囚人の令嬢の話
ねぇ、看守さんは、前世って信じます?え、どうでもいい?看守さんらしいですね。
私?私はもちろん信じてますよ。だって知っていますもの。前世があり、今世があり、来世があることを。私、前世の記憶があるんです。
ふふふ、そんなにおかしな事ですか?多分、あの人──今の王太子殿下の婚約者さまも、知っていますよ。だって、そうじゃなきゃ、逆ハーエンドなんて普通目指さないですもの。この世界の常識が一切ないことなど、見ていれば明らかです。
ああ、話が逸れましたね。では順に話しましょう。
これは、私の前世にまで遡ります。遡りすぎ?仕方ないじゃないですか。もう終わるまで口出さないでください。質問は後でまとめてお願いします。
前世の私はたいそう夢見がちな乙女でしてね、乙女ゲーム、という疑似恋愛を楽しむ乙女のためのゲームを好んでました。ゲームと言ってもカードとはまた違うものなんですけど……この世界にゲームと似たものがないので説明しづらいですね。
乙女ゲームをすると、私は何にでもなれて、どんな身分の方とでも恋ができるのです。現実には有り得ないでしょう?だから疑似恋愛なのですよ。
まあ、その乙女ゲームの中にとある作品がありましてね、それは平民出身の少女が貴族の庶子だと判明し、王立学園に編入するところから始まるのです。
そこで主人公は王太子殿下や高位の貴族、はたまた隣国の王子とまで恋愛が可能でして、私のように遊ぶ側は、どの人物を恋の相手に選ぶのか考え、そして好感度を上げていくのです。
今となっては主人公はただの馬鹿な女ですが、当時はそれがいい、と思ってたんですよ。
そして数々のイベントをこなしていき、その年度の修了式にゲームは終了です。
ちなみに、この乙女ゲームにはトゥルーエンド、ノーマルエンド、バッドエンドがありまして……ああ、また話が逸れそうですね。この話はやめましょう。
まあ、ゲームが終了するまでに主人公には様々な困難が襲いかかります。例えば遅れた勉強、例えば人間関係。例えば──恋。恋に関する困難は、攻略相手全員に婚約者がいることなんですよ。
乙女ゲームの話はここまでにしましょう。これくらい知っていれば、この後の話も理解できるでしょうから。
私は生まれた時から、先程までに語った前世の記憶がありました。本当、あの頃は辛かったですね。どのくらいの年齢になれば話していいのか分からないのに、その年齢にあった態度を演じなければならないのですから。
そして私が四歳の時、婚約者が決まりました。相手はこの国の王太子殿下。私の一つ年上ですね。そしてその時、気づいてしまったのです。ここが、あの乙女ゲームの世界だと。
あら、あまり驚いてない顔ですね?あ、私があからまな伏線を張っていたからでしょうか?すみませんね。私語るの苦手なんですよ。あれもこれも話したい、と思うと脱線してしまうのです。
……これも脱線ですね。なるべく簡潔に、いきましょう。
乙女ゲームでの私の立ち位置は王太子殿下の婚約者──つまり主人公の恋路を邪魔する、悪役令嬢と呼ばれる存在でした。
さてさて、看守さん。自分が悪役令嬢だと知った私はどうしたと思います?
………はい、時間切れです。正解は、進んで悪事を働く、でした。
前世では、悪役令嬢ものと呼ばれる、悪役令嬢に転生した少女が悪役令嬢にならないよう頑張る、という物語もあったのですが、私はそうしませんでした。
私は、世界にはあらかじめ、大まかな道筋があると考えてます。私たちあらゆる生物は、細かなことは決めれるけれど、いつ死ぬことや、人生のターニングポイントとなるところは決まってると思うんです。
だから私は、例え前世の記憶があったとしても、大まかな流れは変えてはならないと思います。むしろ、知ってるからこそ、そうなるようにしなければならないと思うのです。
なので私は自らの知識を総動員して、悪役令嬢として生きてきました。恥ずかしいことですが、馬鹿すぎる行動もしましたよ。本当、あの頃は辛かったですね。主人公を取り囲んで罵倒したり、足を引っ掛けて転ばせたり。それで本気で心を折ろうなんて馬鹿じゃないですか。それなら男でも雇って犯させるのが最低ラインですよ。誘拐や没落もいいですね。あ、だけど主人公は元平民ですから、没落はむしろ喜びそうです。
ああ、また逸れましたね。まあそんな風に主人公を虐めまして、つい先日、犯罪が明るみに出まして、婚約破棄されました。あんな可愛らしい虐めばかりですのに、こんな一級犯罪者用の牢獄に入れるなんて、王太子殿下は……っと、これ以上は言いませんよ。不敬罪だーなんて騒がれたら面倒臭いですし。
ここまでが、表の話です。いや、前世の記憶があるとかあまりバレたらいけないんですけど。なんかかっこいいじゃないですか。
さてさて、私が主人公を虐め始めた頃に戻りますね。その頃、私は急に人が変わったって周りから遠巻きにされてましてね、そんな私を心配してくれたのが、お兄さまです。
当時恥ずかしすぎて精神的に疲れ果てていた私は、お兄さまに優しくされて、ついポロッと言ってしまったのです。ええ、前世の記憶についてです。もちろんお兄さまは信じませんでしたが、次第に、私の言ったことが現実になっていく様を見て、信じたそうです。
お兄さまは、これは手に負えない、と王妃さまに相談しました。実は王妃さま、私たちの叔母なんですよ。だから比較的容易に話せるのです。
王妃さまは国王さまへ進言してくださり、私たちは国王さまと謁見することが敵いました。国王さまは私に、今までの私のように知ってる通りにする方が安全だ、とおっしゃいました。そして、王太子殿下は激情家なので、悪事がバレた後には一級犯罪者用の獄舎に入れられるだろう、とも。
そこで国王さまは決めなさったのです。隣国の諜報員をこちらの看守にし、そしていずれ私を逃がさせることを。
そうです。貴方がたが諜報員だと言うことは既に分かっていたことなんですよ。我が国は諜報員対策は世界一だと自負するほどなので。ですから貴方がたの国も、私たちが諜報員を受け入れることに何か理由がある、と思って、私たちの思惑に乗ったのでしょうね。
さあ、これが、私の知る限りの、悪役令嬢の話です。
ご清聴、ありがとうございました。
▽▽▽▽▽
看守さんはたいそう悔しそうにしてる。自らが泳がされたのが、そんなに嫌なのだろうか。確かに彼らの国はこの国で一、二を争うほど豊かな国ですが、それぞれの国にも人と同じように、得意なことと不得意なことがあるのです。だから、彼らの国より一分野で我々が優れていてもいいのではないでしょうか。
ねぇ、看守さん。私はそう呼びかける。
「貴方に残された道は二つです。一つ目は私たちの思惑に乗り、私と共にこの国を出ること。もう一つは、思惑に乗らず、私と共に死ぬか」
ふふふ、と笑う。彼は、どっちを選ぶのだろう。どちらでもいいけど。
ただ、一人ではない。その事実がとてつもなく嬉しい。こんなに気分が高揚するのは久しぶりだ。
「……先に質問をいいですか?」
「どうぞ」
「この話を、他国の者にしていいのですか?」
看守さんは私の顔を真剣な顔で見る。
看守さんは特徴のない顔立ちをしているが、真面目なことを考えてる時は眉間に皺が寄る。今だってそうだ。私の返答を待ちながら、頭の中で多くのことを考えてる。私を連れて帰る場合のメリットとデメリット、連れて帰る場合、上司にどう説明するか。全て包み隠さず話すのか、誤魔化すのか。また連れて帰らない場合……などと上げれば切りがない。
私は手を上げて、看守さんの眉間をぐりぐりとする。看守さんの頬が僅かに高揚し、私は笑う。
「いいんですよ。今の王太子殿下は間もなく廃嫡される予定なので、貴方が今から本国へ伝えたとして、我が国に手を出す為には、時間が足りませんから」
クスクス、と笑う。音が反響し、あちらこちらから私の笑い声が聞こえる。
そういえば、いつの間にか日の光が再び入らなくなっていた。今牢獄を照らすのは、看守さんが持つ灯火だけ。
闇は嫌いだ。何があるのか分からないし、何より解けてしまいそうになる。私という存在を紡ぐ糸が闇によって解かれていくような気がする。そしていつの間にか、私自身、何も分からなくなってしまいそうになる。
灯火が、看守さんの顔を下から照らして、まさにホラーだ。けれど、闇よりは怖くない。
「では、もう一つ質問を」
どうぞ、という意味を込めて私が頷くと、看守さんが言った。先程よりも眉間の皺が濃い。何を考えているのだろうか。
「……貴女は、貴女という存在を、どのように考えているのでしょうか」
何を言っているのだろう、彼は。私が首を傾げると、彼は言葉を紡ぐ。私という、悪役令嬢を壊す言葉を、唇から編み出す。
「貴女は自身の過去を『悪役令嬢の話』とおっしゃった。不自然なんですよ。何故『私の話』ではなく『悪役令嬢の話』と言ったのか。それは、貴女自身、今の人生を自分のものと認識できてないからでは?」
彼は闇よりも質が悪かった。私を紡ぐ糸をいきなり斬り、そこに隠された本物の私を強引に暴く。酷い、何をするの、放っておいて。そう私が言う。けれどその顔はきっと満面の笑みだろう。
今まで誰も見てくれなかった本物の私。悪役令嬢を演じる私しか見えてない皆。私は見て欲しかった。私自身を見て欲しかった。悪役令嬢ではない私を見て欲しかった!
頬を熱いものが滑り落ちる。分かる、分かってる。ここで泣くのは認めてることと同義だ。けれど、止め方が分からない。何もできない。
「…………ばか」
私が何とか絞り出した声は、とても弱々しかった。
次話は明日更新です。




