第二話
「動くな、手を上げろ」
朝からマスクを被ったテロリストみたいな人に銃を突きつけられた僕。
当然だけど、僕にはこんな状況、理解できるわけがない。逆に分かるのなら、誰か一字一句丁寧に説明してほしい。
「……聞こえなかったのか?手を上げろ。さもないと殺すぞ」
「は、はい!」
謎のテロリストさんが威圧的な声を上げると、情けない事にその声にビビった僕は声をうわずらせ、言う通りに手を上げる。
「……よし。なら、そのまま壁際に立て」
「……はい」
僕にそう命令した後、謎のテロリストさんが靴を履いたまま、そのまま部屋の中へと侵入する。
一体、この謎のテロリストさんは何をする気なんだろうか?
「次だ。お前、何か一発芸をやれ」
「ええっ!?」
そ、そんな事言われても……。
一発芸なんて持ってるわけない。
だけど……。
「どうした?やらないのなら……」
僕に銃を見せつけ、逆らったらどうなるか分かってるだろうな、という意思を伝える謎のテロリストさん。
やるしかないのか……!
僕は意を決して、一発芸をやる事にした。
分かったよ……そこまで言うなら見せてやる!
僕の…………一発芸をな!
僕はその場で気をつけをしーー顔を無表情に変えつつ言った!
「人体模型!」
…………………。
……空気が痛い。
恐る恐る謎のテロリストさんの様子を見ると、銃を構えたまま何も言ってこないのが逆に怖かった。
その時、僕は悟った。
ああ、死んだ、と。
そんな人生の終わり悟った僕の耳から聞こえるのは、銃声の音じゃなく、部屋に響く笑い声で……って、あれ?
「にゃははははっ!相変わらず面白いね、蒼波君は」
先程までの低い声とは違う、甲高い声。
そんな声で何故か目の前の謎のテロリストさんはいきなり笑いだし始めた。
まさか……その声は!?
「お前、由々か!?」
「ご名答だよ、蒼波君!由々ちゃんこと、綾崎 由々とは私の事だよ!」
マスクを外し、姿を表したのは現在僕と同じ高一の従妹である由々だった。
由々は短く切り揃えた赤髪に付いた汗をハンカチで拭くと、大きく背伸びをする。
「ふぅー、夏にマスクはキツかったな、もう」
「由々、何しに来たの!?」
「あ、蒼波君。ジュースちょうだい」
「話聞いてよ!?」
無邪気の子供のような由々はどこまでもマイペースだった。
「にしても、あの蒼波君の反応には笑ったよ。本気でビビってるんだもん」
「あんなもの誰だって驚く……というか、そこはどうでもいいよ!」
「まさか一発芸を本当にやるなんて……アホかと思っちゃったよ」
「悪かったな!」
ああ〜……今さらだけどあれは恥ずかしい……!
大体なんだよ人体模型って……。
「……蒼波、誰?その人?」
「あ、リリサ」
あまりの恥ずかしさでもだえていると、その時、着替えが終わったのか、リリサが部屋から出てくる。
「君がリリサちゃんだね!私は綾崎 由々!由々ちゃんって呼んでね★」
「……」
まるで宇宙人にでも会ったようなリリサの反応。
うん、由々のテンションの高さには初めは誰でも同じような反応をするんだよね。
というか、それよりも。
「何で由々がリリサを知ってるの?」
リリサの事は僕はまだ誰にも言ってないはずなのに……。
「それは蒼波君、おじさんから聞いたからに決まってるよ。」
「おじさんから?」
「何でも蒼波君がパパになったんだって」
「あのロリコン……!誤解を招くような言い方をして……!」
なんて説明をしてくれたんだあのロリコンは。
こうなったら、後でおじさんの奥さんにある事ない事ふき込んでやる。
「話によると、リリサちゃんもここに住むんだよね?」
「僕は承諾してないけどね」
「もうー、蒼波君たらっ、ツンデレさんめ♥︎」
「……それで?おじさんの策略に嵌められ、リリサを預かる事になった僕に由々は何の用?」
由々の茶々は基本的には無視した方がいい。
反応すると逆に調子に乗るから。
由々はいつの間に取り出してきた家のカルピスを一飲みすると、満面の笑みを浮かべながら言った。
「私、ここに住むの!」
「は?」
「だから!私もここに住むんだってば!」
「……ま、待って。意味が分からないよ。始めからもう少し丁寧に説明してくれる?」
若干興奮気味の由々を抑えながら、僕はひたすら疑問に思った。
由々がここに住む?
おじさんは一体何をふき込んだんだ。
「えっとね……三日前くらいにおじさんから連絡がきてね、リリサちゃんを蒼波君一人じゃ大変だからって、私に蒼波のアパートに住まないかってお願いされたの」
「それを由々は引き受けたの?」
「うん。高校辞めて暇だったしね」
「高校を辞めた!? 何それ! 聞いてないよ!? どうして!?」
「んー、自分探し?」
「意味が分からないよ!?」
また笑いだす由々だったけど、これはさすがに笑えない事だと思うんだけど……。
「学校を辞めた私だからこそ、おじさんに私は選ばれたんだよ!」
「威張る事じゃないからね!?」
「テッテロリーン、由々ちゃんは『選ばれし者』の称号を手に入れた」
「そんなかっこいいものじゃないよ!? 寧ろ不名誉な称号だって気づいて!」
高校を辞めたという、とんでもない事をやらかしたっていうのに、由々はいつもと変わらない。
これはある意味才能の一種だと思うんだけど、今はただ呆れるばかりだ。
「……それで? 本当にここに住むの? 大体、荷物は? 家には二人を養える程、金はないん――」
「それは心配要らないよ!」
僕が言い終わる前に由々はそう言って、僕の手を引き、僕を部屋の外まで連れ出した。
「ちょ、ちょっと、由々」
「見て、蒼波君!」
由々に連れてこられたのはアパートの隣部屋。
確かここは空き部屋だったはずだけど……。
由々がドアを開くと、中にはしっかりと家具が揃い、生活感溢れる仕様に部屋が改装されていた。
「ジャジャーン! どう? 蒼波君? 実は既に三日前から引っ越し準備をしてたのでしたー! にゃははははっ!」
……もう、好きにしろよ。
僕は由々に本当に呆れ、声もでなかった。
「お金ならバイトするし、何より、リリサちゃんの世話役が欲しかったんでしょ?」
由々は僕の顔に近づき、もう一度にっこりと笑った。
「これからよろしくね、蒼波君」