第七幕
「到〜着〜! ここが私のお家だよ」
蒼香がバスガイドよろしく、左手を大きく横に突き出して、『右手をご覧下さい』ポーズを取る。
差し出された手の先には、いささか古風で、小さな日本家屋が建っていた。
「や、やっと着いたのか…… 疲れた……」
ようやく荷物を降ろせる。
もうあれから、何度『もう少し』と聞いたかしれない。というか、『いつになったら』、『もう少し』の会話しかしていないような気がする。
「ただいま〜」
蒼香が門扉を開けて中へ入っていく。
っていうかおい、荷物運ぶの手伝え!
俺に四つ全部を家の中まで運ばせる気か?
と、言ったところで立ち止まりそうにないので、仕方なくバイクを引いて蒼香についていく。
門を潜ると、小さいながら庭付きの家であることがわかった。
庭先の縁側は誰の趣味だろう?
丸くなる猫を隣に、のんびりと茶でも啜るのは気持ち良さそうだ。
秋も深まってきた今の時期では、寒くて仕方ないだろうが。
整えられたこの庭にバイクを入れるのも無粋なので、少し狭いが玄関前にバイクを止めることにした。
蒼香がそれに合わせるように、玄関の扉を開く。
「ただいま〜」
「ああ、おかえり蒼香」
と、間髪入れずに返事をしたのは、なんと中年の男。
「今日は随分と遅かったね」
「ちょっと、ね。あはは……」
やりとりから察するに――蒼香の父親だろう。
「す、すぐご飯の用意するからね、お父さん」
ほらね…… ああ、なんとなく気まずい。
愛娘が男を連れて帰ってきた。
しかも、帰りはいつもより“随分と”遅いらしい。
この状況をあの“父親”という生物は、どう捉えるのだろうか。
「おや、そちらの方はどなたかな?」
そーら、来た…… さて、どうしたものか。
「あ、ええと…… この人は、“天城 空”さん。ちょっと迷惑をかけちゃって……」
と、俺の助け舟となったのは、隣に立つ蒼香だった。
そう切り出すと、彼女は俯きがちに言葉を紡ぐ。
「そのお詫びに、夕ご飯に招待したの。いい、よね?」
「“空”……!? ふむ……」
蒼香の父親は、眼鏡の向こうの瞳を細めて、じっとこちらを見る。
娘が連れてきた男に興味津々なのか、あるいは品定めでもしているのか。
年の頃は四十代と言ったところか。
線の細い、スラリとした体躯。ややこけた頬に髭はなく、髪もさっぱりと短くまとめられて、清潔感が漂っている。
家の様式に揃えているのか、落ち着いた和装がよく似合っていた。
多分、庭先の縁側はこの人の趣味だろう。
どうでもいいけど、あの眼鏡、高そうだな……
「うん、いいよ」
と、不意に眼鏡の奥の瞳が笑顔のそれに変わった。
とても優しい声で、彼は “俺たち”を迎える。
「おかえりなさい。そんなにたくさんの荷物じゃあ、疲れただろう? 早く上がりなさい」
「うん。お父さん、ただいま」
蒼香が大きく頷いて、靴を脱ぐ。父親に許可されたのがそんなに嬉しかったのか、こちらも笑顔満開だ。父親のものとはどこか質が違うように見えるが。
「あ…… えっ、と……」
蒼香が家に入っていくのを見送って、一人残された俺は抱えた荷物の重さも忘れ、困惑に目が泳ぐ。
やがて正面に立つ和装の男の瞳に泳ぎ着くと、
「おかえりなさい」
やはり、笑顔で父親は言う。
その大きいと思えてしまう優しさに、分も忘れて思わず、答えてしまった。
「ただいま」
父の笑顔が、より深まっていた。
いかがだったでしょうか?
家に行くなんてそっくりですよね、すいません。
どうぞご容赦下さい。