第三幕
ただの荷物でしかない、走行能力を失った二輪車を引き摺りながら歩く。
この町は土地が余っているのか、幸い、道は随分と広かった。
都会ならば二車線は当然、場所によってはムリヤリ三車線にされていそうなくらいの、余裕たっぷりの車道。
歩道も大きな街路樹が植えられているにも関わらず、なお四、五人は横に並んで歩けそうなほど大きい。
おかげで車はおろか、すれ違う人にも気を遣わなくて済んでいた。
歩くこと数分、のんびりと歩いていた蒼香が、道の真ん中にも関わらず急に立ち止まって、思い出したようにぽんと手を叩く。
「あ、そうだ。お買い物しなくちゃ」
「買い物?」
「うん。冷蔵庫の中、あんまり残ってなかったと思うから」
そう言ってくるりと回ると、蒼香は楽しそうに微笑んだ。
「そんなに気を遣わなくていいぞ」
と、それに口先だけで応えてみる。本音と建前は別にしても、俺にだって、このくらいの“社交辞令”を言う心得はある。
が、それよりも何よりも、俺には早く辿り着きたい理由があった。
しかし蒼香は、「でも」と言って、やっぱり笑う。
「せっかくお兄ちゃんが来てくれるんだし、やっぱり商店街に寄って行こうよ」
“お兄ちゃん”というのは、俺につけられた“あだ名”なんだろうか。
なんだか無性にこそばゆくて仕方がないが…… まぁ、気にしないでおこう。
「いいけど…… その商店街は、ここからどれくらいなんだ?」
尋ねてみる。
「歩いて三十分くらいかな?」
「さ、さんじゅ……?」
その答えを聞いて、俺は愕然となった。
この町のことは全くわからないため、俺は蒼香について行くしかないが、その蒼香はというと、あっちでキョロキョロ、こっちでキョロキョロして、何ともゆっくりとした足取りである。
亀の歩みと等しい。
「なら、少し急がないか?」
俺はここぞとばかりに促した。
何しろ俺は今、バイクを押して歩いているのだ。こんなペースで歩かれたのではたまったもんじゃない。
自慢じゃないが、このバイクはデカイ。ゆえに重い。
本来、押していくべきものじゃないコレに、蒼香は自転車と変わらないような感覚を持っているのかもしれないが、はっきり言って辛いのだ。
早々に何とかしたかった。
「もうじき、日も暮れるしな」
「う〜ん、そうだね。じゃあ少し急ごっか」
蒼香はそう言うと、大げさなほどに大股で歩き始めた。それにつられて、腕の振りも大きくなる。
それが運動会で行進でもしているかのようで、どこか可愛らしい。
「はぁ……」
だが俺には、それに微笑みかけるほどの余裕はなかった。これみよがしに溜め息を吐いて見せる。
が、蒼香は全く揺るがない。
蒼香に聞こえないように毒づいて、重い鉄塊を引き回す。
「くそっ……」
また、溜め息が漏れた。