花冠の女王
バイトで働いてる花屋の閉店準備に、私はとりかかっていた。
7月の初め。今の天気は生憎の小雨だった。もうお客さんもこないだろう。夜の7時だし。
入り口のベルが、チリリンと鳴った気がしたので、私は反射的に”いらっしゃいませ”と
ふりむくと、小学校低学年くらいの女の子がいた。最後のお客さんかな。
「いらっしゃい、どんな花が必要かな?」一応、尋ねてみた。
もしかして迷子かもしれないし、何か緊急の事でも起こったのかも。
女の子は、何も言わなかった。雨に濡れたのか寒そうにしてた。”タオルで拭いてあげよう”
奥から あわてて水瀬店長が出て来た。
「葵ちゃん、来てくれたんだ。今日も一緒に練習しようね」
葵ちゃんは、ニコっと笑うと、店長のそばにすりよった。
「あ、飛鳥ちゃん。閉店作業が終わり次第帰っていいから。それとタオルくれる?」
うmmさっき”一緒に練習”と言ってたけど、生け花でも教えてんのかな。
葵ちゃんという子と水瀬店長は、慣れた様子で、作業台にすわり、小さなクリスマスリースの枝の輪を取り出した。さすがにこれは、今から練習するには時期が早いような・・
店長は、いつのまにか用意してたマーガレットとカスミ草の束を、机の上に置いて、リースに花を組み込む葵ちゃんを、手伝っていた。
ははあ~。そういう事か。最近、カスミ草の仕入れと販売数が多いと思ったら、閉店後、こういう事に使ってたんだ。私は、慌てて帳簿を確認。代金が入金されてない。
「店長。店長がオーナーですけれど、せめてカスミ草の代金くらい、”自腹”で払って下さいね。
こうみえて値の張る花ですから。ご存じと思いますけど。」
”この花屋、よくつぶれないな”と思うくらい、店は閑古鳥がないてる。定期的に花を購入する顧客がいるから(例えば、BARとか、お花教室とか)なんとか赤字ギリギリでやってる。
代金未払いは、少額であっても命取りだ。
「飛鳥ちゃん。今回は見逃して。今日、葵ちゃん、マーガレットとカスミ草の花冠が出来そうなんだ。だいぶ、上手くなったし」
おい!ちょっと待て。花冠?裏に保水のスポンジを付けないって事かな?じゃあ、練習の都度、花を消費してるって事かな。花冠作りなら、たんぽぽかシロツメクサで練習すればいいものを。
リースの枝を土台に、生花で。
水瀬店長は イケメンだけど、時々、何を考えてるかわからない事をする。
今回もそのケースか。私は、店長にタオルを投げて、帳簿にカスミ草・マーガレット代金、店長未支払とメモをはっておいた。後で店長が会計の仕事をするとき、じっくり考えてもらおう。
「「やった~。出来た」」
二人の声が、小さな店に響いた。花冠が出来上がったようだ。店長は葵ちゃんの頭にのせた。
葵ちゃんが、嬉しそうに笑った。可愛い女の子。でもなぜこの時間、雨の中?と疑問に思う。
「葵ちゃん、上手に出来たね。お姫様みたいに綺麗だよ。お母さんにも見せなくっちゃね」
途端、空気が暗くよどんだ。店長の顔がこわばってる。
私は、別段、変な事をいってないはず・・しまった。母親がいないか、亡くなってるとかか?
「お母さんに見せに行きたいけど、私がお母さんの所へ行くと、お母さん、具合が悪くなるみたいなの。病院でぐっすり寝てるのに、この間もそうだった」
葵ちゃんの小さな体が、ますます小さくなっていくような。体も薄黒くなってみえる。
”そばにいくと、具合悪くなる?” 何の例えだろう・・
「葵ちゃん、今度は、お母さんの花冠を作ろう。大きいから、かえって作りやすいよ。きっと」
水瀬店長の声に、葵ちゃんに笑顔が復活。私は、何の花を使うのかが気になった。
水瀬店長がもってきたのは、薄いクリーム色のバラ10数本、カスミ草1本、まだ蕾の白いバラ8本。うわ・・ちゃんと数えてみてクラクラしてきた。バラ、特にクリーム色のバラは1本800円はする、うちでは高級品じゃないか。白バラも開きかけの蕾だなんて、需要の多い花を。
花の数と値段を、今度は大きくかいて、帳簿にはりつけた。さて、そろそろ私は帰るか。
入り口の施錠は店長にまかせよう。葵ちゃんと必死に花冠を作ってる店長に、声をかけようとした時、また”チリリン”と 鳴ったきがした。
髪の長い、雨に濡れた女性が立っていた。顔は、葵ちゃんに似てる。迎えに来たんだ。よかった。葵ちゃんも、自分の花冠を見せることが出来てうれしいだろう。あれ?お母さんって、さっきの葵ちゃんの話しだと入院中のような印象を受けたんだけど。
「葵、葵ちゃん、ごめん、ごめんね。お母さん、あなたを守ってあげる事が出来なくて」
突然、母親が、葵ちゃんを強く抱きしめて泣き出した。
「あの人、私に暴力はふるっても、葵ちゃんには手を出さなかったのに。」
母親は、泣いてるうちに、顔が変わった。目が黒い穴になり、口がおおきく裂けた。鼻はつぶれてなくなっている。私は、声もだせないほどびっくりし、文字通り腰が抜けて、床に座ったまま。
「あの男、絶対、許さない。呪ってやる。死ぬよりつらい目にあわせる」
だみ声で、風の音のように響く声で、母親は叫んでる。
「まあ、ちょっと待ってください。その前に葵ちゃんが作った花冠を、見て下さいよ」
水瀬店長、ニコニコ顔で、母親に声をかけた。あの恐ろしい顔の母親にその笑顔。店長って何者?
「見て、お母さんのぶんの花冠も出来たの。」
娘の声で、母親の顔はもとにもどって、娘を見てほほ笑んだ。
「お母さんにこの花冠をのせるね。お母さんは女王様、で私はお姫様。ね」
母親は又、泣き出した。葵ちゃんが、母親の肩を撫でてる。慰めてるのだろう。
「そうね、あんな男、放っておくわ。私が女王で葵がお姫様。前にシロツメ草の花冠で、そんな遊びをしたっけね」
「そうそう、あの公園でシロツメクサで。覚えてる」
二人は、楽しそうに話してる。
「失礼、やはり、男の事が忘れるのが一番ですよ。ほら、あそこに光ってる道が見えませんか?
あの道を進めば、たどり着きます」
(たどり着くってどこに?私はまだ声も出せないのが残念)
葵ちゃんと母親は、まっすぐ伸びている”光る道”を歩いて行った。そしてそのまま、雨の中消えた。二人が消えたと同時に道もなくなった。
*** *** *** ***
「て、て、店長、あの二人って、なんだったんですか?宇宙人?異世界の人?」
「飛鳥ちゃん、肝心な事をわざと言わないんだね。あそか。怖いんだ。あの二人はね、俗にいう幽霊なんだ。覚えてないかな?この町で父親が、娘に暴力を振るい、母親がそれを止めようとして、結局二人とも、報道時は重体だった。TVでも大分とりあげてたけど」
そういえば、そんな事件があった1か月ほど前だったかな。
でも、父親は精神鑑定を受けるらしい。精神鑑定で”責任能力なし”と言われたら、無罪になるのかな。それってあの二人が、カワイソすぎないかな。虫のように簡単に殺されて・・
「母親が、呪ってやるって言ってましたけど、当然ですよね。娘を殺されて黙ってる母親なんて、いないでしょうし」
私の言葉に、店長は静かに
「恨みだけでは、何も前に進みません。人は、犯した罪はかならず自分にもどってくるもんです。
あの二人は、心に平安を取り戻しました。そのまま旅立つのが一番です。」
これからここでのバイトで、店長の正体をつきとめてみよう。
私は、花冠に使った、花代+りーすの土台の料金の内訳を書いた紙を、帳簿ごと見せて
「なるべく早く、支払って下さいね」と笑顔で店長に渡した。
店長は、爆沈した。”今月、私、生活していけません”と 泣きをいれてきたが、スルーした。
あの花冠が 親子にとって救いになろうと、それはそれだ。代金は別問題だしね。