第一話
僕がリリサと暮らし始めてから早三日の朝の事。
僕の携帯にこんな一通のメールが届いた。
『しばらくの間、俺はいなくなる。
あの子を頼んだZE!
From おじさん』
バ ッ ク レ や が っ た。
「あのロリコン……! さては初めからこうするつもりだったな……!」
妙にイラっとくる文体に携帯を握り潰しそうになる。
殺す。絶対、後で殺してやる……!
一先ず、メールアドレスと携帯番号を消し、着信拒否の設定をし、連絡をとれないようにしてやった。
こんなものじゃ済まないけど、少しだけ気分が晴れた僕はテーブルでパンを頬張るっているリリサに視線を移した。
「リリサ。しばらくはここにいてもいいってさ」
「……本当?」
僕の言葉に爛々と目を輝かせるリリサ。
「ああ、本当だよ。いつになるかは分からないけど、もう少しいていいって。…………あのロリコンのせいでね」
最後の言葉はリリサに聞こえないように言った。
すると、リリサは椅子から飛び上がって喜びをあらわにする。
僕はその様子を温かい目つきで見ていた。
三日前、始めは予想通り固い感じだったリリサだったけど、僕と過ごしている内に態度も表情もやわらかくなっていき、今では相当僕に懐いてしまっていた。
こうした子供の笑顔がいいものだ。
やっぱり子供は笑ってないとね。
「さて、と……今日も元気にお勤めしますか」
トースターでカリカリに焼けた食パンを飲み込むと、僕は鞄を持ち、支度をする。
「……蒼波、出かけるの?」
「うん。今は夏休みで学校はないんだけど、今日は部活があるから学校に行かなくちゃいけないんだよ」
僕はバイトの他に部活もやっている。
とは言っても、週一の部活動だし、文化系の部活だからそこまで大変なわけじゃないけど。
「……わたしも? 一緒?」
「ん?ああ、いいよ。一人で留守番は可哀想だしね。準備しておいでよ。パジャマのままじゃさすがにまずいからさ」
本当は部外者を学校に連れちゃいけないんだろうけど、バレなきゃ大丈夫だろう。
部室なら先生もそうそう来ないだろうし。
「……うん。分かった」
朝食を食べ終えたリリサがトコトコと着替えをしにテーブルから離れていく。
本当なら僕の仕事は登校する時、リリサをおじさんの所に連れて行けば終わりのはずだったんだけどなぁ……。
確かに三日も一緒にいれば情もわくし、このままリリサと平和に過ごせればいいんだけど、僕にも都合というものがある。
バイトや学校。
これはもうどっちも仕方ないものだし……。
バイトは休めばいい話だけど、夏休みが終われば学校の方はさすがに休めない。
「かと言って、リリサをずっと留守番させるのは駄目だしな……」
夏休みももう少しで終わる。
早く何とかしないと……。
「……蒼波、どっちがいい?」
不意に後ろからリリサの声がかかった。
どうやら、服を決めかねてるみたいだ。
ちなみにリリサの普段着やパジャマは僕が買ってあげた。
センスはともかく、一応まともな服は買ってあげたつもりだ。
リリサは両手にそれぞれの衣服を持っている。
右手: ピンクの服
左手: 僕の下着
まさかのチョイスに涙がでそうです。
「……とりあえず、左手にあるものはいらない事は確かだよ」
僕にはともかく、女の子のリリサにとっては明らかに不用な装備だ。守備力が大幅に下がる所の話じゃない。呪われた装備だ。
リリサは僕の下着をジロジロと眺めながらポツリと呟く。
「……どこにつける? 頭?」
「やめるんだリリサ! それを被ったら色々な意味で死んでしまう!」
無知って怖いよね。何も知らないから。
僕はリリサから下着を取り上げ、ピンクの服の方を着るように言うと、
「……でも、これ」
と、なんだか迷うような仕草をした。
どうしたんだろう?
「……蒼波のベッドの下にあった本の女の人と違う服」
「リリサ、今すぐその事を忘れるんだ。と言うか、お願いします、マジで」
「……? 蒼波はどうして土下座してるの?」
幼女にあの本(正式名称はあえて言わない)を読まれるのがこんなにキツイものだったなんて……!
僕、もう生きていけない……!
「……あの本を蒼波が好きって分かったから、出来るだけ、わたしもそれに似たような服を着ようとしたの」
「あのチョイスにそんな意味が!? いいよ、あんなの真似しなくて!」
「……でも、同じような本が何冊も」
「もう止めて! これ以上は僕の命にかかわるから!」
うわぁっ! もう最悪だよ!
あの本がリリサにはどういう物なのか分かってない分、余計に辛いし!
後であの本達はリリサの目に届かないようにすると心の中で誓った。
リリサの方はようやく分かってくれたようで、着替えをしにまた、部屋から出て行った。
「全く、リリサは……」
子守で子供の扱いには慣れたと思ったけど、実際に住んでみると勝手が違うようだ。
中々苦労が絶えない。
けど。
「これが家族って言うのかな……?」
僕は幼い頃、事故で両親を亡くしていたし、中学生の時からは事情で一人暮らしを始めていた。
だからだろうか、あまり家族というものを知らなかった。
僕はいつか、誰かと結婚して、家族を作るなんて面倒臭いと思った事がある。
けど、リリサと過ごして、それも悪くないなと思い直した。
それはリリサと出会わなかったら、知る事はなかった事だろう。
そう考えると、おじさんには感謝してもいいくらいだ。
僕がそんな事を考えながら、出かける準備を整えていると、玄関からチャイムが鳴った。
「こんな朝から……宅配便かな?」
少し疑問に思いながら、急いでドアを開けると――
「動くな、手を上げろ」
そこにはまるでテロリストのような人が普通に人を殺せそうな銃を持っていました。