明日の新聞
研究室は、コンピュータと電子機器でごったがえしており、それらが出す電子音のみが静かに響いていた。
その中でメガネをかけた男が一人、ワーキングチェアの背もたれにぐっと寄りかかり、タバコをふかしている。
「いや、まったく参ったものだ。本当に参った」
と、部屋に入ってきたヒゲの男がそうぼやく。
「なにが参ったというのだい?」
「僕の研究についてなんだが中々うまくいかなくてね」
そういって、ヒゲの男が片手に持った新聞を掲げてみせた。
彼はタイムマシン研究の第一人者である。日夜研究を続け、最近では極軽量の物質の時空間転移にも成功したと聞いている。
「その新聞が、なんだっていうんだい?」
「これは明日の新聞なんだ」
メガネの男はピンときた。だが同時に釈然としない気持ちになった。
「ほう、君は実験によってその明日の新聞とやらを手に入れたのかね? だがどうして参ったというのか、私にはそれが分からない」
「これが参らずにいられるものか。これにはこれから起こることが書いてある。それを知ってしまうことは、とても罪深いことだ」
「タイムマシン理論を研究している君の発言とは思えないな」
「僕は過去の歴史を知るために研究しているのであって、未来を知りたいわけではないのだ。だから僕にとって未来への干渉は実験失敗と同意義であり、それはまた罪でもある」
ヒゲは残念そうに肩を落とし、自分のデスクの引き出しからライターを取り出した。
メガネが慌てて、
「おい、そんな物持ち出してどうするつもりだい?」
「もちろん燃やすつもりさ。こんなもの、あってはならないのだから」
「それをどうするかは君次第だが、その前に、私に少しそれを見せてもらえないだろうか?」
「だから言っただろう。未来を知ることは罪だと」
「そこをなんとか、実は私は好きなアイドルグループがいてね。それの記事が明日の新聞に載っているはずなのだ。それだけでもいいから見せてもらえないだろうか。なに、たかがアイドルの記事、私一人が少し早く知ったところでどうということはないだろう」
メガネには考えがあった。
宇宙船レースというものがある。これは毎日行われていて、全宇宙で絶大な人気を博している。もちろんそれは賭けの対象となっており、一攫千金も夢ではない。
そのレース結果はあらゆるメディアに流れる。昨今の情報媒体としてはマイナーな部類に入るが、新聞においても例外ではなく、毎朝一面にて掲載されている。
つまるところ、今ヒゲが持っている新聞は、金塊の山に匹敵する価値があるのだった。
幸い、賭け事含め、そういう金銭感覚に疎いヒゲは、そのことに気づいていないようだった。
長年職場を共にしているメガネには、その確信があった。
だがしかし、しつこくお願いしても、中々首を縦に振らないヒゲに、メガネは業を煮やす。
「君は未来をしることは罪だ、という。そして私にその新聞を見せるのを拒否する。しかしこれには矛盾がある」
ヒゲは不思議そうに首を傾げる。
「君はそれが明日の新聞だということを知っているね? それはどうやって知ったのだい?」
「それはもちろん、日付をみたからだ。明日の日付になっている。いや、もしかして君は僕が作り物の新聞で自作自演をしてると疑っているのかい?」
「いやそうではない。君はその新聞の日付をみたからこそ、それが明日の新聞と知りえたわけだ。そうだろう?」
いかにも、と返事するが、ヒゲはまだ釈然としない。
「君はその新聞を見た。その事実には変わりない。その君が、自分だけその新聞を見ておいて、私にその新聞を見るな、という資格はあるのだろうか?」
「しかし日付だけ見るのと、中身を見るのとでは全く重みが違うのではないか?」
反論するも、ヒゲは少し苦しそうである。
「では君はこういうのかい? 女子更衣室を覘いておいて、私はうなじしか見ていないから問題ない、と。未来を知ること自体が罪であると君がいうのならば、その新聞が未来のものであるということを知った時点で、君も同罪なのではないか? そして本当に君は日付だけしか見ていないのかい? 表紙の記事の見出しが、ふと視線をかすめたこともないといえるのかい?」
言うや、ヒゲは完全にぐぅの音も出なくなった。
「全く、君に口では勝てないな」
観念して、ヒゲは新聞を差し出した。
「だが本当にそのアイドルの記事だけだぞ。その他はだめだ。約束してくれ」
もちろんだとも、もちろんだとも、とメガネはまんまと新聞を受け取った。が、すぐに肩を落とした。
夕刊であった。
初めてこのサイトを利用させて頂きます。いずれ長編にも挑戦してみたいと思っていますが、まずは短いお話をコツコツと投稿していく予定です。
SFやファンタジー要素があるお話、ちょっとクスっと笑ってしまう話や、ほんわかと泣ける話などが好きなので、そういうお話を書いていきたいと思います。皆様のほんのちょっとしたお暇潰しにでもなれば幸いです。