんて、とんでもなく大変なことですッ。


「大丈夫!? 痛いのではない!? いますぐお医者様を呼びましょうっ」

「痛覚はないので問題ございません。球体関節ですので、経年劣化で緩んでいたのだと思われます。お父様に修理していただけばすぐに戻ります」


 慌てて立ち上がった私を見て、やんわりと押しとどめられた。

 表情は変わらないはずなのに、安心させるようにちょっと笑ってくれたように見える。


「それなら私のことはいいから、すぐにその方の元へ行って治していただいてください」


 痛くないとはいうけれど、見ているこっちの心臓が痛い。その姿に泣きそうになる。

 だって手が取れているのです!

 血は出ないし、本人は平然としているけど、取れた片手を持っている姿はちょっとどころでなく恐怖です!


「ですが修理するとなると1日かかるのです。こちらに戻れるのが明日の夜となってしまいます」

「何日かかってもいいから、全身診ていただいた方がいいわ。心配だもの」


 申し訳なさそうに小首を傾げる姿に、気にすることはないのだと言って聞かせる。

 いくら人形だと言われていても、動いて、話して、近頃は少し笑ってくれるようになったドールは私にとって人と同じ。痛そうな姿になっているのを見るのは忍びない。


「そうだわ。応急処置しておきましょう」


 ふと思い出して、ドレッサーの上の小ぶりな宝箱に手を伸ばす。蓋を開ければ目当ての物はすぐに見つかった。


(ミイラ男にいただいた包帯がこんなにすぐ役に立つなんて!)


 御洒落としては使わなかったけど、本来の使用用途として役立ってよかった。今度お会い出来たら、もう一度お礼を言っておきましょう。

 ドールの外れてしまっている手を嵌めて……嵌めて? ちょっとぐらぐらしているので、包帯でくるくると撒いて止めておく。

 人形の治療はしたことが無いので、果たしてこれで大丈夫なのか不安はある。


「ありがとうございます」


 けれどドールが嬉しそうに笑ってくれたように見えたので、ひとまず大丈夫でしょう。

 しかし微笑んでくれたドールはすぐに顔を曇らせた。


「ですが、本当によろしいのですか? 明日はお妃様、お一人になってしまいます」

「大丈夫です。魔王様がいらっしゃるもの」


 私は一人なんかではないのです。

 微笑んで力強く頷けば、ドールもほっとしたように頷いた。


「わかりました。でしたら、明日のドレスは魔王様に着せていただいてくださいませ」

「……。え?」


 しかしドールが告げた言葉は、私の予想もしていないことだった。


(えっ、待って? なぜ私のドレスを、魔王様が……魔王様が!?)


 動揺して口をパクパクさせる私を見て、ドールは不思議そうに小首を傾げた。


「お妃様、お一人でドレスは着られないでしょう? コルセットはどなたかに締めていただかなければなりません」

「それは、そうなのですけれど」


 確かに、そうです。一人では着られません。

 私は実はけっこう不器用なので、特にコルセットなど私一人で締められる気はしません。


「魔王様でしたら、お妃様のコルセットを締めていただくのになんの問題ございません」

「それは問題しかないのだけど!?」


 思わずひっくり返った声で切り返してしまっていた。

 だってそんなこと、魔王様にお願い出来ることではないと思うのっ!


「魔王様はお妃様にお願いされれば、快く着つけてくださるかと思いますが」


 ドールの言い分はわかります。

 自動人形はドール一人しかいないし、このお城には女性が少ない。というか、ほぼ見たことがない。

 以前はもう少しいたというけれど、魔王様の寵愛を得ようとする様に辟易した魔王様が追い出してしまったのだという。

 となると私の着替えを見ても問題がない方は、消去法で魔王様しかいない。

 魔王様は私の旦那様ですし、日頃の溺愛っぷりを見ても、お願いしたらコルセットぐらい締めてくれるんじゃないかというぐらい愛されている自信もあります。


(でもそれは魔王様に肌を見られるということで、魔王様に……裸を見せるの?)


 無理です! そんなの駄目ですッ!

 いえ、夫婦なわけですから、見られてもいいのですけれどっ。でもまだ早い……いえ、遅いぐらいなことはわかっているのですけど!


(でもいきなりそんなっ。魔王様を誘っているような真似、私にはできません!)


 一人で狼狽えて赤くなったり青くなったりしている私を見て、ドールが「何か問題がありますか?」と容赦のない追及をしてくる。

 ドールは私と魔王様が、その、そういうことをしていないとは考えてもいないのか、それとも人形だからそういう部分が抜け落ちているのでしょうかっ。


「ええと、その……魔王様はお力が強いので、加減が難しくて、私は潰されてしまうのではないかしら!?」


 私の内心をすぐに理解してもらうのは難しそうなので、なんとかそれらしい言い訳を絞り出した。

 そう、そうです。そういう心配もあります!

 確か以前、狼男の頭を片手で掴んだ際、骨がミシミシという音が聞こえてきた。

 片手で掴んだだけで、ミシミシいうのです。うっかりあの力でコルセットを締められたら、私はどうなってしまうのでしょう!?


「間違いなく、そうなったら死んでしまいます!」

「確かに、その通りです。魔王様にお願いするのはいけません」


 拳を握って力説すれば、真面目な雰囲気でドールも大きく頷いた。よかった、わかってくれて!

 でもたぶん魔王様は器用だから、実際には私が絞られ過ぎることはないと思うのだけど……でも今は誤解していてくれた方がいいです。ドールの素直さを逆手にとってしまってごめんなさい。


「ですがそうなりますと、私がお暇をいただくわけにはまいりません」

「私のドレスより、ドールの手の方が大事でしょう! 手の治療は最優先です」


 とんでもないことを言い出したドールに向かって顔を顰めてみせ、けれど納得していなさそうな姿にちょっと悩む。


(コルセットをしなくてもいい服を着れば良いのです)


 考えてみれば、とても単純なことです。

 しかし私のクローゼットに並ぶ服は、どれもコルセットが必要なものばかりだったように思える。


(かといって、寝間着で過ごすわけにもいきません)


 一日中、寝間着でいるなどという怠惰な真似は、魔王様の妃として出来ません。

 でも病気のフリなんてしたら、魔王様がどれほど心配なさるかわからない。

 そうなるとゆったりとしたコルセットがいらない服で、すぐに用意できるといえば……


「そうです! 魔王様の服をお借りしましょう!」


 いつもローブのようなゆったりした服を着ている魔王様を思い出して、とりあえずドールを納得させる為にそんなことを口走っていた。



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