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天竺二万四千円

作者: cha

頭を空っぽにして読んでいただけたら幸いです。

少しでも考え始めたら頭が痛くなると思います。

『天竺 二十万四千円~』

そう書いてある旅行会社のポスターを、私は見つけた。

天竺に行きたい。ふと、私は思った。

こうして私、三蔵法師の天竺を目指して西へ向かう旅が始まったのである。

***


天竺へ行きたい。そう思ったが、何となく旅行会社を経由していきたくはないと思った。

行くならこの足で。自力が良い。

しかし、天竺までの道のりには危険が多そうだ。盗賊に遭うかもわからない。

そこで、お供をつけることにした。

***


お供にするとはいっても、私はお金持ちではない。どちらかと言えば持っていない方だ。だからお供探しには苦戦すると思ったが、一週間で三人、あっさり見つけることができた。

三人、というより三匹だが。

***


一匹はサル。孫悟空と名乗った。彼はチワワのポチとキジのピーちゃん、それに柴川桃太郎君(12歳)と一緒に鬼退治をした経歴の持ち主だ。当時の報酬はきび団子一つだったらしい。何度も確認したが、本当にそうらしい。私は彼を直ちに採用した。


もう一匹は河童。沙悟浄と言うらしい。彼は何度が裁判所で訴えられた身のため、なかなか仕事にありつけなかったらしい。訴えられた内容を尋ねたが、シリコダマがどうとかよく分からないことを言っていた。頭が良さそうなので採用した。


三匹目は豚。チョハッカイと名乗っていた。何と書くのか見当もつかない。彼はいざというときに、自分は大いに役立てると言っていた。私は彼の脂肪が程よく付いていそうな、かつふくよかな体形を見て、なるほど役に立ちそうだと思った。それで採用した。

***


お供も三人揃ったところで、天竺へ向かう方位磁石を手に取り、西の方角を探し出した。私の様子を見て、沙悟浄が頭を振る。まるでダメ出しをしようとする態度だ。

「どうした、沙悟浄。」私は彼に尋ねた。

「お師匠様、もしや西へ向かおうとされているのですか?」

「そりゃ、天竺を目指すには西へ向かうだろう?」

「今時じゃあないですね」

そう言って沙悟浄は両手を広げ、首を左右に振った。

「天竺に向かうのに、今時も何もあるのかい?」

孫悟空がそう聞くと、沙悟浄は背筋を伸ばし、腕を組んで言った。

「今はですね、ルックイースト政策の時代ですよ!!!!」

「る…るっくいーすと?」

沙悟浄以外の私たちの声が同時に響く。

「ルックイースト政策です。東に倣え、ですよ!つまり、東から向かうのが今時なんです」

私は少々戸惑ったが、孫悟空は晴れやかな笑顔で言った。

「なるほど、いいな!るっくいーすとってなんか格好良いしな!」

チョハッカイも彼に続いて答える「僕も賛成です。カタカナで格好良いですからね」

確かに私共、三蔵法師一行はルックイースト政策で天竺に臨む…と人に言えるのは良い策だと思える。

「よし、行くぞ。ルックイースト政策だ」

そして、私たちは東から天竺を目指すことにした。

***


海に長く架かる橋はレインボーブリッジ。ビル群と海のグレーとブルーのコントラストは何というか、地味だ。

そう、ここは東京湾だ。


私は膨大に広がる海を前にして、立ち止まった。お供三人に尋ねる。

「この中に、船の免許を持っている人は?」

三人とも首を横に振る。しかしチョハッカイの首の振り方が他二人とは異なった。

まるで分かってないなあ、とでも言いたげの顔で首を左右に振っている。

「チョハッカイ、何か言いたいことでも?」

「師匠、船なんか無くったってえ、私たちにはいるじゃないですか?」

そういって沙悟浄の方を見る。

「何だ、猪八戒、俺がいるっていいたいのか?」

チョハッカイの視線に気づいた沙悟浄が訝しげに返す。

孫悟空は期待を込めて笑っているチョハッカイと訝しげな沙悟浄を交互に見た。

数回見たのち、チョハッカイの考えを読んだらしい。満面の笑みを浮かべて言った。

「そうか!サゴジョーは泳げるもんな!!俺たちがサゴジョーに捕まれば良いのか!ちょはっかい、お前天才だな!!!」

沙悟浄が目を白黒させる。

「だ~~ろぉ!!」

チョハッカイはちょっとだけ突き出ている鼻を反らせてご機嫌だ。

確かに良い案だと思うが、沙悟浄は了承してくれるだろうか?

「大丈夫かい、沙悟浄、引き受けてくれるかい?」

沙悟浄はうんうん唸って暫く考えこんでいる様子だったが…やがて私共の前に出て、海の広がる東京湾を見て言った。

「もちろんです!淡水魚類最速の沙悟浄ですからね!!やってみせましょう!!!」

***


準備は完璧。タンスイギョルイ最速の沙悟浄の背中に孫悟空がしがみつく。右足のひれの部分をチョハッカイ、左足のひれを私が、しゃがみ込んで掴んでいる。ランニングをしていると思われるおじさんが私たちを一瞥し、もう一瞥し、頭を振ってもう一瞥した気がする。

ともあれ、あとは沙悟浄が天竺に向けて、悠々と海を泳いでゆけば良い。

「さぁ、いざ行きましょうぞ!」そう言って沙悟浄は前に進んで海に飛び込もうとしたが、私共が取り押さえるように捕まっているためにむなしく体を震わせただけだった。

沙悟浄の背中に捕まる孫悟空が朗らかに笑って言った。

「こいつぁオレらが悪かった!!あらよっと!!」

孫悟空が前に思い切り跳ね上がり、沙悟浄号を海へ飛び込ませた。

沙悟浄号、出港である。

***


海へ飛び出た沙悟浄号は0.1秒後に沈没した。

やはり勢いをつけて飛び込んだのがまずかったらしい。少しずつ、滑り込むように進むのが吉だったのだ。後悔しても遅い。もう海の中である。私は泳げない。サルもブタも泳げない。そして河童は泡を吹いて白目を向いているように見えた…

***


気が付くと、私は水揚げされていた。慌てて周囲を見渡す。


海に長く架かる橋はレインボーブリッジ。ビル群と海のグレーとブルーのコントラストは何というか、地味だ。

そう、ここは東京湾だ。


「ようやっと起きたか」背後から声がしたので慌てて振り向く。

そこには大柄の黒い牛がいた。二足歩行の牛だ。

どうやら彼が私を釣り上げた漁師らしい。

牛は鋭い二本の牙がある口を開けて言った。

「俺様は牛魔王。お前らを天竺に行かせるわけにはいかないんでね」

「そ、そりゃあまた何で」

「地獄は人手不足なんだよ」牛魔王はそこで一息ついて続けた。

「天竺でお経を賜って、輪廻解脱して極楽浄土に行けるっていうそれを広めるつもりなんだろ?そんなことしたら、地獄で働く優秀な人材がいなくなっちまうからな…どうしても行きたいというなら、手合わせ願おう」

私は彼に恐れをなした。

彼に対して返事をする、私の声は震えていた。

「…そ、それは…」


なぜなら


「…一体どういう意味なんだい?」

彼の言っていることが、私にはさっぱり分からなかったからである。

牛魔王は一瞬呆然とした様子だったが、眉を吊り上げて言った。

「天竺に行きたいっていうなら手合わせしろって言ってんだよ」

「テアワセって何だい…?」

そこへ斜め後ろから声がかかる

「師匠、手合わせも知らないのですか?」

チョハッカイがいたらしい。

「つまりハイタッチのことですよ」

自慢げに鼻をひくひくさせている。

「違うだろ」と今度は孫悟空。

「いただきますのコレだろ」

そういって胸元で両手を合わせている。

牛魔王の表情がぐちゃぐちゃになって読み取れなくなった。

彼は数分の沈黙の後尋ねてくる。

「…お前ら一行の中に、頭の良い奴はいないか…?」

私は沙悟浄のことを思い出した。そういえば彼はどこに行ったのか

私は港をぐるぐると見まわし、泡を吹いて水揚げされた沙悟浄を見つけた。

先ほどまでより、小さくなって、萎びているように見える。頭の皿はどうも乾いているらしい。

「あいつは頭よさそうだぞ」

私は沙悟浄が倒れている方を指さして牛魔王に言った。

***


牛魔王が持っていた牛乳を沙悟浄の頭のお皿にかけていくと、沙悟浄の全身がみるみる潤っていった。

沙悟浄が目を開けて大きく伸びをする。

「つきましたかね…ここはアメリカ大陸あたりでしょうかね?まるで東京湾にそっくりだ」

「東京湾だからな」

豆鉄砲を食らったような顔になった沙悟浄に向かって牛魔王が言った。

「おい河童、こいつら三人に今から俺がいうことを理解させろ」

そういって私共を指さし、おそらく先ほどと同じことを沙悟浄に言った。

***


「た…たたたたた大変ですよ師匠、てててて天竺に行くのやめませんか」

沙悟浄は慌てた様子で私共にいう。

「今更やめないよ」

「そりゃ、そりゃ、輪廻解脱のありがたいお経も大事でしょうが、私共の命の方が大事じゃないですかぁ」

リンネゲダツとかオキョウとかはよく分からないが、命に関わる理由はもっと分からなかった。

「なぜ命にかかわるんだい?」

「そりゃ、天竺にどうしても行きたいなら」

そういって牛魔王を指さす。

「彼を倒さなくてはならないからですよぉぉぉぉぉ」

***


「いけるいける。よゆうよゆう」

チョハッカイがのんびりと言った。

「はぁあああ?!!」

沙悟浄と牛魔王は目を剥く

「よ、余裕だと!!この俺様と戦って余裕で勝てると?!!」

「うん。」

牛魔王は額に青筋を立てた。沙悟浄は額どころか顔全体が蒼白である。

チョハッカイはのっぺり顔をしている。孫悟空もである。おそらく私も多分似たような表情をしているんだろう。

「何でそんなに余裕なんだよ」私共に冷や汗をだらだらと流して尋ねる沙悟浄。

「ポチとピーちゃんと坊やで鬼倒したことあるし」と孫悟空

「孫悟空がいればなんとかなるだろう」と私

「孫悟空いなくても秘策あるし」とチョハッカイ

牛魔王はそこで叫んだ。

「そ、そこまで言うならお前らをなぎ倒してやる!!!」

「もちろん!その前に場所を変えましょう!!ここだとみんなが見ますよ!!!」

チョハッカイが言った。

私共がふと見回すと、手を繋いでデート中のカップルと目が合った。残念なものを見る目に違いなかった。目を反らされた。

なんだか酷く惨めな気持ちになった。

***


チョハッカイの案内で私共は戦いの場を移動した。

「さぁ、お入りください!決闘の場です!!!」チョハッカイが牛魔王を手招きした。

「うむ。狭そうだが場所は選ばぬ!!」

そういって牛魔王は勢い勇んで入った。

ちなみに焼肉チェーン店である。

牛魔王が中に入った瞬間、

「牛肉だ!!」

「うわあ加工前とか聞いてない!!」

「誰だよ誤発注したの!!」

「早く捕まえろ!」

「早く仕込まないと!!!」

という声と共に何かをぶつける重たい音、牛の断末魔が聞こえてきた。

***


「さぁ、万事解決ですねっ師匠!!」チョハッカイがブヒブヒ喜んでいる。

「何だか解決したらお腹減ったなぁ~」孫悟空がぼやく

「そうだ!焼肉食べましょう!!」

「賛成!!」

チョハッカイの提案に私共が応じ、中に入った。

「うわっ豚肉もか!!」

「また誤発注か!!」

「もう本当に誰の仕業だよ!!」

入るなり店員が三人、肉用包丁を手にチョハッカイに飛びかかった。

「ああああああああれええええええええええ」

チョハッカイは目にもとまらぬ速さで店を飛び出す。3人がそれを必死の形相で追いかけて言った。

あっけに取られている私共の前に、定員の女性が現れる

「大変失礼いたしました。3名様ですか?」

チョハッカイをどうしようか一瞬迷ったが、私と孫悟空のお腹が酷い音を立てて鳴った。

「3名で――――あとから1人来るかもしれないので、4人席でお願いします」

戻ってこられるかどうかは不明だが。


私共は焼肉を満喫したのである。

こうして焼肉屋を目指して東へ向かう旅は、終わりを迎えたのである。

<END>


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― 新着の感想 ―
[良い点] 頭を空っぽにして読めるところ。笑わせて頂きました。 [一言] 淡水でなく海水だから、猪八戒(泳ぎは得意)も沙悟浄も浮かんでしまって、前に進まないという展開を予想していました。 東回りなら…
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