人魔神 -魔王を使って世界のバランスを整える-
気分転換に書きなぐった短編。
希望があればちょっとくらい続く――かもしれない。
その日の俺は、神だった。
「バカな……貴様さっきまで〈人気〉を放っていたではないか……なのになんだ……その異様なまでに強大な〈神気〉は!!」
「〈神気変成〉――〈神刀・シンラ〉」
右手に握った刀を構え、走り出す。
「寄るなっ! 気味の悪い人族め!」
〈魔王〉エリスは右手に炎の術式を展開し、生まれ出でた炎塊を俺に向かって投げつけた。
「くっ!」
横一閃。
俺の刀がエリスの生み出した炎塊を切り裂き、一瞬で霧散させる。
「や、やめろっ! その刀で私に触れるなッ!!」
「それは断る」
魔王エリスが俺の接近を拒むように腕を振るった。
俺はまずその腕を斬り飛ばした。
「ぐあっ!」
「バランスが悪い」
続けてよろけたエリスの左腕を同じ長さになるよう斬り飛ばす。
「いやっ!」
エリスが女らしい悲鳴をあげた。
「や、やめてくれ!」
黙っていれば絶世の美女といえる風貌だが、こうして情けなく悲鳴をあげると少女のようにも見える。
「なにが望みだ! これ以上その神気をまとった刀で私を斬らないでくれ! なんでもする!」
「なんでも?」
俺はエリスの両足も同じ長さになるよう斬り飛ばそうとして、ふとその言葉に手の動きを止めた。
「あ、ああ、なんでもだ……」
自分で言って「しまった」というような顔をしている。
「こ、この身体が望みなら好きなようにすればいい……」
なぜか頬を赤らめている。
どうやらこの魔王には勝手にやましい妄想にひたる性癖があるようだ。
「それなら俺の望みを叶えてもらおう」
「っ!」
エリスはビクりと肩を震わせ、無い腕でその豊満な胸を隠そうとした。
「やはり身体が目的か……、わかった。だけど、その……私も初めてだから……や、やさしくしてくれ?」
「なにを勘違いしている」
俺はきょとんとしているエリスに言った。
「お前の身体なんてどうでもいい」
「ど、どうでもっ――」
「俺が望むことはただ一つ」
そう、俺がこの世界に『三度』も生まれ変わったときから、俺の望みは決まっている。
「今すぐ配下の魔族を連れて人間領を去れ」
ありきたりなセリフにエリスは少し残念そうな顔をした。
「そうか……やはり貴様も所詮は人の子か。同族を守るために我ら魔族を追い返そうと――」
「なにを勘違いしている」
「えっ?」
エリスがまたきょとんとした表情を浮かべた。
「俺は増えすぎた人族が魔族に駆逐される分には一向に構わない」
「お、おまっ、それでも人族――」
「俺は正確には人族じゃない」
そして魔族でも、神族でもない。
「俺は、劣等生物だ」
こんな不便な体になったのはいつごろだったろうか。
「人族の放つ〈人気〉と、魔族の放つ〈魔気〉と、神族の放つ〈神気〉を『均等に』補給しなければ生きていけない――」
この世界は今日もバランスが悪い。
「史上最低の劣等生物なんだよ」
おかげで朝から――蕁麻疹が出てる。
◆◆◆
はじめてこの世界に生まれたとき、俺は人だった。
さて、ここでちょっとした昔話をしよう。
〈人王〉と呼ばれる人族の覇者が、そのまんま世界の覇者だったときの時代の話だ。
「人王よ、これで世は平定されました」
「うむ」
「しかしこれからは世をより良き方向へ導いていかねばなりません。それが王たる者の務めです」
「わかっている」
人王は人族同士の争いを勝ち抜き、世界の覇者となった。
かつて世界を作ったと言われる神族は隠居。
当時はまだ魔族なんてものもいなかった。
人王には高い志があった。
もともと王になろうなんて思ったのも世界に平和をもたらすためだ。
人は平等ではない。
欲望の向きもそれぞれ違う。
だからこそできるかぎり平和に。
バランス良く。
そうして人王は常日頃より良い統治とはなにかを模索して生活していた。
しかしあるとき、人王は家臣の一人によって殺された。
人王を討ち、自分が代わりに世のすべてを手に入れる。
それが家臣の欲望だった。
「人王、あなたはよくやりました。あの荒んだ戦乱の時代をたった一代で治め、こうして世界を平定した。しかしあなたにはどうやらこの世は手に余るようだ。なので私がこれから先を引き継ぎます」
「……」
人王は毒が体に回って死んだ。
あっけない幕切れであった。
◆◆◆
しかし人王の魂は毒では死ななかった。
あろうことか彼は、同じ世界に、今度は魔族として生まれたのだ。
人族のあとに生まれた魔族は、生まれつき人族よりも強い力を持っていた。
数こそ少ないものの、当時の人族と比べると個々人の力の差は歴然で、次第に魔族は人族の天下を打ち崩すようになっていった。
最終的にある一人の魔族が当時の人王を倒し、世界を手に入れた。
〈魔王〉が誕生した瞬間である。
「人族と魔族、二つの種族が世界に広がっている。前以上にバランスに気をつけなければなるまい。魔族は力が強いからといって好き勝手に人族を迫害するな」
魔王はそう言って部下たちを諌めた。
魔王が存命のうちはそれなりにうまくやっていけていたと思う。
それは魔王がたった一人で大勢の魔族を抑止し得るほどの圧倒的な力を持っていたことも背景にあるだろう。
しかしあるとき、〈魔王〉は少し注意して見張っていた狡猾な配下に裏切られ、今度は術式の力で爆殺された。
「陛下、争いのない世の中はまったくもっておもしろくないものです。人族を生かしておく理由がどこにありましょう。あれは劣等種族。必要ないもののために貴重な資源を割く必要はございません」
「……」
「それにやつらの放つ〈人気〉はどうにも煙たくていかん。あんなものはなくなった方がよいのです」
魔王はそんな部下の言葉を最後に、まもなく命を落とした。
さすがにもう生まれ変わることはないだろう。
彼の胸にはそんな思いがあった。
しかし――
◆◆◆
驚くべきことが起きた。
部下に爆殺された魔王は、数年後――再び同じ世界に生まれた。
そのころ、初代魔王を殺して二代目の魔王になった狡猾な魔族は、引き継いだだけの力を振りかざして人族を絶滅させようとしていた。
ところが原初に世界を創造したという〈神族〉たちが再び世界に降り立ち、その魔王の暴挙を止めようとした。
その中に、元人王で元魔王な彼も混じっていた。
彼は神族として生まれ変わっていたのだ。
魔王と神族の戦いは壮絶なもので、神族にも犠牲が出たが、最終的に一人の神族が魔王を倒すことで人族は一命を取り留めた。
その強さから同じ神族にまで崇められた彼は、〈神王〉と呼ばれるようになった。
そう、元魔王の彼である。
しかしあるとき、〈神王〉に嫉妬した別の神族が彼を謀殺し、新たな世界の覇者がすり替わった。
◆◆◆
最後にこの世界に生まれたとき、俺は人でもなく魔でもなく神でもない『なにか』だった。
当時の世界は人族と魔族と神族が混在した実に粗雑な世界だった。
そして、人でもなく魔でもなく、神でもないなにかとして生を受けた俺は、自分の体が世界の状況に強く影響を受けていることに気づいた。
人族の放つ〈人気〉と、魔族の放つ〈魔気〉と、神族の放つ〈神気〉が、均等に世界に存在しなければ生きていられないのだ。
――気のバランスが悪いと、俺は死ぬ。
俺は困った。
依然として世界は混沌としていて、その時代には三種族があちらこちらで小競り合いを繰り返す世界になっていた。
人は神に強い。神族は人の放つ人気がなければ存在を確かにしていられなかった。
神は魔に強い。魔族は神族の放つ神気がとても苦手だった。
魔は人に強い。人族は力が強く人気を必要としない魔族が苦手だった。
三すくみの種族は、それでも自分たちのことを一番に考え、いかにしてこの世界を都合よく作り変えるかに腐心していた。
人は神を利用し、世界を支配しようとした。
魔は人を殺し、世界を支配しようとした。
人を殺されると困る神は、魔を滅しながら人を利用してうまく世界を支配しようとした。
そしてそのどれにも当てはまらない俺は、三種族がそれぞれに放つ気を均等にするため、世界のバランスを取ることにした。
「この世界は本当にバランスが悪い」
やたらスケールの大きいバランス狂が誕生した瞬間である。
◆◆◆
「ま、待て、なら貴様は〈魔王〉を倒すとかそういう勇者的なノリで私のところに来たのではないのか!?」
「だから言っているだろう。俺は別に余分に増えた人族が減る分には構わない」
「こ、この人でなし!」
魔王に人でなしなんて言われるとは思わなかった。
「ろくでなしっ!」
魔王エリスが脱ぎ掛けていた服を着直して言う。
「うるさい。こっちだって死活問題なんだ」
「せめて減らすじゃなくて増やす方向で考えたらどうなんだ!」
「ん?」
言われてみればたしかに。
それにしても人族を滅ぼそうと躍起になる魔王の台詞ではないな。
「増やす方がめんどくせえだろうが」
「セックスがっ、めんどくさいだと!?」
こいつちょくちょく会話の途中が飛ぶな。
妄想で先に進むな。
「あれ……めんど……くさいのか……? 私経験ないからわからない……」
急にしおらしくなって頭を抱えるエリス。
「自分で言って自分で悲しむのやめろ……」
こいつホントに魔王なのかよ。
「私は魔王だ! 一昨日からな!」
出来たてほやほやかよ……!
「父上が死んだのだ! うわあああああん、父上ぇぇぇえええ!」
軽い気持ちで魔族の侵攻を止めに来たらえらいもん引いちまった。
魔王死んでたのかよ。
その娘が二日前から魔王かよ。
くっそお、どっから突っ込んでいいかわからねえ。
「お前、そういえば魔王だったのだろう?」
「なんで微妙にそういうところは鋭いんだ……」
エリスがうるうるとした目で俺を見上げる。
「というか、初代魔王はお前なのだろう?」
「そ、そうだけど……」
「では私の祖先だな! おじいちゃん! 私に魔王がなんたるかを教えてくれ!」
おじいちゃんはやめろ。
「よく考えろ、俺は初代魔王だが俺は部下の魔族に殺されて死んだ。俺に子どもはいない。つまりお前とは血の繋がりがない」
「そんなひどいこと言わないでよぉぉぉ!」
なんだこいつ、いったん崩れるとめちゃくちゃめんどくせえな……。
だまってりゃクールビューティーに見えるのに、中身がまるで伴ってねえ。
「なりゆきで魔王になっちゃったんだよおおお、みんなきっと私なんかが魔王で怒ってるよおおお」
「うおっ、抱きつくな!」
横から抱きつかれて腕のあたりに胸の感触を感じる。
すさまじい破壊力だ。
「お願いぃぃぃ」
「はあ……」
まあ、こいつが本当に魔王だというのなら使いようはある。
俺の蕁麻疹が出なくなるように、魔王を使って人と魔と神のバランスを整えればいいのだ。
一応初代魔王をやっていたこともあって魔族の扱いには慣れている。
とにもかくにもまずはこれ以上人族を減らすのをやめさせて、たぶん神族もちょっと多いからあいつらぶっ殺すために魔族鍛えよう。
「わかった。少しならお前の魔王業も手伝ってやる。ていうかそろそろ離れろ、蕁麻疹がでる」
密着されると俺の中の気のバランスが崩れる。
基本的に世界の状態が大元だが、肌と肌がくっつくほどにいられるとさすがに影響が出る。
「ホント!? やったー! ありがとう! えーっと――」
「スヴェンだ」
「よろしくな、スヴェン! 私はエリスだ!」
「戦う前に聞いた」
あのときにこいつが出来たてほやほやの魔王だって気づいとけばよかった。
「よし、では早速城に戻って次の手を考えよう!」
次の手……?
「どうやって人族にセックスさせて人を増やすかだ!」
こいつマジで言ってんのかマジじゃないのかマジでわかんねえ。
るんるんとしながらスキップで魔王城へ歩いて行くエリスを見て、ため息が漏れた。
……まあ、人族の数が足りなくて人気が減っている、というのは理解してくれているらしい。
なんだかんだいいながら俺の望みをちゃんと汲んでくれているあたり、優しいやつなのかな。
「とりあえず私はセックスの仕組みがわからん! だからその……な?」
頬を染めてうるうるとした目で俺を見るエリス。
「まずはその仕組みを……な? わ、私とお前で……」
違うわ、こいつただのエロ魔王だわ。
「却下だ」
「えっ!? なんで!? 私そんなに魅力的じゃないのか!?」
「年頃の女がセックスセックス連呼するんじゃねえ」
照れと恥じらいを知れ。
それが男をその気にさせる近道だ。
「はあ……、また蕁麻疹が出る」
こうして俺と魔王エリスのよくわからない戦線協定が結ばれたのである。