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細かくて気付けない人  作者: スタンドライト
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 細かくて気付けない人の話しをしようと思う。

人っていうのは色々なタイプがあって面白いと思う。優しい人だったり怖い人だったり、強気な人だったり弱気な人だったりと、人と呼ばれる人々には必ずその人を言い表わす特性みたいな物が、言葉が幾つもある。それがその人をかたどって周囲から見た人物像を形成するんだろうけど、本来的に言えば、そんな一言で人物像を象徴するなんて事は不可能だと僕は思っている。

あの人は優しいよね、とか、あの人は強いよね、とか、そんなたった一語で人を語れるほどそれらの単語は万能じゃないし、なにより普遍的じゃない。

人っていうのは外見から内面に至るまでそんな単純的な構造じゃないのだ。それを得てして分かりやすく、誰もが共有しやすいようにするのが一言で言える人物像何だろうけど、だからこそ僕は言いたい。

例え一言では無理であったとしても、二言あればその人の本質を言い表わせられるんじゃないだろうかって。そう、例えば永森君。キミみたいに。キミみたいな人の事を、細かくて気付けない人と、そう露わす事によってキミと僕の昔話を紹介できないかと、そう思っている。だから聴いてほしい。

僕と、細かくて気付けない人の、決して忘れられない思い出話を。



           ●

 永森義孝君と僕が出会ったのは高校二年生の春だった。クラス替えを終えて教室の至る所で「はじめまして」と「よろしくね」が響き合う中、僕と永森君は隣りの席同士と言う切っても切れない関係性から声を掛け合う事になった。

「キミ、星野君だろ?」

始めて口を聞く相手に名前を言い当てられた僕は正直驚いていたが、彼はそんな事など意に介した様子もなく口を開いていた。

「とりあえず学年全員の名前と顔は全部一致させてるからね」

得意気に言い放つ彼の顔がどこか、他の連中と変わって見えたのは言うまでもない。

「俺、暗記が得意なんだ」

何となく、この一言が放たれた瞬間、僕と永森君との関係性は確定してしまったんだと思う。それは言うまでもなく切っても切れないとか言う関係では無く、学校から出てしまえば、いや、教室から足を踏み出してしまえば不意に相手の事を忘れてしまうような、そんな関係だった。

なんとなく変わったやつだなという雰囲気はその時点から感じていた。始めてクラスメイトになる人間達に次々と名前を言いあてながら挨拶をし、まるで都知事選にでも出るかのように握手を交わしながらクラス内を歩き回る姿は違和感を通り越して若干の不快感すら覚えていた。確かに隣の席という、物理的に切っても切れない位置関係にいる事は確かだが、僕はその事を考慮した上でもなるべくあいつ、森永君とは必要以上に仲良くならないようにしようと心に決めるのだった。


 四月の中旬。二年三組のクラスメイト達も徐々に自分達の意場所を見つけ始めていた。まだまだ未発達の段階ではあるがそれとなく今後のクラス運営に基ずいての力関係にも似た勢力図が展開されていた。男子女子、共に幾つものグループが出来あがりそれによって教室内の空気は形成される。授業の合間、十分休みは誰と一緒に話すのか、昼休みは誰と一緒に弁当を食べ過ごすのか、体育の授業や科学の実験の授業等は誰と一緒に組んで取り組むのか、そんな学校生活を送って行く上では所属しておかなければいけないグループと呼ばれる物が形成し始められた時、それは暗黙の了解になって高校生達に圧し掛かって来るのだった。誰がこのクラスの中心人物となるのか。どのグループがそれを担うのか。それはもはや話しあう必要もなく、暗黙の了解と言う物によって誓約される。別に誰かが異議を唱える事などは一切無い。ただそこにあるのは自然的な流れでしか無いのだ。だけどそこには当然様々な人間達の思惑だってある。当然クラスの中心になる事を宿命づけられたグループのメンバー達はかったるそうに、気だるそうにしながらそれでも仕方ねえなと言いながら中心にドンと腰を据える。本当は嬉しくて仕方が無いのに。学校と言う狭い世界の中ではあるかもしれないけど、そうであったとしてもその中でも中心にいられる事がまんざら嫌じゃないのだ。だから不満を垂れながらも、垂れる格好を見せながら、そこに居座る。それが大学生以下学生にとってのステータスだからだ。

ちょっとした優越感。それが彼等を支配し気持ちを大きくさせるのだ。

逆に中心にいる事を許されなかったグループ達は表向きそんなのどうだっていいさと、気持ちをクラスの外側に向けて教室の端っこに行く。

別に自分達クラスの事なんか興味ないし。直接口に出して言う事はしない、というか出来ないけどそれでもそんな雰囲気を都合よく感じ取ってくれないかななんて思いながらそっぽを向いてしまうグループ。それが僕のいるグループでもあり、実はクラスの中心にいるグループをうらやましいと思っている側面もあるグループでもあった。

実際の所他にも様々なグループがあって、クラスの中心グループにひっつくコバンザメみたいなグループだったり非常にニュートラルな立ち位置に属しているグループだったりと、人間が集まれば集まる分だけ多くの集団は形成され、個性の分だけ没個性な集団に集約されていく。

僕はそんな、クラスの中心人物達とは縁遠い、教室の端っこで地味な友達とインドアな趣味の話しをする事が日課となっているグループに属しつつ、それでもニュートラルなグループとも行ったり来たりできる存在としてクラスの中で過ごしていた。

特別自分が偏った人間だとは思ってないけど、何となく少しは変わってるんだろうな、なんて位にしか思っていなかった時。それでも何とか二年三組の中で意場所を見つけて友達と呼べる者達と話しをしながら日々を過ごす事が出来るようになり始めて来た時、それはホームルームの時間、先生の口から届いて来た。

「さっそくだけど学級委員、決めとこうか」

担任の重原先生が教壇に両手を置きながら言った。まだ若く、三十路手前の熱血教師の重原は高校生活こそが青春のメインストリートだみたいな雰囲気を言外に僕達へと伝えてきて、なんとなく鬱陶しい教師だったけど、そんな教師が生徒達にウケるのも暗黙の了解やグループなんて物が自然と出来あがってしまうせいだろう。何となく受け入れらた、要するに認知されやすい属性を持った教師は何となくの人気を手に入れてそのままの勢いで突っ走るのだ。だから重原の言葉に反対する者なんて誰もいなかった。

「誰か、やりたい奴いないか? 別に推薦でもいいぞ」

重原はそう言いながら何となく、クラスの中心人物になりつつある竹本以下その周辺にいるグループ達を見やりながら言っていた。いくらなんでも態度があからさま過ぎるだろとは思いはしたけど、でもやっぱりあいつが、アイツらが適任なんだろうなとも思った。

竹本は良く言えば今時の、物事をわきまえた活発で、そこそこ優秀な高校生で、悪く言えばどこにでもいそうな普通の高校生だった。

だけどその普通というのが高校生活にとってなによりも重要なのだ。

普通に面白い。普通に格好いい。普通に頭いい。

その普通に、という装飾にまみれた形容詞をあてがわれる事が学生生活を上手く行っていく上で最も必要な三種の神器みたいな物なのだ。そして竹本はその三種の神器をどれも持っていた。だからこそ皆竹本が学級委員を、いや、この場合は竹本が仲の良い、グループ内の序列で言う所の少し低い位置にいる山本にその任を振るんじゃないかと思った。

竹本的には学級委員なんてかったるいと言っておきながら、山本をそこのポストに配して自分の思うがままにさせたい感じなんだろうけど、それを身咎める奴なんて誰もいやしない。というかどうだっていいと、表向きそういった感じて視線を送っている。誰が学級委員になろうと知ったこっちゃない。そんな目でその空気に身を委ねている。でも心の奥底ではみんな燻っているのだ。何となく気に入らないって。でもそれを認めてしまう事の方がもっと気に入らないと知っているから、皆は誰にもそれを口に出さない。それが暗黙の了解だから。小学校高学年から体験し続けて来た春の風物詩だから、誰も何も言わないのだ。何となく流れで決まってしまう学級委員、それをただ見つめる事だけが自分達の仕事だと勘違いしているかのように。

でも今年は違った。毎年全国の学校で吹き荒れている春の風物詩が、ここ二年三組の教室ではピタッと止んでしまった。

「はい」

真っ直ぐ垂直に右手を上げていたのは僕の直ぐ横にいる男子生徒の物だった。

「俺、学級委員やりたいです」

竹本達がダラダラ喋っていたのを尻目に、颯爽と手を上げて自薦を公言したのは永森君だった。

「俺にやらせて下さい」

その発言、行動にクラス中の誰もが驚いた顔を隠せていなかった。






             ●

永森君はいつまでたっても永森君と呼ばれるような、そんな人だった。特別嫌われているとか、疎まれていると言った感じは一切無かったけど、でも一つだけ言える事はあった。

浮いている。

クラスの誰もが彼の事を見てそう感じている事は確かだった。

クラス替え当日、いち早く二年三組の名前を暗記していた彼が取った行動に不快感を覚えていたのは僕だけでは無かったらしい。

本当に些細な事なのかもしれないけど、彼の取る行動、言葉、その一つ一つが癪に触ると思った人間は多いようでその後のクラス内グループ編成期においても永森君はどこにも属する様子は見られなかった。どこのグループでも渡って行けるひょうきん者や容量の良い者とは違う、どこにいっても緩やかにフェードアウトさせられてしまうような彼の言動に皆は一様にして距離を置きたがっていた。

だけどそれがいじめに直結しなかったのが高校生たる由縁なんだろう。もしこれが中学二年生の時期だったらまた結果は違っていたのかもしれない。僕自身の過去を振り返ってみて、そう実感する事が出来るのだからそれは事実なんだろう。

そう思うと僕は、いや皆は、だからこそ改めて自分達の行動を改めようと自身を見直すのだった。

いじめはダサくてカッコ悪くてしょうもない、ただのバカがする事。

高校生にもなるとそんな認識がクラス全体の暗黙の了解として生まれ、無関心こそがなによりの美徳だという風潮が生まれていた。ムカつく奴にあっても無関心。それが僕達現代の高校生に当てはめられた最高の、自分を傷つけない為の方法でもあった。

だからみんな永森君の事を君付けで呼び続けた。もう既に無視する事が=無関心だと言う事ではない事を知っている年齢だからこそ、まるでバリアーを張るみたいに永森君の事を永森君と呼んで、距離を取っていた。

一緒にいるとイライラするんだよな。

きっと最初の第一声を誰かが口に出してしまえばそれは堰を切ったように飛び出してくるんだろうけど、誰もがそれを良しとはしていなかった。自分がその役割を担う事を避けていた。

だからこそ学級委員を決めた直後でも、誰もその事に触れずにその日を過ごしてしまったのかもしれない。誰もが心のどこかで、口に出したいわだかまりを胸に溜めたまま、時は過ぎた。

学級委員を永森君と女子の、越智さんが勤める事になって三日が過ぎていた。本来だったら女子側も一番良い所のグループに属している南山さん辺りが勤める筈だったんだろうけど、永森君が学級委員となった瞬間にその流れもついえていた。代わりに学級委員を務める事になった越智さんはクラスの中心グループにつかず離れずの、ニュートラルな立ち位置にいる存在の人だった。

みんながみんな、どこか妙だなと思っている学級委員選考ではあったけど、でもみんな知っていた。こんな事を一々口に出す方がダサいと言う事を。

ダサい、カッコ悪い、ハズい、イタい。無関心。

みんな心の中ではそれらの事を気にしていながらも、自分は関係ないですよ、なんて顔をしながら過ごした三日間。そんなあの学級委員選考のホームルームから三日後。

僕は永森君と一緒になってストレッチをしていた。

まだ散りきれていない桜の木を視界の端に捉えながら、にわかに熱くなってきた陽気の下校庭で体操服を身に纏いながらの事だった。

体育の授業で二人一組になってストレッチをしろという命が下された直後、一人孤独を噛みしめないよう生き残りかけたサバイバルに負けた者が集う、それはある種の墓場と言っても良かった。

余った者は教師と一緒か、自分の意にそぐわないクラスメイトと一緒。

それがはぐれ者に与えられた運命なのだが、どうやら今回は僕がその任を受けてしまったらしい。僕自身余り者になるつもりはなかったのだけど、どうにも僕が属しているグループが奇数だっただけにこのような結果に陥る事になってしまったのだ。

何となく自分の背中に無言の謝罪が送られているような気もしたけど特に気にしない。何故ならそれを気にする事も、ハズくて、イタい事だからだ。

そしてそんなハズくてイタい事を気にしているからこそ、目の前に永森君がいるのだろう。

「よろしくね。星野君」

永森君のワザとらしく聞こえる挨拶に、僕は曖昧に返しながらストレッチを始めた。

ストレッチは終始無言で行われ続けた。これから行われるソフトボールの準備運動にしては少しミッチリしてるな、なんて思いながらも僕は無駄口を叩く事無く開脚した永森君の背中を押したり、押されたりしていた。だけどそんな無言を貫き通していればいい瞬間の中で、不意に永森君はこんな事を言って来るのだった。

「星野君。クラスでの調子はどうだい?」

いきなり何を言い出すんだ?

唐突に言葉を発してきた永森君に背中を押されながら僕は見えないように怪訝な表情を作っていた。

「……調子って?」

だけどそれは直ぐに判明する事になった。僕に最悪な感情を抱かせる事によって。

「いや、ほら、あれだよ。星野君。あんまりクラスに馴染んでないように見えてさ。今もこうして僕とペアを組んでるし」

「……は?」

最初言っている意味が分からなかった。だけど押されていた背中を元の位置に戻された時、すぐに合点がいった。

こいつ、僕に友達がいないと思ってるのか?

そして同時に一つの単語が僕の中で浮かび上がる。

学級委員。

まさか……

「いや俺は別にいいんだよ。これも学級委員の仕事の一つだと思ってるし、ちゃんとクラス全体を見渡しておかないとね。細かい事をおろそかにしたら大変な事になっちゃうから」

なんだこいつ……

僕は本気で思った。

なんだこいつ……と。

そしてそれと同時に無性に腹が立った。なんでクラス全員の名前は直ぐに覚えられるのに、そんな事も分からないんだよ、と。どうして気が付けないんだよ、と。いくら細かかろうが肝心なところがおろそかになっている永森君と呼ばれる存在に、僕は腹が立っていた。

何より一番腹立たしかったのが、僕が、まるで友達が一人もなくて哀れなクラスメイトだと思われていた事だった。自分の事を棚に上げてコイツいは何を言っているんだと、本当にそう思った。だからこそ僕は言ってしまった。クラス内にある暗黙の了解や今ある話しの流れを全てぶった切って、聞いてしまった。

「なんで永森君は学級委員になったんだよ?」

それは言ってみればタブーだった。二年三組のクラス全員が禁句として取り上げている禁忌の言葉に、僕は手を突っ込んでひっかきまわそうとしたのだ。

なんでお前が。

なんでお前なんだよ。

勘違いしてるんじゃねえぞ。

僕の言った言葉には多くの罵倒成分が含まれていた。自分で言っておきながらなんてバツの悪い事を言っているんだろうと言う自覚はあったけど、それでもそのまま出した言葉を引っ込める気にはなれなかった。だからこそ永森君が何を言うか、口を開くまでいつまででも待つつもりだった。

だけど答えは思いの外アッサリと、さもそれが当然であるかのように僕の耳へと届けられていた。

「いや、だってさ」

永森君はなんのてらいもなく言ってのけた。

「なんとなくこのメンバーを見渡したら俺が一番適任かな、って思ってさ」

思わず僕は永森君を振り返り見上げてしまっていた。太陽を背に不思議そうな顔で僕を見る永森君を見て僕はこの時改めて思った。

本当にこの人は気付けない人なんだと。

それを悟った瞬間、僕は彼と言葉を交わす事を辞めてしまった。


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