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第五幕 Aパート

 

 左の道へ入ってみた。


「煙草、煙草……」

 しばらく歩いてみたが、相変わらず自販機は見つからない。

 ふと戻れるだろうか、と心配になるが、それほど複雑な道ではなかったため、すぐに帰ることはできそうだ。

 横手に見えた角を曲る。

 するとそこには、小さな古い楽器屋が建っていた。

 商店街の道の造りに合わせたのか、こちらも赤いレンガが入り口を為している。

 店の名前は『a capriccioア・カプリッチォ』――イタリア語で『自由に』という意味の音楽用語である。

「入ってみるか……」

 気の向くままに、ドアの取っ手を握ってぐっと押す。

 ガラス張りのドア、その上に据えられた呼び鈴が、カラカラと鳴った。

 中は、外面よりもずっと小奇麗だった。板張りの床と黒いかしの柱が、歴史を窺わせる。

 流行のエレキから、クラシックのギター。トランペットやフルート、サックスや篳篥ひちりきといった管楽器。マリンバやティンパニのような打楽器まで、様々な楽器が狭い店内に整然と並べられている。

 そしてその奥、ガラスケースの中に、まるで絵画か彫刻を飾るかのように、美しく艶やかな光を放つバイオリンが立てかけてあった。

「……」

 思わず、息を呑む。それほどに、このバイオリンは妖艶な輝きを持っていた。

「気に入ったかね?」

「うをっ!」

 と、耳のすぐ傍で、しゃがれた声が響いた。

 この店の主人だろうか。驚いて飛び退くと、一人の老人が立っていた。

「随分と見入っていたようじゃが」

 老人は、深く刻まれた皺に沿ってニヤリと笑む。

 白髪混じり……もとい、量の少ない白髪そのものの頭に赤い野球帽を被り、赤い半纏はんてんに黒いモンペのようなズボンを履いて、おまけに年代物のパイプまで咥えている。

 いかにも胡散臭い。

 この爺さん、ひょっとするとこの店よりも古いんじゃないか?


 俺は激しく動悸どうきのする胸を押さえて(怒りを鎮める意味も込めて)、二、三回深く息をつく。それでやっと呼吸が整った。

「いきなり耳元で話しかけるんじゃない……」

「いや、すまんすまん。久しぶりの客じゃったから、ついからかってやりたくなった」

 そんなことをしてるから、客足が遠のくんじゃないのか……?

「ところでお前さん、見ない顔じゃのう」

「今さっき、この町に来たところだからな」

「旅行か何かかの?」

「そんなところだ……」

 ジジイ(こんなヤツ、ジジイで十分だ)は、パイプでぷかぷかと煙の輪っかを作りながら、「よくまぁ、こんな何もないところに……」などとブツクサ呟き、宙を仰ぐ。

 その視線が俺から外れたのを見て、俺はこっそりと店を出て行――

「ところで!」

 ――こうとして、再び耳元で声を掛けられた。しかも今度は、大声で。唾液のおまけも付いた。

「だから耳元で話しかけるなと言ってるだろ!」

「随分と見入っていたようじゃが、このバイオリンが気に入ったのか?」

 さっきも同じことを言っていたぞ……

 そう言ってやると、ジジイは、

「じゃが、その答えは聞いておらん」

 と、そっけなく答え(やがっ)た。

 ボケてるわけじゃあないらしいな。面倒だが、正直に吐かないと帰れなさそうだ。

「見入ってはいたが…… 気に入ったかどうかは別だな」

「そうか……」

 するとジジイは、急にしおらしくなって、独り言のように呟き出した。

「これは、ワシが若い頃に作ったものでな。今もこうして飾っているのだが、お前さんのように、足を止めてまで見てくれる者はなくてのぉ…… 最近は皆、やかましい音を出す物ばかりを欲しがるわい」

 そう言うと、急にまたニヤリと笑い、「時代なのかの」と続けた。

 俺も電気的な音でガリガリと鳴らす音楽はあまり好きではなかったが、このジジイはそれも楽器、音楽の一つだと、否定はしていないようだ(無論、俺もそうだが)。

 心底、音楽が好きなのだろう。少しだけ、親近感が沸いた。

「お前さんも、音楽をやるのか?」

 ジジイがパイプをふかしながら、尋ねてくる。

 そういえば、煙草の煙は楽器に良くないと思うんだが…… まぁ、空調がしっかりしているのだろう、ということで納得する。

「ああ。バイオリンを少しな」

「ほう、お前さんもバイオリンか。奇遇じゃの」

 ジジイが嬉しそうに笑う。久しぶりの仲間を見つけた、というところか。

 いつの間にか、先ほどの偏屈へんくつさも消えていた。

「ちゃんと手入れはしておるか?」

「まぁ、多少は、な。旅の身では限界があるが……」

「ならば今度、持ってきなさい。特別に、格安で請け負ってやろう」

 前言撤回。

「手入れくらい、タダでやってくれ」

「バカこくでねーわい。こっちもコレで飯を食っとるんじゃ」

 やっぱり偏屈ジジイだ、こいつは。

「気が向いたらな……」

 俺は、溜め息を吐きつつ出口へ向かいつつ、上着のポケットをまさぐった。そこに煙草の箱はなかった。思わず、ちっ、と舌を鳴らす。

 すると、それを聞き取ったのか、

「煙草なら、正面の角を曲って少し行った所に売っとるぞ〜」

 と、ジジイが後ろから声を掛けてくれた。

 耳元で囁かれなくて良かった。


 俺は出口の扉を開けると……




【選択】

 後ろ手を上げて、そのまま店を後にした。  ―→ 第六幕へ

 まぁ、一応は礼をしておくか……      ―→ 星野 輝琉ルート#1へ


いかがだったでしょうか?

 このように時々、分岐して話が進んでいきます。混乱してしまうかもしれませんが、どうぞお許しください。

 ちなみに、次回の分岐”???”は……

 お楽しみに♪

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