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悪魔の死神〜ユイ一無二な冒険譚〜  作者: 紅ユウキ
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出会い


「え~と……」 ユイは音のしたほうへ反射的に振り返った。

 この現場を見られたことに動揺したからだ。

 だが、冷静に考えれば声を聴かれた程度で素顔までは見られていないはず。

 そこまで慌てるようなことじゃない。

 心を落ち着かせ、今見ているものへと意識をやる。

 その視線の先には男が立っていた。

 ユイが男に対して特にこれといった印象を持たなかった。

 それはユイにとってあまり特徴のない顔をしていたからだ。

 それでも無理に特徴を探し出した結果が、この土地の人にして顔の色が白すぎることだけだった。

 男の顔が異様に白いのは、殺人現場を目撃したことによる衝撃のせいだ。

 ユイは腰が引けて地面に座り込んでいる男に近寄ろうとした。

「ヒィィィィ。人殺しぃぃぃぃ」

 男が大声で叫んだ。

 周囲の建物が男の声を何倍も大きくする。

 ざわざわと人が集まるのがわかる。

「あ~あ、見ちゃったんだね」

 ユイはあきれたように肩をすくめた。

 そこに焦りや驚きはなかった。

 ユイはこれまで誰にも見られないよう人気のないところに誘い込んでいた。

 それでも、いずれは見つかるだろうな、と予測していたからだ。

 のんきに話している時間はない。

 男の大声につられて人がわらわらと集まるのは誰でもわかる。

 ユイは男をより奥へと引っ張りこんだ。

 その華奢な体格のどこに男を引き摺るだけの力があるのか男はすぐさま理解した。

「よく見たら? あれのどこが死んでるように見えるの?」

「な……なんでそんな落ち着いてるんだ?」

 男の中にはある考えがよぎった。

 こいつは人を殺すことに慣れすぎていて、ついでに一人殺すぐらいどうて事はないとでも思っているんじゃないのか?

 だから、余計な手間が増えたことを煩わしく思っているからあんな風にだるそうにしているんだ。

 ユイが面倒くさがっているのは、混乱している相手にこの状況を一つの誤解もなく説明することである。

 最近ニュースになっている悪魔憑きだけを狙った通り魔の犯人てこいつなのか?

 こんなところにいたら殺される。早く逃げないと。

 男は逃げようと足をばたつかせた。

 とにかく逃げようよう逃げようと思いに、体がついてこなかった結果だ。

 男はすっかり腰が抜けていたこともあって立つのでさえままならないでいた。

ユイは自分の姿を見て怯えきった人間相手に聞く耳を持たせて、

「あのさ、ちょっとは落ち着いてよ。頼むからさぁ」

 ユイはあきれ顔で言った。

「こ……こっちに来るな」

 ユイは自分の言葉で男に冷静さを取り戻させることは不可能だと認識した。

 それでも面倒な誤解を持たれ続けると後々もっと面倒になることは予測できた。

「ちょっとだけ待ってね」

 ユイは、まだ人が集まっていないのを確認すると一度だけ深呼吸した。

 すると、ユイに切り付けられた男の体がユイたちのいるほうへと引き寄せられた。

「これを見なよ」

 ユイは意識を失って倒れこんでいる男に指をさした。

 男は恐る恐るそれを見た。

 そして、丹念に男の下腹を触った。

 それはユイによって切られた痕跡を探すためだった。

 しかし、どれだけ触ろうとも、そのような痕跡は感じられなかった。

「えっ!? さっき、その鎌でスパッと……あれぇ? なんで? どういことだ?」

「君、悪魔ついてないよね?」

 ユイは男に確認するように訊いた。

「ついていないけど、それが?」

「そっちのほうが説明しやすいってこと。刃に触ってみてよ。軽くでいいから」

「わかった」

 男の手が刃をすり抜けた。

「どういうことだ?」

「この鎌はね、悪魔しか触れないの」

「じゃあ、なんでこの人は倒れているんだ」

 鎌の刃は人間の体をすり抜けるのであれば、それで切られた人間が倒れることはない。だが、男は地面に倒れこみ気を失っている。

 男の体に目立った外傷はない。

 それでも倒れているのが不自然だった。

「アンタ、何をしたんだ?」

「何をしたってわけでもないんだけどね。まあ、こんな物騒なもんが自分の体をすり抜けていくとこ見たら、切られたんだと思い込むでしょ? 自分が切られたショックで倒れこんだってことだよ。まあ、切られたってのはその人の思い込みなんだけど」

「そんな程度のことかよ!?」

「こんなごつくてギラついてるのが体通り抜けたらショックでしょ?」

 刃の一枚一枚が子供一人ぐらいのサイズだ。

 自分の体が分断されて死んだと思い込んでも仕方ない。

 男は納得した。

「ああ……そうだな」

「そ。わかった?」

 ユイは鎌を担ぎなおした。

 男にはその姿が翼が生えた人間のように見えた。

 翼……? 鎌……?

 男の中で何かが引っ掛かった。

 もう少しで出てきそうなのにつっかえて出てこないもどかしが気持ち悪くて仕方なかった。

「ちょっと待て……その姿……」

 男にはその姿に思い当たるものがあった。

「アンタが刃翼の死神か!?」

「何、それ? アタシのこと? てか、死神って……」

 つい先ほど初めて投げかけられた言葉だったが、やはり耳触りのいい言葉ではない。

 やれやれとあきれ顔を浮かべた。

「そんなわざとすっとぼけなくたっていいだろ。そんな妙な形をした鎌を持っているのなんて世界がいくら広くたってアンタだけだよ」

 ユイは白を切っているわけじゃなかった。

 ただ本当に知らいなかったのだ。

 悪魔憑きだけを襲っている以上、どうしても素性を知られたくなかった。

 そのために人との接触をできるだけ避けていたら、世間に疎くなってしまった。

 そのせいでユイは自分が刃翼の死神と恐れらていることを知らなかった。

 悪魔に憑かれた人間は普通の人間の何倍もの力を持っていたり、通常人間にはできないことができるようになる。

 通常の人間から見れば並外れた強さを持つ人間だけが襲われる事件が頻繁に起こっていた。

 そして、彼らが口をそろえていったのが刃でできた翼を持った死神だった。

「アタシって……女だったのか!?」

 男は驚いた。

 巷で噂となっている死神は身長二メートルぐらいで筋肉質な男だと伝えられていたからだ。

 悪魔憑きが怯えているものの正体がこんな小柄な女だとは想像しえなかった。

 その驚愕に対して死神と呼ばれた少女は冷めた目で見ることしかできなかった。

 ほんの少しの会話ではあるが一人称は使っていた。

 それに対する気付きの遅さには

「ねえ、アタシってどんな風に言われてるの?」

 ろくでもないということはわかっていた。内容を聞いたところで気分が悪くなるだけだし、聞かないほうがいいだろうと思った。

 しかし、ユイの中で聞いたって後悔するだけだから聞かないほうがいいという気持ちよりも、噂の中身への興味のほうが優ってしまった。

 それに加えユイの見た目からは大きく離れているであろう広まっている風貌がどんなものかくらいなら聞いたところで不快にならないだろうというのも大きかった。

「ハア」

 男からどんな風貌かを聞かされていろいろツッコみたいところはあった。だが、一番大きかったのあきれだったのである。

「まさか、噂の死神がこんなに小さいなんて思いもしなかったよ」

「どうせ小柄な奴にやられたなんて素直に言うのが悔しいから脚色したんでしょ」

 伝説上の化け物は二メートルを超す巨漢なんてことはなく、本当は小柄な女だったなんて話はよくあるものだ、と知っていたからだ。

「そういうことか。ああ……まあ、そいつらの気持ちもわからんではないな」

 正確な情報が広まっていないおかげで、足がついていないんだ。ここはそのくだらない見栄に感謝しておこう。

 男どもの見栄のせいで本来の見た目からはかけ離れた姿で認識されているのには不服なところもあるけれど、それさえ辛抱すればなんていうことはないし。

 悔しいのは、嘘が広まっていることに対して優越感を持ち始めたのか、気持ち悪い高揚があることだ。

「え~と……」

 ユイが詰まったのは目の前の男の名前を知らなかったからだ。これだけ親しく会話しておいて改めて名前を訊くのに抵抗があった。

「そういやあ、名乗ってなかったな。俺はニクスっていうんだ」

「で、ニクス君はアタシをどうしたいの?」

「何が?」

「死神とやらの正体を突き止めて、それを目の前にしているんだ。捕まえてさらし者にしたいとかあるんじゃないかなって」

「アンタが人を何人も殺しているっていうんなら必死に捕まえようとしただろうな。だけど、アンタは人じゃなくて悪魔だけを殺しているんだろ?」

「まあ、そうだけど……」

 ユイはニクスのあっけらかんとした態度に戸惑った。

 後ろめたいことをやっているという気持ちはない。しかし、こんなに素直に受け入れられるとも思っていなかった。

「実際に会ってわかったけど、悪い人には見えなさそうだしな」

「なんでそんな風に思えるの? 実は君を陥れるために悪人の面の上に善人の仮面をかぶっているのかもしれないよ?」

「俺、人を見る目だけはあるって言われるんだ。だから、大丈夫だ」

 ユイはそれが半分嫌味が入っていることを察した。

 それを言ったやつは、ニクスには人を見る目以外に誇れるものはないといったようなものだからだ。

 そのことをあえて指摘しないのはユイなりのやさしさだった。

 ニクスに人を見る目があることが正しいということは確かだ。

 自分でいい人と言えるほど善人ではないが、悪人ではないと思っている。

「ま、まあ、アタシだって公序良俗に反するような行為はしないしね」

「こ、こうなんちゃらがどうのは知らないけど、大体そんな感じだ」

「そう。なら、もういいよね?」

「どうしたんだ?」

「アタシね、この町に来たら行きたいところがあったんだ」

「そうか。またな」

 ユイはクスリと笑った。

 ニクスが言った「またな」という言葉がおかしかったからだ。

 ニクスにはたまたま出会ってしまっただけだった。次に会う保証なんてないのにそんな言葉が自然と出てきたところがおかしかった。

「じゃあね」

 ユイはニクスに別れを告げ、歩き出した。

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