表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/28

8.戦う理由

 アリスはまったく、出会った直後とは完全に別人になっている。笑顔でいてくれる分には文句はないが。

 促されるまま外へ出る。柵内は平穏なものだが、一歩そこを抜ければスライムの海だ。


「武器か何かはないのか?」

「今のツヅルさんでは剣や槍などを扱うのは難しいでしょう。そうだ、ちょうどいいものが」


 そう言って彼女が持ち出して来たのは、こん棒であった。確かに素人でも扱える武器ではある。


「この辺りのスライムは打撃無効なんて厄介な特徴もないので、思い切り振り下ろしちゃってくださいね」

「……分かったよ」


 ダメージを受ければ、即座にアリスが回復してくれるのだろう。そう信じるしかない。

 柵の前に立つが、スライムたちは外でツヅルを待ち構え、威嚇するように飛び跳ねている。これでは迂闊に開けない。

 たじろいでいると、


「仕方ないですね」


 見兼ねたか、アリスが溜め息交じりに苦笑いして、軽やかに柵を飛び越えた。そしていきり立つスライムの群れの中に降りる。

 すると、スライムたちの標的はアリスに移ったようで、一挙に体当たりによる攻撃を開始した。が、アリスにダメージはない。微動だにしていない。それどころか余裕の表情でツヅルに目配せしてきた。


「そういうことか」


 要は、ターゲット管理をしてくれた訳だ。

 その隙にツヅルは柵を抜け、背を向けている直近のスライム目掛けこん棒を振り下ろした。不意打ち上等である。もしこれがゲームであれば、会心の一撃、と表記されていただろう。

 だが、スライムは倒れず振り返り、激怒したように水色の体をプルプルと震わせた。


「ええい!」


 ならばともう一度振りかぶり、また直撃させた。すると今度は仕留めたようで、スライムはドロドロと溶け地中に消えていった。


「その調子ですよー」


 スライムの攻撃を受けながら、アリスはガッツポーズを取ってツヅルを甘やかす。

 すかさず次のスライムがツヅル目掛けて飛び掛かった。ツヅルも無我夢中で迎え撃った。一振り目で叩き落とし、二振り目で止めを刺す。どうやら今のツヅルの力では、最低でも二回の攻撃を要するらしい。

 後はそれを繰り返して、三十分ほどが経過した。普段運動もしていないツヅルだ、息も切れ、四肢も重くなっている。


「い、いつまでやる!」

「ん~。ひとまずは、昼食の時間までですかね」

「それは具体的には!」

「ではあと二時間」

「二時間……」


 絶望的な数字だ。

 心が折れそうなところで、


「ぐっ!?」


 スライムの攻撃がツヅルの顔面を的確に捉えた。油断した瞬間を狙われた。怯んではいられず、仕返しとばかりにスライムを叩いた。

 もたもたとした動作が仇となり、次々にスライムがツヅルを強襲し始める。


「くそ! こいつらぁ!」


 これでは処理しきれない。四方から体当たりを受け、ダメージが蓄積していく。ジリ貧だ。


「ア、アリス!」


 腕を伸ばし、必死に助けを求めた。


「はい」


 彼女は何故か嬉しそうに胸の前で指を絡め、


「ヒール」


 唱えると、ツヅルの身を神聖な光が覆った。

 癒しの魔法だ。体中の痛みが引いていくのは、何とも言えない不思議な感覚である。


「バ、バフもくれ!」


 プリースト系ならステータス上昇系の魔法を多少扱えるはずだし、もちろん、アリスは使える。

 しかし、


「それはダメです」


 やんわりと拒否される。


「ズルはダメですよツヅルさん。これはあなた方の罪に対する罰ですから」

「袋叩きにされるのが償いかよ!」

「かもですね~。あ、ヒール」


 片手間でヒールを受けながら、スライムたちと一進一退の攻防を繰り広げる。ボクシングでもこんな乱打戦は滅多に拝めない。叩いては叩かれ、回復され、また叩く。まるで戦闘マシーンだ。

 疲労もピークに達しようとした頃、


「はい、休憩~!」


 アリスが高らかに宣言した。

 そうは言われても、スライムは待ってくれないだろうに。気が抜けそうになるのを辛うじて堪えた。しかし、追撃はなかった。おかしなことだ。スライムたちはすっかり落ち着いて、身を引いていくではないか。


「お昼にしましょう」


 ふわりとツヅルの横を通り、彼女は家の中に戻っていく。

 汗を拭い、スライムの数がちっとも減っていないことに愕然としつつ、覚束ない足取りで彼女の後を追った。


「はぁ」


 椅子に腰かけると、


「はい、頑張りましたね」


 アリスが冷水を出してくれた。一気に煽り、火照った体を沈めていく。五臓六腑に染み渡る美味さである。


「分からないな。あのスライムたちの思考回路が」

「そんなの、単純明快ですよ」

「というと?」

「終わりが欲しい」


 終わり、か。

 ツヅルは頬杖をついて考えた。

 スライムというモンスターが何のために書かれるのか。それはもう、倒されるためだ。


「やつらは、倒されたいのか」

「そう、ですね。スライムの目線で考えれば、そうなるでしょう。例えば主人公とスライムが相対したとして、次のページでは勝者と敗者に分かれていたはずです。スライムは倒されることを暗に予期していたかもしれませんね。でも結果は、エターナるでした」

「……すまない」

「彼らモンスターに終わりがあるとすれば、それは多くの場合人間たちに倒されることだったでしょう。もしもこの世界でモンスターがそれを望むのなら」

「それをする責任が、俺にはあるか」


 話を聞く限り、

(終わりを欲しがっているのは、どうやらモンスターだけじゃないな)

 とも思った。

 とにかく、その本来あるべきはずの未来へ導いてやること、それこそがエタらせ続けてきたツヅルの背負う責任という訳だ。スライムたちが戦闘の末の敗北を望むのなら、ツヅルはその身を摩耗させてでも戦わなくてはいけない。

 少しずつではあるが、この世界のことが紐解けてきた気がする。

 要は、エタられて困っているキャラクターたちを救え、というだけのことだ。


(しかしそれは、いよいよ途方もない……)


 寿命までに元の世界へ帰れるのか、怪しくなってきた。

 だが、おそらく、誰かがやらなくてはいけない。エタられたキャラクターたちが作者を憎んでいるのは明白。放っておけば、元の世界に危害が及ばないとも限らなかった。ツヅルが実際に襲撃を受けているのだから。

 いずれにせよ、この異世界でやることをやらなければ、元の世界に帰ることも適わないのだろう。

 責任は、かなり重大だった。

 スッと深く呼吸し、頭の中を整理してから、アリスの顔を見た。


(アリスも、エタらせた俺を憎んでるんだよな)


 思っても、口には出せない。つくづく彼女の優しさに甘えている。その代りに、伝えるべき言葉を見つけた。


「まぁ、なんだ」

「はい?」

「今さらだが、俺は昨日から何度もアリスに助けられてきた」

「そうですね」

「その、礼を言うよ」

「……」


 面と向かって礼を言うのは、なんとなく照れ臭かった。だが、彼女に救われ続けているのは事実だし、礼の一つも言っていないことが不自然に思えた。

 アリスは少しだけ黙って、俯いて、思い詰めたような顔をした。


「多分、私は、お礼を言われるようなことはしてません」


 しかし、すぐに顔を上げ、無理やりな笑顔を繕う。


「あるいはあなたは、死んでしまった方が楽だったかもしれませんね。それほどまでに、これから先、幾度となく苦しみ、そして、私を恨む」


 そんなことは。


「だから私は、お礼を言われるようなことはしていないし、そもそも相応しくないんです」


 反論の余地を与えず、アリスはくるりと身を翻し、キッチンへと向かった。

 その笑顔は、泣き顔よりもはるかに、ツヅルの胸に深く突き刺さった。

 きっとまだツヅルは、この世界の千分の一のことも知らない。


(スライムが待ってるな……)


 今はできることを少しずつこなしていこうと思った。

次回更新は2/7です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ