第一幕
――――!!
擬音ではとても表せないような大きな音。
強いて言うなら、夜空に上がる花火の音に似ている。
ただ違うのは、ひゅう〜、という音が頭上から“近づいて”きて、どん、という音が体中を駆け巡る感じだ。
そして、花火ならばやや遅れてやってくる空気の波を何倍にも増幅したようなものすごい衝撃が、音と同時に全身を揺さぶる。
「「痛たたたた……」」
どういうわけかはわからないが、上から降ってきたのは大きな“尻”。
それと地面との間で、夢の世界に旅立ってしまいそうな意識を、首を振って無理矢理に現実に引き戻す。
「あ〜、生きてる…… 俺、生きてる……」
「あれ、生きてる? わたし生きてる……?」
俺が生命の素晴らしさに触れていると、それを侮辱するような“何気ない”声が背中から聞こえてきた。
ちなみに、これは比喩的な表現ではない。体が触れ合っているためか、本当に体中に響いてくるように聞こえたのだ。
“上”の奴もどうやら生きている事を実感しているらしい。そこに篭めらた感情が”喜”なのか”哀”なのかは知らんが、とりあえず一つ、言えることがあった。
重い!
「おい、感想は後にして、動けるんならどいてくれないか?」
できるだけ不機嫌さを声にしないよう、訴える。
「あ……ごめんなさい」
その時になって、少女は俺が下にいることに気付いたかのように、そそくさと尻をどかした。
俺はようやく自由になった身体を起き上がらせると、さっと自分の全身を見渡す。
かすり傷はいくつかあるが、大した事はなさそうだ。腕も動くし足も動く。バイオリンも無事。代わりにといっては何だが、“ズボン君”が重症だ。
いい奴だったんだけどな……
少女の方も大した怪我はないようだった。俯きがちに「また失敗しちゃった」などと、何か呟いている。
「で、キミはどこから来たんだ? お空にお城があって、そこから逃げてきた、とか?」
とりあえず、互いに大事無いことを確認すると、俺は事態の把握も兼ねて少女に尋ねてみた。素直な言い方ができないのは、俺にデフォルト備わっている属性だ。
「違うよ。わたしが来たのは○○町の……」
俺の問いかけに具体的な家の場所を説明し始めた彼女。
激しく脱力する…… まさか皮肉を素で返されるとはね……
「そうじゃない! どうして上から降ってきたのかを聞いてるんだ」
「ああ、そっちか。それはね、あそこから飛んだから」
そう言って少女は頭上のマンションの四階にある通路を指差した。それは結構高くて、この程度の怪我で済んでいるのが不思議なくらいだった。
「飛んだって…… まさかキミは背中に羽根があって空を飛べちゃったりするのか?」
「んむぅ〜、そんなわけないじゃん」
「んじゃ、自殺でもしようとしてたってのか?」
「うん、そう」
は? いや、冗談のつもりで言ったんだが…… マジ?
「でも、失敗しちゃった。てへへ……」
普通は運が良かった、というべきなのだろうが、生憎と自殺志願者の心境など理解できようはずもない。
だから俺は、呆れ半分のまま、適当に相槌を打っておくことにした。正直これ以上、こんな変なヤツに関わっていたくない。
「今度からは、下を確認してから飛ぶんだな」
「うん。そうするよ」
少女は屈託なく笑って見せた。
その笑顔は、自ら命を絶とうとするバカな輩とは程遠い、安らぎに満ちたものだった。
だからこそ、自ら命を絶とうとするバカな輩には到底見えない、可愛らしい少女だと言えた。
そんな少女が、なぜ自殺を望むのか、少しだけ興味が湧いた。興味の赴くままに、尋ねてみる。
「で、なんで死のうなんて考えたんだ?」
「……」
少女はちょっとだけ躊躇いを見せてくるり背中を向け、空を見上げながら言った。
「アレに、なりたかったから……」
「アレ?」
「うん、“空”」
「へぇ、“落ちれば”空になれるのか…… そいつは初めて聞く宗教だな」
俺は胸のポケットから煙草をつまみ出して、火を点けた。
この煙のように、普通ならば“昇る”という発想の方が、空には近づけるような気がする。
だが返ってきた答えは、その予想を越えていた。
「そうすれば、“飛べる”ようになるはずだから……」
ますます聞いたことのない哲学である。
一度転落を経験すれば、人間飛べるようになるとでも言うのだろうか、こいつは。それなら、蝋の翼で太陽に近づいた男は、きっと空になっていることだろう。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「そうか……」
俺はやっぱり、適当に相槌を打って煙を吐き出した。
いかがでしたでしょうか?
まだまだ序盤も序盤ですが、応援いただけると嬉しいです。