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悪魔の死神〜ユイ一無二な冒険譚〜  作者: 紅ユウキ
3章
15/26

11

 ぱたんと扉が閉まる音がした。

 それは洗面所のほうからした。

 ニクスはその音で目が覚めた。

 時計を見ると七時を指していた。

 壁のせいで日光が遮られているせいで、時間の感覚がつかめない。

 朝の七時だというのにまるで夜のような暗さだった。

 洗面所から出てきたユイは壁を伝いよろよろと歩いていた。

 ユイは床におかれた荷物に足を引っかけた。

 すると、ゆっくりとバランスを崩した。

 ニクスは慌ててユイを支えた。

「おい、大丈夫か?」

 ニクスはユイの血色のない青ざめた顔を見て心配せずにはいられなかった。

 ユイはニクスの声に反応しなかった。

 体をゆすっても、頬を軽くたたいても何も反応しなかった。

 ニクスはユイの口元に手を当てた。

 弱弱しいが呼吸をしていることはわかった。

 ニクスはとりあえずベッドまでユイを運んだ。


 ユイが意識を失ってから一時間ほどたった。

「うん……」

 ユイの瞼がほんのわずかだが動いた。

「気が付いたか?」

「アタシ……どうしたの?」

 洗面所である作業をしていた。

 それが済んだから、ベッドに戻ろうとしたところまでは思い出せる。

 その先が思い出せなった。

「俺のほうが訊きたいよ」

 ニクスはユイが洗面所から出てきた後どうなったのかを説明した。

「そんなことがあったんだ。ありがとう」

「大丈夫か?」

「うん。ちょっときついかな? もうちょっと休ませて」

「わかった。何か必要なものがあったら言ってくれ」

「……」

 ユイはニクスの言葉を聞くことなく眠りに入った。

 ユイは一瞬意識が戻っただけで、体力はそれほど回復していなかった。

 ユイの寝顔を見てニクスは不安に駆られた。

「このまま一生目を覚まさないなんてことはないだろな?」

「う~ん」

 うなされてるユイの額には大きな粒の汗がたまっていた。

 ニクスはそれをぬぐった。


 ユイは目が覚めると、周囲を見渡した。

 それはさっきまでいた部屋とかなり違っていたからだ。

 まず、最初にユイが目覚めた場所は天蓋付きのベッドだった。

「まさかね……」

 ユイはこのベッドに見覚えがあった。

 かつて、ユイが暮らしていた家のユイの部屋にあるものだった。

 カーテンを開けると、やはりそこはユイの部屋だった。

 ユイはそれで自分の体に異変が起きたのだと理解した。

 ユイはカーテンを左手で開けた。

 今はないユイの左腕。それが存在していた。ユイはそれの存在をを確かめるように上下に動かしたり、握ってみたり開いてみたりした。

 自分の思い通りに動く左手の存在が確かなものだとわかった。けれど、特に何の感情もわかなかった。

 ユイは今自分が置かれている状況を理解していたからだ。

「これじゃあ、まるで走馬灯じゃない。縁起悪いなあ」

 これは夢だ。だから、失った左腕が存在するし、ひふぁりめの上に骸骨は飛び出ていない。

 この先何が起こるのかユイは知っている。

 この夢はユイが経験した過去をたどる。

 ユイは白く染まっていく腕に恐怖を覚えた。

 正確には当時の恐怖を鮮明に再現されていた。

「何なの、これ? どうしたの?」

 ユイの意思とは関係なく口が動いた。

 意識を取り戻したときに少しの自由が利いたのはここが夢の世界であることをユイに判らせるためだった。

 ここが夢の世界だと認識したユイには自由など与えられない。

 ただひたすらかつて経験した苦しみが再生される。それも当時経験した恐怖も絶望も心の痛みもその当時感じたものと同じだ。

 一時の恐怖や絶望はその時だけのもののはずだった。なのに、ユイは体が白く染まる恐怖に心を削られている。

 ユイは腕を強く握った。心臓から送られた血が戻ってこなければ、この腕を白く染める何かも止まるはずだと考えた。しかし、それは侵食をやめない。

 ユイの考えつく抵抗をあざ笑うかのように白はユイの体へと広がっていく

「とまってよ……お願いだからさ」

 かすれた声でしユイの体を白く染める何かに懇願した。だが、その言葉は誰にも届かない。

 腕を染め始めた時よりも染まる速度は遅くなったがそれでも、白はユイを染めることをやめない。

「何もこんなところまで正確に再現しなくたっていいんじゃないかな?」

 ユイはこの先何が起こるのか知っていた。

 それだけに、早く目覚めたかった。

「本当に頼むよ。これ以上は見たくないんだよ」

 白く染まらないでくれと痛切に願うユイの姿と今のユイの姿は重なっていた。

 ユイにとってこれから先に起こることこそが一番目をそらしたいことだった。

 ユイはその鎌で左腕を付け根のところから切り落とした。

 切れ味よかったおかげか、すんなりと腕が落ちてくれたのでユイは痛みを感じなかった。

「どういう……ことなの?」

 ユイは大きく目を見開いた。

 腕の付け根も切り落とした腕と同じように白く染まった。白い何かは傷口をふさいだ。

――まったく見た目と違って大胆なことをしやがるぜ――

「誰なの?」

 自分に語り掛ける声の主を探したが、どこにも見当たらない。

――俺は悪魔だ――

「悪、魔?」

 聞いたことはあった。

 自分の体の一部と引き換えに、人間では得ることのできない身体能力や特別な力を与える存在。

「なんでアタシに憑いたの?」

 ユイは悪魔が自分に憑いた理由を知りたかった。

 ユイは悪魔が与えてくれるという力に興味はなかった。だから、その力を欲することもなかった。

 なのに、どうして自分に憑いたのか。

 それが知りたかった。

――願いがあるんだろ?――

「願い? それって将来の夢とか?」

――そうだ――

「そうだって……そりゃあ、あるけど、別に悪魔の力を借りずともかなう願いなんだけど」

――そんなことはない。悪魔は人の欲望に吸い寄せられる。たとえ自分がどうなろうともかなえたいと思うほどの強い願いがなければ、悪魔は引き寄せられない――

「アンタの事情はよく知らないけど、こっちにはそんなものはないよ」

――ならば、どうして?――

 それはこっちの言葉だ、とユイは心の中でつっこんだ。

「ああ……がっ……うっ」

 ユイは左目を右手で抑えた。

 突然、左目に熱が走った。

 まるで火であぶった鉄板に抑えつけられているかのような熱さに襲われた。

「こんどは……何?」

 刃に反射した自分の顔を見て、ユイは愕然とした。

 ユイは自分の顔に起こった異変を受け入れることができなった。

 左目を覆うように浮かび上がった骸骨。

 その骸骨が口を開くと現れた赤く光る円。

 それは瞳だった。

 ユイはその赤く光る瞳を通して、外界の情報を得ていた。

 そして、ユイはその赤い目で見た光景に吐き気を催した。

「嘘……でしょ?」

 白いクラゲのようなものが大量に浮かんでいた。

 ユイはそれが悪魔であるとわかった。

 ユイはこれまで悪魔そのものを一度も見たことはない。しかし、部屋で漂っているクラゲのようなものが悪魔であると認識できた。

 無数に存在するクラゲのようなものはまるで引き寄せられたかのようにユイへ向かって飛んでいった。

――まさか、悪魔を引き寄せる体質だとでもいうのか!?――

「どういうこと? そんな体質があり得るの? てか、アタシがそうだったんだとしてもなんでいままでこんなことは起きなかったの?」

 ユイは矢継ぎ早に悪魔を問いただした。

 しかし、悪魔から何も返ってくることはなかった。

「頼むよ。ここまで来ちゃったらあれが出てきちゃう。あれだけは絶対に嫌なんだ。お願いだよ」

 ユイはん目を瞑りたかった。そうすればこれから先何が起こっても、目に入ることはないからだ。

 聴覚を通じて入ってくる情報はどうでもよかった。ただ、唯一視覚を通して入ってくる情報だけは拒絶しなければならなかった。

 それはユイに一生治ることのない傷をつけたものだからだ。

 不意に思い出すこともある痛みの原因。

 慣れたと言いかかせ痛いと感じないようにしようとしたけれど、痛いと思ってしまう記憶。

 その痛みだけは再生されないでいてほしいと願った。

 一人の女性がずかずかと部屋に入ってきた。

 絨毯が血で赤く染まっていることに驚いて、女性は口元を手で隠した。

 それだけならまだよかった。

 自分がその人物の立場なら大量の血が飛び散った異様な光景に驚愕して言葉を失うであろうことは想像できたからだ。

 力なく床にへたり込んだ女性の目に映った少女の姿は常識から逸脱していた。

 腕を一本失い、左半分は白く染まり、左目のところには骸骨が浮かんでいる。骸骨の平板口の中に存在する赤く光る眼。

 およそ、人間とは思えない姿をした少女を女性は恐れた。

 怯えたような目で見られるのは何よりもつらかった。

 その目を向けたのがおそらく今目の前にいる人物でなかったのなら、ここまで苦しく思うことはなかった。

 刃で何度も切りつけられるかのような痛さを感じた。

「ねえ、何とか言ってよ」

 ユイはすがるように求めた。

 ユイから顔をそらす目の前の人物に。

「だから嫌だったんだ。あの人にあの目を向けられるところはもう二度と見たくなかったんだ」

 正確にはその人物に絶望のまなざしを向けられたことで感じた身が裂けそうな痛みをもう一度味わうのが嫌だった。

 あのまなざしをなかったことにできないのなら、せめてあの時感じた痛みの再現だけはされてほしくなかった。

 あれはユイの芯にあった何かを木っ端みじんに砕いた。

「絶対に生きてやる。アンタが死ぬまで一生苦しむようにね」

 ユイは憎しみを込めて叫んだ。

 あの目を向けた人物はユイを意識することで傷つく。 

 この白く染まった半身と赤い目をあの人は忌み嫌う。

 だから、誓った。あの人を一生苦ませるためにも生きてやる、と。


「最悪……」

 夢から覚めたユイの第一声がそれだった。

 ユイの人生の中で一番嫌な思い出の一つだ。それをくっきりと丁寧にその時感じたものをそのまま再現してくれるというおまけつきで再生されたのだ。

 ユイにとって不快以外の何物でもない。

 ユイは体を伸ばした。

 長時間同じ姿勢でい続けたせいで凝り固まった筋肉はバキバキと音を立てた。

 頭は寝起きと思えないほどさえていた。

「結構寝ちゃったな」

 ユイは口の中の渇きを潤したかった。

 筋肉の固まり具合や口の渇きの程度からかなり長い間寝ていたことがわかった。

 ベッドの横の小さなテーブルにおかれた水差しの水をグラスに注いで、一気に飲み干した。

「なんたってあんなものを……」

 ユイは額に手を当てた。

「あんなものを見せなくたって、忘れるわけないっていうのにね」

 ユイは誰かを馬鹿にするように言った。

 ユイはあたりを見渡した。

 ニクスは見当たらなかった。

 ほどなくして扉が開いた。

「おお……目が覚めたか?」

「おはよう。アタシ、どれくらい眠ってたの?」

「丸一日だよ」

「丸一日って!? ああ……それくらい眠っていてもおかしくないか」

 ニクスはユイのそばに一本のビンを置いた。

 その中には赤黒い液体が入っていた。

 ニクスはそれが何なのかわからなかった。

「なんだよ、これ?」

「お守り」

「お守りにしちゃあ、やけに嫌な色をしているな」

 少し粘性のある赤い液体はお守りというには不吉な性質をしていた。

「まあ、見栄えの悪さには目を瞑ってよ。それとも何? お守りっていうくらいなんだから毛とか爪とかのほうがよかった?」

「別にお守りの中身について何か言いたいわけじゃないんだけどな」

 ニクスが気になったのはこの液体が何なのかだった。

 ユイにそれを渡された時、ニクスはその液体がまるで血のようだと思った。

「君のために作ったんだ。いざとなったら、あの扉にかけてね。それまで絶対にふたを開けちゃあだめだよ」

「これとアンタが体調を崩したのには関係があるのか?」

「まあね。それをつくるのって結構体力いるんだよ。本当は星の砂とか入ってるビンのサイズのものだけど、今回は水筒に使っていたやつにいっぱい入れたからね。量がいっぱい増えた分だけ疲れが増えちゃった」

 ニクスはユイと話をしたくなかった。

 このビンをわたされた時、もう二度とユイと会えなくなるそんな風に思ってしまったからだ。

「なあ、アンタ、死なないよな?」

「死ぬわけないでしょ? アタシは死神だよ。誰かに死を与えるアタシが死んだらとんだ笑いものだよ」

 ニクスは、自分のことを散々嫌がっていた死神という言葉を使ってまで大丈夫なように見せるユイの姿を見ていられなかった。

「それもそうだな。死神がのたれ死んだら情けないよなあ」

「でしょ? だから、アタシは生きるの」

「腹減っただろ?」

 その問いに答えるようにユイの腹が鳴った。

 一日食を欠いたユイの胃は食べ物を求めていた。

「じゃあ、行くか」

「そうだね」

 ユイたちは荷物をまとめ、ホテルを出る準備をした。

「ここの一階のレストランのコーヒーがさあ結構おいしいんだ」

「へえ。楽しみだね」

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