表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夏の終わりのシロツメクサ

作者: 津雲つづら

 太陽が昇ってからたったの数時間だというのに、日差しが照りつけ、コンクリートの地面から陽炎が立っているのが見える。

季節は夏。でも、夏の本場は過ぎた。もうそろそろ秋だというのに残暑が激しい。

ツクツクボウシの声を聞きつつ、私は幼馴染である黒羽悠希(くろばゆうき)を待った。待ち合わせ場所である大きな木の下は丁度影になっていて日光が遮られているが、それでも気温はジメジメとしていて暑い。おまけに悠希は待ち合わせえ時間に遅刻してるし。家までいってみようかな。

 そう思った矢先、ブレーキ音とタイヤが地面をこする音が響いた。

「――悪い、少し遅れた」

ドリフトして停車した後、悠希は言った。なんでドリフトしたんだろう、なんて私は思いつつ、悠希にこう言い渡した。

「暑い中女の子を待たせた罰として、ジュース一本奢りね」

「……マジかよ」

「ふふっ、じゃあいこっか」

私たちは自転車に跨って学校へと向かった。


***


私たちの高校は住宅地から少し離れている。バスとかがすぐ近くをはしっていればいいんだけど、こんな田舎の奥までバスなんて走っていない。県道まで出ていかないとバスを見ることなんてない。

故に、私たちの住む地域から通学するためには自転車が必須。というか、自宅付近を移動するのにも自転車はなくてはならない存在だ。

川原の土手道を二人並んで自転車を漕ぐ。

「ふーっ、土手の上は風通しが良くて気持ちいいねー」

「そうだな」

「昔はこの川でよく遊んだっけ」

「俺は真白(ましろ)に付き合わされてきたことのほうが多かったけどな」

「だって私が誘わないと悠希は家の中で本を読んだりゲームしてたじゃん」

 私がブーブー文句を言うと悠希はいつものぶっきらぼうな様子で、

「そっちの方が俺は好きだったんだよ」

 と答えた。

長い土手道を過ぎて田んぼの中を通る農道を走り抜ける。しばらくすると少し大きな県道に出る。それに沿って小高い山を登れば私たちの高校がある。

 元々生徒数はそんなに多くない。だから休日で部活があるとなっても生徒の姿はまばらだ。私の所属するブラスバンド部と悠希の所属する陸上部は人数が多いから、休みに関わらずかなりの人と会うわけなんだけども。

校門を抜けて、自転車を駐輪場に停めた。部活動の時間はどちらも朝の十時からだけど、ブラバンは音楽室、陸部はグラウンド。行く方向が全然違うから、休みの日の部活があるときはいつもここでお別れだ。

「帰りはどうするんだ?」

「んー、何時くらいに終わりそう?」

 私が訊くと、悠希が手首の内側にはめている時計を見る。

「夕方になるかもしれない。他の高校との合同練習だから」

「そっか。まあうちもそこの高校のブラバンと合同だから同じ時間に終わるかもね。じゃあ夕方に昇降口で待ち合わせでいい?」

「ああ、それでいい」

 悠希はそう言うとエナメルバッグを担いでグラウンドの方へ行った。

「……私も行かなくっちゃ」

 しばらく悠希の後ろ姿を見てしまったけど、もう少しで部活が始まる。急がなくっちゃ。

私は学校指定のカバンをリュックサックみたいに担いで、昇降口へと早足で向かった。


***


音楽室で他の学校と文化祭に向けた課題曲の練習をするのかと思いきや、先生の思いつきにより新しい試みをすることになった。

「まさか新しい試みがランニングだとは……確かに管楽器を担当する私としては肺活量が必要なんだけど」

 だからと言っていきなり学校の周囲を走らされるとは思ってなかった。

「そう? 私はこうやって身体を動かすの好きだけどなー」

 友達の花凛(かりん)は笑顔で息一つ切らさずに、駅伝のトレーナーのように私の少し前を走る。私は運動がさほど得意ではないから、そろそろ脚が悲鳴をあげそうだ。

「で、結局どうなったの? 黒羽君には告ったの?」

「かはっ」

 息を切らしかけていたところにその話を振られ、私の肺の中の空気が一気に口から吐き出された。

「ゴホッゴホッ……急にどうしてその話になるの!」

「だって気になるじゃん。ちょっと前に真白がいつになく真剣な顔して相談してくるんだもん」

そう、数日前私はこの陽気な彼女に相談をしたのだ。悠希――黒羽悠希に告白をしようと思っていることを。

 悠希とは子供の頃からの付き合いだ。所謂幼馴染ってやつ。最初はそんなに意識してなかった。だけど、最近になって悠希のことを必要以上に考えるようになって……この気持ちが何なのかずっと考えてて、そしてようやく、彼のことが好きなんだと気付いた。

勿論、今まで悠希以外に好きになった男子がいた事もあり、そのことで彼に相談したりもした。彼氏にフられて落ち込んでいた私と、気晴らしに家の中でゲームをした時もあった。その時は何とも思ってなかった。親友――というより、家族のような存在だった。だけど、心のどこかで親友や家族とは違った感情も抱いていたんだと思う。

冷静に考えるとここまで自己分析ができる。けど、いざ行動に移すとなると話はまた別だった。

「早く言わないと縁日の日が来ちゃうよ。黒羽君、陸上部に入ってるみたいだけど見るからにインドアそうだし、誘わないとその夜はきっと家の中で本読んだりゲームしたりするに決まってるよ」

「確かにあいつ、近頃の趣味がギターだしね。なんでもアコギにハマったんだとか……」

「でさ、どんなところに惚れたのよ? やっぱりあのクールなところ?」

花凛がペースを落とし、私の隣にピタリとついて顔を近づけてきた。

「それ、前も言ったじゃん」

「何回聞いても飽きないもん、こういう話。百万回聞いても飽きないよ。ほら、百万回聞かせて?」

「私はどこぞのギャグマンガに出てくる俳人じゃないんだから……」

「いいじゃん聞かせてよ~」

 手を胸の前で組んでおねだりをするようなポーズを見せる花凛。腕を振らずによくバランス取って走るなー、なんてつい思ってしまった。

「……ぶっきらぼうで素っ気ないところが多いけど、でも根は優しいところかな」

「あの黒羽君が優しいところを見せるの? 私はまだそんなことされてないけどな」

「すごくさりげないから、見落としてしまいそうになるレベルの優しさ。てか花凛はそんなに悠希と喋ったことないじゃん」

 学校外からグラウンドが見渡せる位置に差し掛かった。走りつつ陸上部の活動場所を見ると、悠希がスターティングブロックを使ってスタートの練習をしているのが見えた。

審判役の人が号令を言って、一礼をしてしゃがむ。審判役がピストルを掲げると同時にゆっくりと腰を上げる。パアン! と雷管が弾ける音と共に腕を大きく振り太ももを突き上げて飛び出す。前傾姿勢から背筋を伸ばすように体勢を正していく。五十メートルを過ぎたところで力を抜き、ゆっくりと減速し、ストップウォッチを使ってタイムを測っていた人の方へと歩きだした。

 一連の流れを見る限り、どうやら五十メートルのタイムを測っているらしい。あ、計測者の女の子と喋ってる。笑っているみたいだけど、何を話してるんだろう。

「んー、自分の気持ちに正直になった瞬間これですから。あとペースが極端に落ちてるしー」

 花凛がニヤニヤしながら茶化すように言ってきた。

「ちょ、そんなことないから!」

 私は慌てて視線を前に戻し、走るペースも上げた。。顔が熱く火照ったようになっていた。この火照りが走ったせいだけじゃないのは、私が一番知っていた。


***


他校との合同練習は思った以上に遅くまで続いた。私の担当する楽器はトランペットということで、いつも以上に肺の力を使い、それこそ息切れするレベルまで行なった。私たちの高校は都道府県の地方別大会で金賞を取るくらいには優秀だ。その上の大会ではまだ何か賞を取ったことはないけど、その小さなプライドもあって、疲れてへたばっている姿を他校の生徒に見せたくなかった。

「それでは皆さんお疲れ様でした。九月の大会に向けてお互いに頑張りましょう」

 他校の先生が締めの挨拶をして、みんな荷物をまとめてぞろぞろと下校する。

教室の窓から西の空を見ると、橙色をした太陽がその身を溶かしているように空が滲み、染まっていた。

「今日は一人で帰るか……」

 気合を入れすぎたせいか、唇が痛い。悠希には『遅くなりそうだから先に帰ってて』と休憩時間に連絡しておいたから今日は一緒には帰らない。むしろ、今まで時間帯が一緒だからと言って共に下校していたのが不思議なくらいだ。無意識のうちに、私が悠希に好意を寄せていたんだろうか? そう考えると不思議じゃなくなる。

靴に履き替えて昇降口から出る。少し期待をしてそっと悠希の下駄箱を覗いてみたが、そこには校内で使うスリッパが寂しく置いてあるだけだった。

しょんぼりしつつ駐輪場に向かうと、先に帰ったと思っていた悠希がスマホをいじりながら自身の自転車にもたれかかっていた。

「あれ、先に帰ったんじゃないの?」

「――ちょっと部室に忘れ物をしたのを思い出したんだよ」

 ついでだから待っておいた、と悠希は言った。どことなくぎこちない様子で照れくさそうにに髪の毛をガシガシ掻いているところを見ると、どうやら部活が終わってそのまま待ってくれていたらしい。

「ふーん。ま、そういうことにしておいてあげる」

 私はわざと意地悪な笑みを浮かべて言うと、悠希はぶすっとむくれた。こういうガキっぽいところも、魅力の一つなんだけどね。

行列の中から自分の自転車を引っ張り出し、鍵を開けようとカバンを漁る。が、鍵が見当たらない。

「どうしたんだ?」

「鍵……どこかに落としてきたみたい」

「落とした心当たりのある場所は?」

「全くないよ……どうしよう」

部活は遅くなるし、トランペットの吹きすぎで唇は痛いし、ホントついてない。

「……乗れよ」

「へ?」

 悠希のさりげない発言に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

「荷台、つけてあるから」

 乗っている自転車の後ろの荷台を指さした。どうやら乗ってけということらしい。言葉の意味はわかっているけど、そう言われるとは思っていなかった。まあ、一緒に歩いて帰ってくれることは期待したけど。

「いいの? ありがと」

 私は思わず顔がにやけてしまいそうになるのを抑えながら、荷台に腰を下ろした。が、悠希は「一回降りろ」と言って私をどかせると、カバンの中から厚手のタオルを敷いてくれた。

「ありがと。このタオル綺麗なの?」

「俺の汗が付いてるだけだ。……おい、冗談だよ、予備のだから綺麗だ」

「ふふっ、知ってた。だって汗臭くないもん」

「はあ……んじゃ行くぞ。つかまってろよ」

勢いをつけて漕ぎ始めた。私は振り落とされないよう、悠希のシャツを掴んだ。


***


自転車が動き始めてからしばらくの間、私たちは無言だった。ペダルを回すカラカラという音が周囲に響きペダルを回すカラカラという音が周囲に響き、鈴虫やキリギリスの鳴く音が、静かなコーラスのようにあちらこちらから聞こえてくる。

 何か喋らなきゃ、といういつもは考えない発想が頭の中で膨らみ、私は言葉を紡ぎ出せないでいた。悠希も時々何か言いたそうにこちらの方に顔を向けようとするが、すぐに前を向いてしまう。

 言葉で伝えられないことがもどかしくなって、私は自然な素振りで悠希の腹部に手を回し、振り落とされないように掴まった。薄手のシャツ越しに彼の体温、男らしい匂いが伝わってくる。

「……汗臭い」

「……仕方ないだろ、こっちはいつもより力入れて漕いでるんだから」

「がんばれー、応援してる」

「あのな……つか、真白、なんつうか、その」

「ん? なに?」

「あ、当たってるんだが……できればシャツを掴んで欲しい」

「……あっ」

 私は慌てて腕を離し、悠希の脇腹のシャツを掴んだ。必死だったからか、私の胸を悠希の背中に押し付けていることになんて気がつかなかった。やっぱり男子だなー、なんて思うと同時に悠希らしいとも思った。

 私たちのあいだに生まれた会話は私の行動によりどこかぎこちなくなって、また会話がなくなった。

 何か喋らなきゃ、といういつもは考えない発想が頭の中で膨らみ、私は言葉を紡ぎ出せないでいた。悠希も時々何か言いたそうにこちらの方に顔を向けようとするが、すぐに前を向いてしまう。

 言葉で伝えられないことがもどかしくなって、私は自然な素振りで悠希の腹部に手を回し、振り落とされないように掴まった。薄手のシャツ越しに彼の体温、男らしい匂いが伝わってくる。

「……汗臭い」

「……仕方ないだろ、こっちはいつもより力入れて漕いでるんだから」

「がんばれー、応援してる」

「あのな……つか、真白、なんつうか、その」

「ん? なに?」

「あ、当たってるんだが……できればシャツを掴んで欲しい」

「……あっ」

 私は慌てて腕を離し、悠希の脇腹のシャツを掴んだ。必死だったからか、私の胸を悠希の背中に押し付けていることになんて気がつかなかった。やっぱり男子だなー、なんて思うと同時に悠希らしいとも思った。

 私たちのあいだに生まれた会話は私の行動によりどこかぎこちなくなって、また会話がなくなった。

何か話そうかと考えたとき、ふと私は思った。

このタイミングで告白できるのではないか。

ぎこちなさはあるもののふたりきりだし、夕暮れで空は橙色から藍色へのグラデーションに染まっている。シチュエーションとしては悪くない。

気持ちを落ち着かせるために深呼吸を数回する。よし、いけそう。頑張れ、私。

声を出そうと私は口を開いたが、

「――――っ」

 どうしたことか、声が出ない。勿論、喉の調子が悪いわけではない。言い出すだけの勇気が私には足りなかったのだと悟った。

悠希にこの気持ちを伝えたい。けど、今の関係が変わってしまうのが怖い。もし断られでもしたら、もう今までのようにはいかないのかもしれない。

悠希に対する愛情と、関係が壊れちゃうんじゃないかという不安。その狭間で私は揺れた。言いたいけど、言いたくない。もどかしい気持ちに耐え切れず、私は思わず悠希ほんの少し強くしがみついた。しまった、と思ったが悠希は気付いていないみたいだった。相変わらずぶすっとした顔で自転車のライトが照らす先を見つめていた。

 田んぼの農道を抜け、川の土手の道に差し掛かったところで、私はひとつの小さい黄緑色の光が軌跡を残しながら飛んでいるのを見た。

「あっ」

 私が小さく声を漏らした。その光は徐々に増えていき、気付けば私たちの周りを無数の光がネオンのようなぼうっとした淡い光で優しく包んでいた。

「ホタルだ……」

 悠希が感心する声でぽつりと呟いた。

縦横無尽に飛び回るホタルの中を、私たちの自転車が通り抜ける。先程とはまた違った沈黙が私たちの間に流れていた。

一説によれば、ホタルが発光しながら低空を彷徨うのはメスに対してアピールするためなんだとか。メスは飛び回らずにじっとしていて、オスの動きを見るらしい。昔に学校の図書館で読んだ昆虫図鑑に確かそのようなことが書いてあった。今それを唐突に思い出し、性別は違うけどまるで私と悠希みたいだな、なんて思った。あ、でもそんなに私はアピールしていないかも。

「綺麗だな」

 声のした方をチラリと盗み見ると、珍しく悠希が微笑んでいた。

 瞬間、その横顔を私はずっと見ていたいと願った。告白するとかしないとか、そんなことはあまり気にならなくなった。この瞬間が、今が、ずっと続けばいい。時間なんて止まってしまえばいい。そう私は思った。


***


結局、そのまま何事もなく家まで着いてしまった。悠希は、

「自転車が直るまでしばらくは後ろに乗せてやるよ」

 と小馬鹿にしたように言い、手をひらひらと振りながら帰ってしまった。

「…………」

私は彼が帰ったあとも、しばらくその場に立ち尽くしていた。

結局「好きだ」って伝えられなかったな、と思うと、自分の意気地のなさを改めて不甲斐なく感じた。

仕方がないので、心の中で呟くことにした。

(好きだよ)

 この気持ちが届きますようにと、そう願いを込めて。


***


「俺はタクシーじゃないんだぞ」

「いいじゃん、近くなんだしそれくらい」

 私は翌日の日曜日に悠希を呼び出し、少し強めの日差しが照りつける中ホタルのいた河川敷へと足を運んだ。運んだ、というよりも悠希に運んでもらったというのが正しいんだけど。

土手に降り立つと、青々とシロツメクサが辺り一面の地面を覆い尽くしていた。四つ葉のクローバーが見つからないかなーなんて思いながらしゃがんで探していると、不意に悠希が喋り始めた。

「――昨日のホタル、綺麗だったな」

「え? う、うん! いかにも夏の風物詩って感じだったよね」

「そう、だな」

「あー、また見れるかなー」

 夜にもまたここに来よう。昼間だとさすがにホタルなんか飛んでないだろうし。

……って、そうじゃなくて! 私が今日ここに来たのは――

「あの、さ」

 思考を遮られたから思わず悠希を見ると、いつになくモジモジとしていて髪の毛をしきりにいじっていた。

「綺麗だった、っていうのはホタルだけじゃない……というか、ずっとみていたかった、というか何というか」

「あー、星も綺麗だったよね! あんな瞬間ずっと続けばいいのにって思った!」

 あの時が過ぎてしまったことが残念でならない。

「そうじゃなくてさ、その」

 悠希は少し赤くなって、深呼吸をした。一体どうしたんだろう。

「ホタル見てたお前も……綺麗だった」

 最後のほうは小さい声だったが、私の耳から脳の中まで確実に伝わった。一瞬何を言われたのかわからずフリーズしてしまったけど、意味を理解するうちにかあっと私の顔が熱くなっていった。

「あ、ありがとう……」

「好きだ」

「……ふえっ?」

 自分でも驚くくらい間抜けな声が出た。

え? 好き? もしかして私に言ってるの?

私は歓喜と驚愕、そして恥ずかしさで混乱した。あわあわとしていると悠希が続けて話した。

「突然で、ごめん。前からずっと伝えようかと思ってたんだけど、今の関係が壊れるんじゃないかって不安で、伝えられなくて……でも、いつまで経っても、真白は真白のままなんだって気付いて、それで」

 いつもの悠希からは想像できないほど言葉数が多い。おまけに言っていることもなんだか要領を得ない。諸々の感情でパニックみたいになっていた私は聞いているうちに落ち着いてきて、代わりに笑いが込み上げてきた。

「ぷっ、くふふふふ」

「な、なんだよ」

「いや、うん、よくよく考えたら悠希ってこういうことに疎かったなーって……ぷふっ」

「悪かったな、疎くて」

 さっきまでの照れた顔からいつものむすっとした顔に戻った。でも、こういうところも。

「私は嫌いじゃないな、そういうところ」

「えっ……」

「むしろ、そういうところに――私は、惹かれたんだと思う」

「ってことはつまり」

「私も、悠希のこと好きだよ」

 私は自分の口からすんなり「好き」という言葉が出たことに驚いた。でも不思議とその言葉は自分の内側にも、まるで乾いた砂に水が吸い込まれるように抵抗なく入ってきた。

「それは……友達として、とかではなく?」

「友達としても、一人の男性としても、だよ」

「そ、そうか……」

「で? 他にいうことは?」

「……俺と、付き合ってください」

「喜んで!」

 私はいつもの調子に戻っていた。恐らく、悠希が私に好意を寄せていたことが分かって安心したからだと思う。我ながら単純だなー、なんて思う。でも、そんなことはどうだっていい。

好きな人が、私を好きでいてくれる。恋人として。それはとても素敵なことだと思う。

「ねえねえ、夏祭り行こうよ! 二人でさ!」

「夏祭り? こんな時期にあるのか」

「それを見越して私に告ったんじゃないの?」

「いや、昨日のホタルを見たときに決めただけだから」

「何それ、思いつきー?」

 私たちは笑いあった。土手に咲いたシロツメクサが、まるで祝福するように風に吹かれてゆらゆらと揺れた。


Fin



   


ども、津雲つづらです。


この作品、実は完全にオリジナルではないんですね。茶太さんの「ふたりのり」という曲を聴きながら「俺にもこんな学生時代あったら良かったのになぁ……」なんて思いながら書きました。因みにうちの実家周辺はわりとアーバンなので、ホタルとかを見ようとしたら遠出しないと見れないです。


そうそう、作中に季節外れな動植物が出てきましたが、これは私の好みによるものです。何卒ご理解ください。奇跡も魔法もあるんやで←

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点]  作中に、「何か喋らなきゃ、といういつもは考えない発想が頭の中で膨らみ、私は言葉を紡ぎ出せないでいた。……私たちのあいだに生まれた会話は私の行動によりどこかぎこちなくなって、また会話が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ