星野 輝琉ルート#2
遅くなりました。大変申し訳ありません。
楽しんでいただければ幸いですが……
これは『星野 輝琉ルート#1』の続きとなります。そちらへ進んだ方は、第六幕を読む前にこちらをお読み下さい。
「さて、それじゃあ――」
と、少女の一声で唐突に自己紹介が始まる。
別に俺は、“店員さん”と“お客さん”で構わないのだが、何故だかこの場は、そういう流れになってしまっていた。
場の雰囲気というのは、かくも恐ろしいものなのか……
「俺は、天城 空だ――」
――よろしくな、と言いかけてやめる。
俺は旅の身。別によろしくしてもらう必要がない。
人懐っこい彼女のことだ。そうしてしまえば“赤の他人”から“知り合い”さえも通り越して、あっという間に“友達”にまで昇華されてしまうだろう。
必要以上の人付き合い、人間関係を築くのはを好ましくない――
――のだが…… どうやら、そうもいかなくなってしまったみたいだな。
「私の名前は輝琉――星野 輝琉よ」
「よ」のところで、輝琉と名乗った少女はパチリと片目を閉じた。ウインクというやつだ。
どうにも、俺は気に入られてしまったらしい。
年上だろうか。その仕草も、整った顔立ちも、可愛いというよりは凛々しく見えた。
ジジイと違って印象が良い。
「ワシの名前は星野 稜眩よ」
「やめろジジイ、気色悪い!」
ジジイが少女と同じ仕草をする。
彫りの深い皺だらけの顔でウインク…… しかも微妙に裏声を出しているからますます気持ちが悪い。
「なんじゃ、洒落のわからん奴め……」
そう言ってジジイが頬を膨らませる。
ぷっくりと膨れたそれは、メロンパンのようで…… って、ダメだ。どう取り繕っても気持ち悪い!
頼むから本当にやめて欲しい。吐き気がする……
祈りが通じたのか、ジジイは渋々といった感じで、元通りの偏屈な顔に戻る。
「もう、おじいちゃん、お客さんをからかわないの」
輝琉が諭すように言った。
ん、待て。
そういえばさっきは何とな〜く聞き流してしまったが、今「おじいちゃん」って聞こえなかったか?
「おじいちゃんがそんなんだから、お客が減っちゃうのよ」
やっぱり「おじいちゃん」って言った……
ってことは、まさか……
「二人は、家族?」
恐る恐る、尋ねてみた。すると輝琉は平然と、
「ええ、そうよ」
ずさっ!
思わず後ずさる。
そうして二人を同時に視界に収め、見比べた。
……悪いがはっきり言って、これっぽっちも似てない。まったくちっとも全然サッパリ似ていない。
『月とスッポン』なんて喩えさえも、侮辱の気がする。
もちろん、スッポンに。
「あ〜、ジョーク?」
確認というよりはお願いのように。
だが、二人は全くの同じ仕草で互いを指し合い、
「私のおじいちゃん」
「ワシの孫」
何故だろう、急に眩暈がしてきたぞ……
だが何故だろう、妙に納得もできてしまう……
外見が全く似ていないから、サギだと叫びたくなるが、よくよく考えてみると、中身は通じるところがある。
人懐っこいというか、敷居が低いというか。
傍若無人というか、天真爛漫というか。
いや、最後の表現はジジイには使いたくないものだな……
何というか、そういった“心の壁”みたいなものをあまり感じさせない、親近感のようなものを二人とも持っている。
「で、空は何しに来たの?」
あ、ほら。いきなり呼び捨てるこんなところが。
輝琉はしれっとした顔で話し掛けてくる。
もう完璧に“友達付き合い”の感覚だよ、コレは。まだ知り合って十分も経ってないというのに、呼び捨て。
これを“無礼”ととられれば、「別に何しに来てたって、こっちの勝手だろ!」と文句を言いたくなる奴も出てくるだろう。客足も遠のくはずだ。
とはいえ、俺にとってはむしろ、ありがたいものだった。
妙に敬語を使われるよりずっと気が楽だ。向こうがそのつもりなら、こっちも敬語を使ってやる必要はないし、それで文句を言われることもなかろう。
「帰るところだ」
というわけで、何を憚ることもなく、はっきりと答えてやる、俺。
いや、実際帰ろうとしてたところだし?
「へ? 楽器、見に来たとかじゃないの?」
言いつつ、輝琉はジジイの方を見て、視線だけで問い掛ける。
そうしてジジイは、
「ああ。こやつはな…… ワシに逢いにきてくれたんじゃ!」
「たまたま通りかかったんで、店内を覗かせてもらっただけだ。俺も少しばかり音楽をかじってるんでな」
「見え透いたウソをつくんじゃない、ジジイ……」とか言ってやろうと思ったが、なんだかもう、いちいちツッコミを入れてたら負けのような気がするので、冷静――もうジジイの発言を無視するくらい――に返答する。
ありがたいことに輝琉も、「あ、そうなんだ」と言って、ジジイではなく俺の言葉に応じてくれた。
「何の楽器をやってるの、空は?」
「バイオリンだ」
「へぇ、そうなんだ! 調子はどう?」
少し前にも、同じようなことを聞かれたな……
さてしかし、この問いかけはどちらだろう。
少し思案して、どちらとも取れる答えを返す。
「ぼちぼちだな。最近はあまりしていないから、どうなっているか」
「そっか。じゃあ今度ウチに持ってきて。手入れしてあげる」
やっぱりバイオリン本体の方だったか。まぁ楽器屋なんだから当然だろうが、俺の“腕”について訊かれていたような気もする。
どちらにしたって、大した腕じゃないし、答えは同じなんだが。
まぁ、せっかく手入れをしてくれると言うんだ。次に来るときには頼むのもいいかもしれない。
なんてことを考えていたら、輝琉は、
「格安で!」
ああもう、お前らは血縁者だよ、本当。
少し前の会話をまんまなぞりやがって……
俺は思いっきり溜め息を吐いて、くるりと踵を返した。
「気が向いたらな……」
やっぱり少し前の会話をなぞって、俺は出口の扉を開け、後ろ手を上げてそのまま店を後にした。
【第六幕へ】
いかがでしたでしょうか?
ようやく名を明かせました本作品もう一人のヒロイン、“星野 輝琉”。
作中にあるように、天真爛漫に描ければいいのですが…… 何はともあれ、頑張ります。