第十四話
「着いたよ」
数分後、僕は女の子を連れて、休憩所まで足を運んでいた。
近くにあったテーブルと一緒にあるイスに女の子をゆっくりと座らせると僕も向かい側にあるイスに座った。
「まずは謝らせてもらうよ。ごめんっ、僕のせいでこんな事になっちゃって」
「……!」
深々と頭を下げる僕を慌てた様子で止めようとする女の子。
もしかして……これは許してくれてるのかな?
「えっと、それで何だけど、さっきも言った通りお詫びと言ってはなんだけど、家まで送ってってあげようと思うんだけど……」
「……」
女の子はぶんぶんと首を振り、僕の言葉を遮り、持っていたバックの中から何故か携帯を取り出した。
「あ、家に誰かいるの? それで連絡するからいいって?」
「……」
僕の言葉にまたも首を振り、携帯を操作する女の子。
何をしてるか気になるけど、覗くのはプライバシーに反するのでやめておいた。
女の子はしばらくの間、携帯を操作してたと思えば、僕に向かって画面を前にして携帯を向けた。
「……? あ、見ていいの?」
「……(コクリ)」
一瞬、何をすればいいのか分からなかったけど、僕はすぐに女の子の携帯を見た。
どうやら何か文章みたいだけど、何々……
『とある事情があって私は喋れないの。だからこの携帯を使って会話するけれどいい?』
……なるほど。
喋らなかったわけじゃなくて喋れなかったのか。
納得したよ。
僕は頷きながら女の子を見た。
女の子も頷き、また携帯を操作し、僕に向かって携帯を見せた。
この方法ならテンポは悪いけど、会話は出来るだろう。
『まずは自己紹介しましょうか。私の名前はテレサ。あなたの名前は?』
「僕は青海 蒼波……って、それって本名?」
『まさか。ニックネームよ。本名は秘密』
イタズラするような笑みを浮かべながら、そう携帯に言葉を打ち出すテレサ(?)さん。
……僕の方はちゃんと本名名乗ったのにズルい気がする。
『さっきの話に戻るけど、送ってもらうのは青海君に悪いからいいわ。出会った時の様子からすると何か用事があったんじゃないの?』
「す、鋭いね……けど、そこまで大切な用事じゃないから大丈夫だよ」
リリサは由々と一緒にいるだろうし、二人でいるぶんなら何の心配もいらないはずだ。
『それに私、このまま花火を見ないで帰りたくはないわ』
「そっか。そういえば花火を打ち上げるんだったね」
『本当は去年みたいに友達と行きたかったんだけどね。私がこんな状態だからね……』
「その……何かごめん」
しんみりとした雰囲気で携帯の画面を見せるテレサさんに僕は思わず謝ると、テレサさんはクスクスと笑いだした。
『何で青海君が謝るの? 面白いわね、碧海君は』
「からかわないでよ……。でも、今の言い方からすると、テレサさんが声を出せなくなったのは今年からなの?」
『ええ、そうね。あまり話したくない理由なのだけど……』
「なら話さなくてもいいよ。別に聞かなくて困るわけでもないし」
『そう言ってくれるとありがたいわ。折角の祭りなんだから楽しむ事だけ考えたいしね』
「同感だね。でも、本当にどうしようか?」
テレサさんの手元にある鼻の緒が切れた草履。
草履がない以上、テレサさんに歩く手立てはない状況だ。
このままじゃ祭りを楽しむ所か、帰る事すら出来ない。
『仕方が無いから親を呼んで、他の草履を持って来てもらう事にするわ』
「待ってよ。それだと僕の気がすまないし、僕の家にある草履を貸すからそれを履いていきなよ」
幸い、僕のアパートからここまで遠くはない。
少しの間、ここで待ってもらえればすぐに持っていける。
『そんなの青海君に悪いわ』
「人の好意には甘えるべきだ、って聞いた事ない? いいからそこで待ってて。すぐに戻って来るから」
僕はそう言い残すとテレサさんに止められる前にその場から走り去った。
ちょっと強引だけど、恩を返すんだし、構わないよね?
※
「うーん……遅いなぁ、蒼波君」
蒼波君のアホな行動に呆れ、リリサちゃんと一緒に出店を回っていた私だけど、そろそろ花火が打ち上げられる時間になったから電話をしてるんだけど……。
「繋がらないか……」
「……蒼波、来れないの?」
不安そうにオロオロとしながら私の顔を見上げるリリサちゃん。
その様子を見ると、本当にこの子は蒼波君の事が好きなのがよく分かる。
というか、可愛い過ぎるよ、この子。
妹にしたい。
「大丈夫だよ。すぐに蒼波君はここに来るよ」
そんなリリサちゃんの不安を失くすために笑顔でそう答える私。
さっき、蒼波君の方から電話をかけてきたみたいだし、きっと何か用事でも出来たんでしょ。
なら、私が言った通りになるはず。
「……蒼波、死んでない?」
「あれ?いつ蒼波君に死亡フラグが立ったのかな?」
いきなり何を言い出すかと思えば、リリサちゃんが小学生に似合わない言葉を発した。
「……蒼波なら、ありえる。この前、蒼波は、子猫を助けるために自動車に、ひかれそうになってたから」
「そんな漫画みたいな事が本当にあったんだ……。というか、それって実話?」
「……(コクリ) わたしが、蒼波と出会ってから、二日後のスーパーに行った帰りに蒼波は、車に引かれそうになってる子猫を見て、迷わず突っ込んだ」
「あ、何かそれ蒼波君っぽい。お金にうるさいくせに割りに合わない事を自分からやっちゃうんだよね」
蒼波君は昔からそうだった。
小学生の時は嫌々ながらもいつも私に付き合ってくれて、中学生になってなかなか会えなくなってもメールのやり取りをしてくれたり、今も私を家族として受け入れてくれてる。
「ヒーロー……とは違うね。なんて言えばいいんだろう?」
「……蒼波は、ただ、他人の為に一生懸命になってるだけだと思う。それが、子猫だとしても」
「なるほどね……ん?」
そんな風にリリサちゃんと蒼波君について話していると、噂をすれば人ごみの中で蒼波君を姿が見えた。
まだこっちには気づいてないみたいだけど、この距離なら声を出せば私達に気づくはずだ。
そう考えた私は蒼波君に向かって声を出そうとして────その場で固まってしまった。
「……嘘」
恥ずかしそうな顔しながら蒼波君におぶってもらっている女の子。
髪型は少し変わったけれど間違いなかった。
あれは────
「 ──ッ!」
私はすぐにその場から逃げ出す為に駆け出した。
誰かが私を呼ぶような声がした。
けど、聞こえない。
私には何も分からない。
どうして?
どうしてあの子がここに?
もう会わないって決めたのに。
もう見る事も思い出す事もしないって決めたのに。
分からない。
けど、私はただ逃げた。
あの時と同じように、何に後悔したのかも分からないまま、逃げ出して、何の理由で涙を流しているのかも分からないまま、逃げ出して────逃げて。
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて。
そうして────私は思った。
そうだ。
私は何でこんな事が出来たんだろう。
こんな風に誰かと笑い合うなんて────絶対に私がしちゃいけなかった事なのに。
忘れていた?
あの事を?
私が?
「あ────」
体がグラリ、と傾く。
意識が無くなり、地面に体が叩きつけられる前、私はある人の名前を思い出し、その名前を呟いた。
「な……かな…先輩……」
※
『ありがとう。おかげで助かったわ』
「いやいや、元々は僕が原因なのにお礼なんてそんな……」
無事にアパートから替えの草履をテレサさんに渡した僕はちらり、と腕時計で時間を確認した。
7時54分。
確か花火が始まるのは8時だったはずだから、もうすぐにでも二人に合流しないとまずい。
「じゃあ、僕はこれでお別れするよ。待たせてる人がいるからさ」
『用事ってそれの事だったの? 駄目よ、人を待たせちゃ。それが女の子だったら尚更ね』
「ははっ……善処します」
その事については何も言えない。
二人共、相当怒ってるだろうなぁ……。
会った時、何をされるか考えてたら寒気がした。
『人を待たせてるんだったら、早く行きなさい。私に構ってる暇なんてないでしょう?』
「分かったよ。本当に色々と迷惑かけちゃってごめんね」
しっしっ、と手を払う仕草をするテレサさんに僕は一礼した後、出店の方に走りながら由々に携帯で電話をかける。
プルルル……と耳に響くコール音がやけに長い。
変だな、と思いながら少しの間、耳に携帯を当てていると、やっと向こうから電話が繋がった音がした。
「あ、由々。僕だけど今、二人共どこにいるの?」
『……』
「由々?」
返事がない事を不思議に思った僕は由々に呼びかけるが、聞こえてくるのはガヤガヤとした祭りの喧騒だけで由々の声は一切聞こえてこない。
何かあったのかな?
少しだけ不安を感じた僕の耳に聞き覚えがある声が入ってきた。
『……蒼波ぁ……』
泣き声とも言える小さな声。
嗚咽が混じったこの声は────リリサの声だとすぐに分かった。
どうして由々の携帯でリリサが出るんだ?
リリサは何で泣いているんだろう?
その疑問に不安が高まる僕の心臓。
嫌な予感がする────そう思った僕の予想は見事に的中した。
『……由々が────いなくなっちゃった』