第十二話
「秘技!由々ちゃん☆バースト!!」
すごく痛い台詞を言いながら、両手に持ったコルク銃を撃つ由々。
当然と言うかなんというか、由々は昔、銃を使ってたとかそういう経験はないわけで、射的で狙った景品を落とすどころか当てる事すら出来なかったみたいだったけど。
「む〜! どうして当たらないの!」
さっき、近所の呉服屋で借りた緑色の浴衣を着た由々は悔しそうに喚いている。
カッコつけて両手持ちなんてやるのが悪いんだと思うけど……。
景品に一発も当たらないなんてとんだ秘技だ。
まぁ、それは置いといて……。
「由々……それ、八回目だよね……? もうやめようよ……」
何度やっても当たらない事にムキになったのか、僕の財布から札を取り出した由々によって、僕の財布がお祭り早々、大ピンチ。
このままじゃ、本当に財布を空にしかねないと思った僕は由々を諭そうとしたんだけど……。
「もう一回だけ! あと一回で当たりそうな気がする!」
と、まぁ、こんな感じで依然としてやめようとはしないようだった。
ああ……さよなら僕の諭吉さん……。
「……蒼波、次はあれを買いたい」
僕の裾をくいくいと引っ張り、食べ物をねだってくるのはピンクの可愛い浴衣を着ているリリサ。
こっちはこっちで金がかかって大変だけど……たこ焼きを頬ばって、ソースが口の周りについてる姿が可愛いからよしとしよう。
とまぁ、そんな感じでなんだかんだで祭りを楽しむ僕達。
「……にしても、人が多いなぁ」
ごみごみとした人波の中、呟く。
辺りを見ると、提灯がいたるところに飾っていて、薄暗くなった空を綺麗に照らしていた。
去年は行かなかったから分からなかったけど、思ったよりもこの祭りは結構な賑わいを見せているみたいで、夜なのに熱気が凄い。
正直、浴衣でもかなり蒸し暑い。
「こういう時は何かかき氷とか冷たいものでも……ん?」
目についたのは並んでいる出店の一つ。
『かき氷』と垂れ幕がある店の外見自体には何の問題もない。
だけど、僕は群がる客の中、せっせと氷を削り、かき氷を作ってる人に――何だか見覚えがあった。
というかあれは――
「部長、だよね……」
そこには昨日、僕に事件解決の頼みをしてきた部長の姿があった。
※
――イタズラだと始めは思っていた。
靴に入った画鋲で足を怪我をするあの人見て。
あの人を心良く思わない人が嫌がらせのためにそうしてるのだと。
その反応を見て、面白がってるのだと。
そう思ったのだった。
だけど、それは大きな間違いだったと気づいた。
ビリビリに破かれた教科書を憤慨しながら拾い集めるあの人を見て。
日々、過激になっていくイタズラ。
あの人が何回もヒステリックに叫び、頭を掻きむしっても、部活中に喚いても、友達に助けを求めても、警察に頼んでも止まらなかった。
どこからか石をぶつけられ、痛そうに頭を押さえるあの人を見て。
どんどんやつれていき、元気が無くなるあの人は見ていて、その時、気づいたのだった――
周りの友人が、家族が信じられなくなるあの人を見て。
これはイタズラなんて軽いものなんかじゃなく――明確な復讐だったのだと。
笑っていた。
ただ、おかしそうに笑っていた。
まるでその事を当たり前だと思ってるように――
※
「こんばんは、部長」
「……こんばんは」
「どもー、初めまして!」
見てしまった分、無視は出来ないので、かき氷を買うついでに三人で部長に挨拶をかわす。
「ああ、青海後輩達か。その見かけない女の子は……愛人か?」
「どこをどう見たらそう見えるんですか……由々、軽く自己紹介しなよ」
出会い頭にボケをはなってくる部長の前にニコニコと笑いながら由々が前に出てくる。
「私の名前は綾崎 由々です! 15歳の中卒でまだまだピチピチの女の子をやってます! 蒼波君とは便宜上は、従妹の関係にあたりますが、実際はそれ以上の関係ーーーーむぐっ!」
「はいはい、そこまでにしないと明日からの由々のご飯はうまん棒コンポタージュ味1本になるからねー」
「むぐっ!?」
余計な事を言い出しそうになった由々の口を手で素早く僕。
ふぅ、危ない……また部長に殴られる所だった……。
肝が冷えたよ、全く……。
「私は上神 楊花だ。で、お前達、注文があるんだろう? 何の味を頼むんだ?」
「あ、そうですね。じゃあ、メロン味を三つ」
じたばたと暴れる由々を抑えながら答える僕。
何か由々が言いたそうにしてたけど、無視する事にした。
部長が氷をかき氷機にセットしてからしばらくすると、手慣れた様子であっという間にかき氷三つが完成した。
「かき氷三つ。合計で600円だな」
「は、早いですね……」
僕がその様子を見て、感嘆の声を漏らすと、部長はニヤリ、と笑った。
「何だ? 驚いたか?」
「そもそも、ここに部長がいる事自体が不自然な感じがしますからね……。屋台でバイトなんて部長のイメージにかすりもしてませんし」
「それは青海後輩の勝手なイメージだろう。私は昔から知り合いから屋台を手伝わされてるんだ。だから、自慢じゃないがこういった事なら得意な方なんだ」
かき氷に鮮やかにシロップをかけながらそう言う部長。
部長にまさかこんなスキルがあったなんて……。
天才というのは科学と格闘スキルだけではなく、家庭的なスキルを備えてるらしい。
まさに一家に一台欲しい……いや、恐ろしいスペックだ。
僕は百円玉を六枚、部長に渡すと、出来上がったかき氷を二人に手渡した。
「むぅ……私はイチゴ味の方が良かったんだけどな……」
「奢ってもらって文句を言わないでよ……リリサはそれで良かったよね?」
「……うん、メロン、好き」
手に持ったスプーンでちまちまとかき氷を食べるリリサ。
喜んでもらえるなら何よりだ。
「上神さーん、サービスでこれ変えてもらえませんか?」
「……由々は奢ってもらっているって自覚あるの?それと、返品は普通無理だよ」
「なら、このかき氷にイチゴシロップをかけるだけでも……ああっ……」
そんなにイチゴ味がいいのか、部長に無理な事をお願いする由々を引っ張り、後ろへと寄せる。
「すいません、あんな奴で……」
困った顔をしていた部長に頭を下げる僕。
「いや、気にしなくていい。……お前も大変だな」
「まさか部長に同情されるとは思いませんでしたけど……ありがとうございます」
哀れんでいるような目が今は心に深く染みる……。
「それじゃ、あんまり長くいるのも邪魔になるみたいですから僕達はこれで失礼します」
「ああ、学校が開放されたらまた部活でな」
「はい、その時は顔を出させてもらいますよ。じゃ、二人共、いくよ」
かき氷を手に入れて、満足しているリリサと未だに不満気な顔している由々を連れて、僕はその場を後にした。