第四話
「……すまない」
「いいですよ、もう……」
さっきと同じように申し訳なさそうな顔をしながら、僕に謝る部長。
顔面にクリティカルにヒットした拳により、僕は鼻血を撒き散らしながら、床に沈む事になった。
そのせいで部室はまるで殺人現場のように血で染まってしまった。
「……蒼波、大丈夫?」
鼻にティッシュを詰める僕に心配そうに声をかけてくるリリサ。
いや、こうなったのはリリサのせいなんだけどね?
そこはまだ子供だろうから言わないでおくけど。
「にしても、朝から不幸過ぎるよ僕……」
ため息と共に思い出される今日の事。
おじさんにはバックられ、由々が隣に住み始め、部長には二回、ぶん殴られた。
きっと今日は厄日なんだろう。そうでなかったら、どこぞの神様の嫌がらせか陰謀に違いない。
「いや、今日は本当に悪い事をした。お詫びを言ってはなんだが、今日の昼食は私が奢ってやろう」
って、神様がそんなに不親切なわけがありませんよね! ありがとうございます!
「いいんですか、部長?」
「ああ、せめての詫びだ。好きなものをお前達に奢ってやる。あと、飼い主として、ペットにご飯を与えるのは当然だからな」
「別に僕はペットじゃありませんが、ありがとうございます」
これは単純に嬉しい。
ここの所、ずっと手作りだったからね。
久々の外食だ、何を食べようかな……?
「ねぇ、リリサは何が食べ――」
「……!」
「……あの、リリサさん?どうしてさっきから怒っていらっしゃるんでしょうか?」
「……別に」
そうは言うも怒りに満ちた目で部長を睨みつけてるのが丸分かりなんだけど……。
「そうだな、どうせなら他の部員の奴らも誘ってやるか」
未だにその視線に気づかない部長が呑気に携帯を取り出し、操作する。
またこの状況になっちゃったよ……。
どうするんだよ、この修羅場……。
誰でもいいから何とかしてほしい……!
「(ピポパポ…)もしもし、棡原後輩か?これから昼食を奢ってやる。たがら、早く部室に――」
「(ガラガラ…)分かりました、今、部室に着きました」
「「いたのか(よ)!?」」
「はい、いました」
この孝一の登場には流石の部長も驚いたか、目を丸くしていた。
棡原 孝一。
何を考えているのか分からないポーカーフェイスがトレードマークの人物で、僕と同じ科学研究会の部員にして、同学年。
クラスも同じだから、それなりの仲をたもってるんだけど……。
「ところで、部長さん。昼食の奢りにセクハラも含めますか?」
「含めてたまるか! (バキッ!)」
コイツも部長の同種だ。
よくよく考えると、まともな友人がいないよな……僕。
「いいパンチです……! もっとやって欲しいくらいに……!」
……本当、ロクな友人がいないなぁ。
「とりあえず変態はほっといて……部長、紅葉さんはどうしたんですか?」
「休みだそうだ。今は連絡もつかないが、一昨日にそう言ってたな」
「何か用事でもできたんですかね?」
「さぁな。まぁ、紅葉の事だ。お前らよりはまともな理由で休んだんだろう」
え? 僕って孝一と同レベルなの?
「そういう事だからな。今日はこの4人で行く事になった」
「この4人でですか……」
何故だろうか。
このままこっそり一人で帰った方がいい気がした。
実際、既に孝一は――
「グフフ……お嬢さん、どこから来たんですか?もし一人なら……」
「……嫌、やめて」
「もう、逃げられませ『いい加減しろ、変態』ごぶぅっ!」
いやらしい手つきでリリサに手を出そうとする孝一だけど、部長の制裁を喰らい、倒れ込む。
……既に問題を起こしてるし。
というか、このまま行ったら、リリサの身の危険を激しく感じる。
リリサは余程孝一が怖かったのか、僕の後ろで隠れ、震えていた。
その様子を見て、僕は決断した。
決めた。ここは断ろう。
僕とリリサの為にも。
用事を思い出したとでも言えば後はどうにでも出来る。
「すいません、部長――」
そう思い、僕が部長に話しかけようとした、その時だった。
『ブーーーーーッ!!』
瞬間、部屋でブザーの音が鳴り響いた。
「な、何だ!?」
「火災警報だ! 火事かもしれん!」
「か、火事ですか!?」
突然の事にパニックになる僕達。
こういう時ってどうすればいいんだっけ!?
『緊急警報! 只今、火災が二階で発生しました! 中にいる生徒、または教員は速やかに避難をーーーー』
「「「逃げろォォォーーーーッ!!!」」」
廊下からの怒声に似た悲鳴があがる。
それを聞き、そこで僕達はようやく自分達のする事に気づいた。
「後輩達よ! 今すぐ階段を降りるぞ!! 逃げなければ全員死ぬぞぉーーーー!!」
「分かってますよ! 逃げるよ! リリサ!」
「……うん」
リリサを背中に背負い、悲鳴と共に部室から脱出した僕達を待っていたのは、同じく校舎に残っていた生徒の阿鼻叫喚。
『斎藤ーーーーッ! そっちは三階だぞ!? 戻ってこい!』
『拙者を三階の『魔法少女 リリサちゃん』ポスターが待ってるんだ! 見捨てるわけにはいかないでござるぅ!』
『リリサちゃんなら魔法で戻って来る! だから戻ってこい! 斎藤!』
『リリサちゃんは……リリサちゃんは……拙者の物でござるよォォォッ!!』
『斎藤ォォォォォォッ!! 馬鹿野郎……!』
『あ、斎藤。教師に捕獲された』
『離せェェェッ! 拙者には……拙者にはァァァァァァァッ…………』
「くっ……! 既に火がかなり回ってるようだな……! 急げ!」
「リリサ! 頑張って! もう直ぐ脱出だよ!」
「裏口はもう駄目みたいです! 正面入口からなら……!」
階段を降り、出口を求める僕達。
え? ツッコミ?
あの状況だとシャレにならないって。
3分後、僕達は無事に校舎から出る事が出来た。