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鬼の目に花吹雪・2

「みんな回復し始めてて良かったなぁ。もっと酷い状態かと思ってたけど、ちゃんと話も出来たし。」


「最初に倒れた区役所の人は、もうすぐ職場復帰するつってたしな。ふーん…思ったほど性質たちの悪いもんじゃないかも知れねぇが…」


被害者達を見舞ってから、病院の地下にある「開かずのトイレ」を通ってNGO本部へ戻ってきた英聖ヨンソンと斉藤老人は、調査の為に装備を整えるべく、呪符や呪具の類が収められている、2番倉庫の内部をあれこれ物色していた。

床から天井まで届く書類棚には、様々な効果を発揮する呪符の詰まった分厚いファイルが、種別に整理されて隙間無く並んでいる。

老人は、「穢気浄化」の呪符を数枚抜き取り、小型のクリアファイルへ移した。


「じっちゃん、被害者は瘴気にあてられたって見てる?」


「十中八九、間違いねえだろうな。お前さんが来てくれて大助かりだ。」


「いや、確かに俺は風使いだけど、吹き飛ばせるかは量にもよるし。」


「いざって時にゃ、この札で助太刀してやるよ。折角いいタイミングで退院したんだ、ひとつ頑張ってくんな。」


「初動の調査じゃなかったっけなー…」


斉藤老人は、どうやら自分に瘴気払いをさせる気満々らしい。

ぽんと肩を叩かれた英聖は、一抹の不安を感じつつも、防瘴マスクを取り出しに

倉庫の奥へと向かった。

一見すると只の医療用マスクだが、鼻と口が当たる内側には呪符が貼れるようになっている。

物理的な手段で防げない、瘴気のような霊障を緩和するものだ。

万能ではないが、あるのとないのでは大きく違う。


「あんまり強くない瘴気かぁ…瘴気の元になってる奴も、あんまり手強くないといいよなあ…」


「よし、札はこんなとこだろ。そろそろ行くぜ、ヨン様?」


「じいちゃん、その呼び方やめてくれよ」


すたすた歩き出す斉藤の後を追って、苦笑しつつ倉庫を後にする英聖。

その胸から、先程感じた不安は消えていた。


「まあ、今日は天気も良いし…」


空気が澄んでいて動かし易く、春の日和に照らされて陽の気に満ちている。

少々の邪気ならば吹き散らせるだろう。

英聖はもともと楽観的に考える方だった。


電車を降りて、歩いて現場に到着してみると、考えを改めざるを得ない光景が広がっていた。


「……うわ」


「…こりゃ、多いの」


質はともかく、公園中を覆い尽くすほどの量の瘴気が、黒々と渦を巻いている。

これは本腰を入れて大風を呼び込まなければ、散らすことが出来ないだろう。

もう何日か自宅で、のんびり休んでから復帰すれば良かった、と英聖は悔いたが、電気水道ガス家賃の支払いは、そうそう長いこと待ってはくれない。


「…ま、やってやれない事はない、かな…」


少々歩いて、公園を見下ろす高台へと移動する。

眼下に広がる瘴気の雲は、もちろん普通の人々には見えない。

しかし、今は公園全体が立ち入り禁止となっているはずだ。

遠慮なく力を使うことが出来るだろう。

英聖は、ゆっくりと呼吸を整え始めた。

鳥が翼を開くように、両手が自然に左右へと広がる。

大地を見つめ、空を見上げる。

蒼天へと意識を溶け込ませていく。


「…無理はするなよ」


斉藤老人の小さな呟きは、さわり、と動き始めた空気の流れにかき消された。

英聖の口からは祈りの言葉がこぼれ、紡がれてゆく。


「…天下大将軍、地下女将軍…気脈龍穴より御力添え給う、雲一つ無き春天の美空より、魔気邪気祓い退ける陽風の輝き降ろし給え…」


足元の青草がなびき、木々の枝がしなる。

斉藤は頭巾を押さえた。


「起来!浄化巨風!(ソンファクパラム)」


どうっと空が鳴った。

足を踏ん張っていないと倒れそうなほどの風量が、眼下の公園へと疾駆する。

圧倒的な力を持っていながらも、爽快な温かさを伴う春の青嵐。

まさに陽の気の塊と言えた。


「こりゃすげえ…」


みるみる吹き散らされていく瘴気の雲を見ながら、斉藤老人が感嘆の声をあげた時。


「…………っつ!」


声にならない苦鳴を漏らした英聖が、体を二つに折った。

手で脇腹を押さえている。


「おい、大丈夫か?!」


「…平気…痛いだけ、だから…」


斉藤は、懐に常備している札を一枚手にとって英聖へとかざした。


「手ぇ退けろ。直接じゃねえと良く効かん」


言われたとおりに手を離した英聖の脇腹に符を当て、剣指を立てて呪を呟く。

英聖の表情が目に見えて和らいだ。

狐に似た小動物─クダが斉藤の肩から飛び移り、英聖の頬を舐めては心配そうに覗き込んでくる。


「有難うクダ…、もう大丈夫だ。じっちゃん、感謝」


滑らかな毛並みを撫でながら、飼い主に礼を言う。

身を起こすと、公園の瘴気があらかた吹き飛んでいるのが見えた。


「おお、やったじゃん、俺」


誇らしげに胸を張るのも束の間、件の石垣の穴から、じわりと黒い靄が染み出す様子が目に入る。

二人は、思わず顔を見合わせた。

斉藤が尋ねる。


「どうする?出直すか?」


「いや、このまま行こうぜ。また同じ事の繰り返しになっちまうし」


城址へと丘を下りて行く英聖の足取りに迷いは無かった。

自信を深めたのだろう。


「…確かに、瘴気自体はあんまり性質の悪いもんじゃないからな…」


後に続きながら、斉藤老人は空を見上げた。

吹き散らした陰の気の影響か、澄んだ青さの中に、灰色の雲がぽつり、ぽつりと浮かんでいた。


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