壱ノ一 魔王、お手紙を書く
「――さて、パーティも終わったし早速会議をするぞ」
「それはよろしいのですが…本当にパーティの翌日に行うのですね」
「当たり前だ。この案件は急を要するんだ。本当ならお前の私事に関するパーティなんて開いてる余裕なかったんだ」
「でも開いてくれましたよね」
秘書の言葉に一瞬言葉を詰まらせる魔王パトリック。実に意地が悪い。そう言いかけて、とっさに口を紡ぐ。
極東に聳える帝国の元帥海軍大将と尻尾が九本ある狐の魔物のハイブリッド、それがリーリヤだ。そんな奴の"御願い"を断れる奴がいるならそいつは頭のネジが五百本ほど抜けている。
こいつは何故秘書を志望したのだろうか、というかどうやったら大国を護る立場にある人間とそれを脅かす存在の魔物とがまぐわうことにのだろうか。パトリックはそんなことを頭の片隅で考えながらも、魔王らしく咳払い一つで場の空気に緊張の糸を張り巡らせる………はずだったが、引き締まらない。何故、しばらく考えて、原因を見つける。
「あれ、他の奴らはどうしたの? 俺たち二人だけか?」
「誰にも呼びかけなければ誰も集まるわけありません」
「えっ、招集かけてないの?」
「そのような指示は仰せつかっておりませんでしたので」
悪びれる様子もなく、たんたんと会議の準備を始めるリーリヤ。
「俺が会議をやると言ったら言われなくても幹部を招集するのが秘書の仕事じゃないかな」と、パトリックが呟くもやはりスルーされる。本当にこいつは何故秘書を志望したのだろうか。
ともかく、そんな感じで『第一回転生者対策会議』は始まった。
とはいっても、パトリックはまさか二人だけで会議をやると思っていなかった。魔物達があれやこれやと意見をぶつけ合う様を観て楽しもうと思っていたため意見もクソも考えていない。
「………………………」
「………………………」
気まずい沈黙が、広い会議室にこだまする。
流石に耐え切れなくなったのか、リーリヤが先陣を切った。
「ええと、先ずは転生者の情報から整理しましょう」
「う、うむ、頼んだぞ」
では、とリーリヤは何処かからホワイトボードを取り出してきた。
おどろおどろしい雰囲気の室内にこのようなものが置かれると違和感満載だが、仕方ない。これも確か転生者から齎された異世界の文明の利器だったはずだ。
「転生者というのは、『我々の住む世界とは別の世界に住む人間なんらかの原因でこちらの世界に来てしまった存在』のことです。つまるところこちらの世界の人間とは似て非なるものなのです。それ故なのか、彼らは何処かしら突出した能力を保有しています。例えば、人を惹きつける事に長けていたり、経営術に長けていたり、武力、魔力に長けていたりと、まあ色々です」
「ふむ、なるほどな」
知らなかった。そう思うパトリックだったが決して口には出さない。口に出した途端「そんなことも存じられておられなかったのですね(笑)」と鼻で笑われるに違いない。
「そして重要なのは突出した能力が一つではないことです。殆どの転生者が二、三ほど長けた何かがあるのです」
「なんだそれ。最強じゃねーか」
「ですね。北の魔王アドルフ氏も破れたのもある意味では妥当とも言えます」
リーリヤはそこまで言うと、懐からメモ帳を取り出した。
「魔王様の配下にある魔物に調査をさせた限りでは、現在我が"南の国"付近に在る人間居住区には転生者は存在していません。流石魔王様、対策を練るにはベストタイミングです」
「よし、分かりやすい解説ありがとう」
情報収集や太鼓持ちを難なくこなせるなら幹部くらい招集してくれないかな。とイヤミを言いたくなったが「お褒め頂き光栄です、魔王様」なんて言われてタイミングを失ってしまった。
さて、ここからが本番だ。
転生者にいかに殺されないようにするか、ではなくいかに対抗していくかを考えなくてはならない。そしてパトリックに案などあるわけないので、勿論立案するのはリーリヤになる。
「リーリヤ、何か案はないか?」
「調査では、転生者は人間居住区を拠点にする事が多いです。手っ取り早い話、我が国の周りに存在する人間居住区と協定を結ぶというのは如何でしょう?」
「それは俺も考えていたんだが、一つ問題がある」
「そういえば先代から付近の居住区とは断交状態でしたね」
これこそ一番の問題だ。
おおよそ二百年ほど前、人間と魔物と住む領土を分かつ際に国境をどこに引くかで揉めに揉めてしまったのだ。おかげで国境付近で魔物と人間の殺し合いが絶えないのだが、何故この秘書はどうでも良い他人事をふと思い出したような態度を取るのだろうか。
「それで、他の案は?」
「では私の父上に取り持ってもらいますか?」
「馬鹿野郎却下だ。西の話題に東の奴らが出てきたらそれこそ外交問題だろ」
「では、ええっと………申し訳ございません。私めの思考力ではここが限界です」
早速会議が行き詰まってしまった。
パトリックも自分なりに考えてみるも、何も思い浮かばない。改めて自分の無能さを思い知らされる。
しばし流れる静寂。しかしそれは先とは違い、何処か熱のこもった静寂だ。
幾ばくか経っただろうか。皆が諦めかけていたその時、リーリヤの頭に衝撃が走る。
「そうだ。簡単な事ですよ。また国交を正常化させれば良いのです」
そんなリーリヤの提案を受けた魔王の頭にも、衝撃が走る。
「おお、それは名案だな。我が国の経済も回るし一石二鳥だ。すごいなリーリヤは」
「お褒め頂き光栄です、魔王様」
「しかし、だ。どうやって仲直りしよう? それに付近の人間居住区は確か五つ程あったはずだぞ。まず何処と仲直りする?」
また会議が行き詰まった。
今回は案が出るのにそこまで時間はかからなかった。
「手始めに、付近で一番大きい"ブリタニア"に仲直りのお手紙でも書いてみます?」
「………ふむ、名案だな。早速取り掛かろう」
そういえばホワイトボード使わなかったな。魔王のそんな締めの言葉と共に『第一回転生者対策会議』は幕を閉じた。