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6.アリス

 正面のコテージを見上げた。

 二階建て。素人目に見ても良い木を使っている。周囲にはスライム避けのために立てたであろう木製の柵。

 簡素な柵門を開き、まず少女が敷地へと踏み入れる。ツヅルもそれに続き、すぐに柵を閉じた。


(こんなちゃちな柵で大丈夫かなぁ)


 もう数匹スライムが湧いただけで圧壊しそうだ。

 そんな不安を読み取られた。


「スライムにこの柵は破れませんよ。大臣様のご厚意で結界魔法を施していただいたので」

「あの幼女か。疑問だった。一体何の大臣なんだ? やはりお菓子配給大臣か」

「失礼な。あの方はあらゆる知を統括する魔法大臣様ですよ」

「大層な肩書だ。この世界はよほど人材不足らしい」

「まったく、あなたって人は。森で魔物に出くわさなかったのを少しは不思議に思いませんか?」


 呆れ顔で、少女はコテージの玄関の前に立った。

 そういえば、森では魔物の影すら見なかった。幼女大臣が何らかの処置を取っていたのか。


(もっと恐ろしい相手には襲われたがな……)


 メイロのことだ。が、アレは明確にツヅルを狙っていたし、引き寄せたのもおそらくツヅル自身だ。文句は言えない。

 それよりも、このスライムの群れを何とかしてもらいたいものである。


 さて、やっと家の中に入った。

 自然の素材を活かした暖かみのある内観が印象的だ。


「ちょっと待ってください、入らないで」

「お?」

「その泥だらけの足で床を汚す気つもりですか?」


 見れば、彼女は玄関でブーツをしっかりと脱いでいる。

 悪態をつきつつも、彼女は水を張ったたらいを運んできてくれる。

 足を洗いながら、ツヅルは家の中を眺めた。

 一階は広いリビングキッチンになっており、奥の方に便所や浴室もありそうだ。二階部分がおそらく個室兼寝室か。


「適当にくつろいでいてください。私は湯浴みをしたいので」


 髪や衣服にこびり付く血生臭さが気になるのだろう。彼女はそう告げ、奥へと消えて行った。この異世界における湯沸かしの技術が気になるところだ。

 木製のテーブルの表面を撫で、椅子に腰かけた。

 彼女以外に人のいる気配はない。半月ほど留守にしたと言っていたが、その間誰かが生活していた形跡もない。


(一人暮らしか)


 こんな広い家に一人とは、侘しいというか。

 しかし、食器などは多人数分収められている。


(一人暮らしになった、というのが正しそうだ)


 それにしても、ひどく疲れた。

 数時間前まで、机を挟んで対面には妹の灯夏が座っていた。真夏なのにカーディガンを羽織り、熱々のポタージュを啜り、取り留めのない会話をしていた。今頃、妹はどうしているか。ツヅルが失踪したことに気付いただろうか。


(俺は戻れるかなぁ)


 次、幼女こと魔法大臣に出会ったら、問うてみるとしよう。

 それよりも今は、考えなくてはいけないことがある。

 ちょうど、浴室の方で湯の弾ける音がした。

 そう、彼女の名だ。金髪。ラムネ色の瞳。プリースト。大概、珍しくもない設定だ。思い出そうにも、候補となる作品が多すぎる。

 ふと、棚にあるものを見つけた。それは額縁に入れられ、飾ってあった。


(写真か?)


 と思ったが、この世界に写真が普及しているかどうか。では、絵か。まるで写真のように場面を切り取り、書き写せる魔法やスキルが存在しても不思議ではない。

 席を立ち、その精巧な絵に近付いた。そこには、四人の人物が描かれていた。若い男女が二名ずつ。黒の短髪で真っ直ぐな目をした剣士の少年。軽装で照れ臭そうに頭を掻く錆色の瞳の少年。杖を持ち仏頂面で突っ立っている外套の少女。そして、満面の笑みを浮かべる幸せそうな彼女。

 その絵の傍らには、四枚の銀貨が大切そうに並べられていて、


(あっ)


 脳ではなく、指が思い出した。

 電流が走るような衝撃を受け、その足は次の瞬間には浴室へと向かっていた。洗面所に入ると、彼女の脱いだ衣服が丁寧に折り畳まれていた。後は一枚の薄い扉を隔てて、彼女が裸で湯浴みをしている。


「覗いたら命の保証はしませんよ」


 そんな警告が浴室内から鋭く発せられた。

 覗く気なんて毛頭ない。脱ぎたてほやほやの下着にも今は関心がない。

 ただ、伝えたかった。


「アリス」


 扉越しに、彼女の動きが止まったのが分かった。その反応自体、答えだと思った。

 そう、彼女の名はアリス。プリーストであり、紛れもなくツヅルの生み出したキャラクターであった。


(思い出せて良かった)


 心からそう感じる。保身のためではない。己で書いたキャラすら思い起こせないようでは、いよいよ作者として失格だし、アリスやメイロに憎まれても仕方ない。

 胸のつっかえが取れたところで、ツヅルは気持ち良く引き返そうとする。

 浴室の扉が唐突に開かれたのは、まさにその時だった。


「えっ」


 ツヅルは驚き、目を丸くした。

 扉を開けた彼女の瞳もまた、感情を錯綜させていた。

 上気した表情が、濡れた髪が、艶っぽく彼女を演出する。

 お互い、黙って、見つめ合って、動かない。いや、動けない。瞬きすら躊躇われた。

 きっと彼女は今、混乱している。一時の衝動で、浴室の扉を自ら開いてしまったことを急速に後悔し、恥じている。しかし同時に、動転し、引くに引けないでもいる。結果、すっかりその身は静止してしまったのだろう。

 それほどまでに名を呼ばれたことが嬉しかったのだと、そう願いたい。


「アリス、見えてるぞ、色々と」


 せめて口火を切ってやるのが彼女のためになるならば、ツヅルはもう迷わなかった。


「~~~ッ!!」


 そして彼女の時も動き出し、錯綜していた感情は、ツヅルに促され怒りへと一気に流動していった。

 不貞腐れて、強がって、でも本当は、自分という存在を思い出してもらいたかっただけなのかもしれない。そう自己解釈してみると、途端に彼女を愛おしく感じた。アリスは人間よりもよっぽど人間らしくて、可憐だ。


 こういう場面の定番、ビンタが飛んでくるかな。

 覚悟して歯を食いしばったツヅルだったが、アリスは扉をピシャリと閉めるだけで、攻撃に転じてはこなかった。

 その代りに、


「あ、ああ、上がったら何かご飯作りますから、待ってて、ください」


 上擦った声が、響いた。

 ツヅルは彼女に聞こえないよう、低く笑った。


(調子が狂うな)


 叩かれてもいないのに、頬を撫でてみた。

 安堵したら、今度は腹が鳴った。

次回更新は2/5です!

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