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英雄

さて。 そうこうしている間に、なかなか抜け出すタイミングが見つからず、かれこれさらに一週間が経過してしまった。


一体、どうしたものだろう。


俺の狩りの腕は留まることを知らず、今では一日の平均狩猟数が20匹(ダンプカー20台分)で安定してしまっている。 それに比例して、集落の連中からのチヤホヤぶりも加速していく。


腕が上がる。食糧事情が良くなる。感謝される。さらに期待に応えようとする。 この完璧な「好循環(俺にとっては悪循環)」のせいで、泥沼から抜け出せなくなっているのだ。


いっそ、狩りの最中に事故死したことにして、別の姿で逃げようかとも考えた。 だが、この近くには、怪力無双のバインドスネーク(俺)が負けそうな魔物など、「紫の厄災(毒イノシシ)」ぐらいしかいない。 流石に、「ブラックバッファローごときに後れを取って死んだ」というのは、この集落の英雄としてのメンツに関わるし……。


……ん?


俺は、いつから、この集落のメンツが落ちることを「ダメだ」と考えていたんだ?


俺は、ただの余所者だ。 たまたまこの姿に変身して、嘘をついて潜り込んだだけの、偽りの同族。 こいつらがどうなろうと、俺には関係ないじゃないか。


……よし。そうしよう。 明日、狩りに出たまま、別の姿になって遠くへ逃げよう。


それを決断したとき。 蛇の無駄に細長い体の胸、いや、心臓があるあたりの尻尾に、ぽっかりと穴が空いたような、奇妙な空虚感を覚えた。


 *


翌朝。


「今日も頼んだぞ、英雄!」 「いってらっしゃーい!」


そうして、今日も熱狂的な歓声と期待に包まれながら、俺は手を振って、いや、「尻尾を振って」、集落を出ていく。


沼地を抜け、森の中へ。 どんどん歩く。いや、引きずっていく。


……やはり、俺の中身(精神)は、人間だ。 手足がなく、地面を這いずり回る「蛇」という完璧に異なる生物を、心から愛することはできない。


集落が見えなくなるまで進んだ。 もう、誰も追っては来ないだろう。


ここで変身すれば、完全に逃げられる。


……いや、本当にいいのか?


ここの集落は、訳も分からず異世界に魔物として転生し、孤独と恐怖に明け暮れていた俺を、温かく受け入れてくれた唯一の場所だ。 偽りとはいえ、「故郷」と呼べる場所だった。


それを、何も言わずに捨てていいのか?


どうする? お前は、どうする?


自問自答を繰り返していた、その時。


ズドォォォン……。


あの、最悪の地響きがした。


ズドォォォン……。


毛穴という毛穴から、嫌な汗がどっと吹き出した。 振動の方向は、集落の方角。


(あぁ、最悪だ……)


あの、「紫の厄災」が。 俺が最も恐れる化け物が、ちょうど集落の近くを通りかかったのだ。


(……いや、待て。最悪ではない。最高だ)


これは、チャンスだ。 あの化け物が集落を襲えば、みんなパニックになる。その隙に、俺は誰にも気づかれずに逃げることができる。


そうだ、逃げてしまえ。 あんな規格外の怪物に、勝てるはずがない。 関わったら死ぬだけだ。


お前は、どうする? 生きるために逃げるか、それとも……。


そう自分に問いかけた時。 俺の体は、思考よりも先に答えを出していた。


【変身:ホワイトホース】


ボシュッ! 俺の体は、瞬時に手持ちの中で最速の「ホワイトホース(豚)」へと変化した。


俺は、踵を返した。 今出せる最高の速度で、来た道を集落へと駆け戻る。


彼らの、無事を願いながら。


 *


ズドォォォン!!


「シャァァァッ!!」


「シャァァ、アァァァッ……!!」


集落は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。 泥の家は踏み潰され、逃げ惑う蛇たちが紫の毒液に焼かれている。


俺は豚の姿だ。もう、蛇の言語テレパシーは分からない。 だが、悲鳴だけは痛いほど伝わってくる。


その中心で。 今まさに、長が、巨大な蹄に踏み潰されようとしていた。


(間に合えッ!!)


俺は、走りながら変身する。 今持てる、最強の防御力を持つ姿へ。


【変身:ラージ・エレファント】


ドォォォン!!


この三ヶ月の間に、少し遠出して入手した「象」の巨体。 俺は、その長い鼻と巨大な体で、長を庇うように覆いかぶさった。


バギャァァッ!!


衝撃。 鼻の骨が砕け、背中の肉が弾け飛ぶ。 それでも、痛みはない。この体の特性に感謝だ。


俺は、腰を抜かして震えている長の前に、ひしゃげた鼻を突き出した。


「パォォォォン!!(逃げろ!!)」


俺は、精一杯の威嚇の声を上げた。 長は、信じられないような目で巨大な象(俺)を見上げた後、我に返ったように尻尾を引きずって、他の蛇たちと共に逃げていった。


よし。 避難は完了だ。


「パォォーーーーーーーーンッ!!」


俺は、再び咆哮した。 さあ、あとはお前を倒すだけだ、化け物。


今持てる、最強の攻撃力で挑む。


【変身:ブラックタイガー】


ボシュッ! 巨体が収縮し、しなやかな虎の姿へ。


俺は、紫の巨体に飛びかかり、その分厚い皮膚に爪を立てた。


ガギィィィッ!


硬い。 まるで人間が素手で東京タワーを殴りつけているようだ。 爪が通らない。傷一つ付かない。


それでも、俺は攻撃をやめない。 何度も。何度も。 爪が割れ、牙が折れても、喰らいつく。


「ブモォォォォーーーーーーーーーーッ!!」


化け物が、鬱陶しそうに咆哮した。 そして、巨大な足が俺を踏み潰そうと迫る。


(……あぁ、やはり、この体が一番使いやすい)


俺は、直感で変身を選択した。


【変身:バインドスネーク】


シュルリ。 虎の体が細長いロープへと変化し、踏みつけを紙一重で回避する。


そして、そのまま紫の巨体へと取り付いた。


ジュゥゥゥ……。 触れた場所から、腐食性の毒液が俺の体を焼いていく。皮膚が溶け、肉が爛れる。 だが、痛みはほぼない。


この体が動く限り、俺は止まらない。


この三ヶ月間、毎日毎日、朝から晩まで使い倒してきたこの体。 その特性、動き、筋肉の使い方は、完全に把握している。


俺は毒に侵されながらも、紫の山を登っていく。


「ブモォォォォーーーーーーーッ!!」


化け物が、俺を振り落とそうと暴れ回る。 右へ、左へ、前へ、後ろへ。予測不能な暴走。


だが、俺の人間としての知能と、この体の本能が、全ての動きに対応する。


右。左。前。左。左後。右前。後。前。右前。


振り落とされない。 俺は、着実に目的地へと進んでいく。 この化け物の体で、唯一、俺の牙が通りそうな場所――「柔らかい耳」に向かって。


「ブモォォォォ!! ブモォォォォーーーーーーーーーーーーーッ!!」


こいつは、どこまでも化け物だ。 俺が耳を狙っていることに気づいたのか、なんと、自ら地面に倒れ込み、その巨体と重力で俺を押し潰そうとしてきた。


ドシャァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!


天地が逆転する。 俺の体が、地面と紫の巨体に挟まれ、限界まで圧縮される。


だがなぁ。


俺は、あの日お前を見てから、ずっと対策を考えてきたんだよ。


俺は、バインドスネークの長所、ダンプカーすら持ち上げる「圧倒的怪力」を使い、地面をバネにして、高く、高くジャンプした。


潰される寸前、俺の体は砲弾のように射出された。


届け。 耳に向かって、一直線に。


「シャァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


俺は、蛇の雄叫びを上げて、その耳へと飛び込んだ。


「ブモォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


……あぁ。 届かない。


あと数センチ。 なのに、その数センチが、永遠のように遠い。


重力が、俺の体を地面へと引き戻そうとする。 絶望感が、俺の心を支配しかけた。


だが、一縷の望みに懸けて。 俺は、口を限界まで開き、牙を目一杯伸ばした。


その時、気づいた。


牙の先端に、何か硬い感触があることに。


これは……。 この前、狩りの功績を称えて長がプレゼントしてくれた、「ブラックタイガーの牙で作ったつけアクセサリー」だ。


へぇ。 変身したら、身に着けていた装備品まで再現するのか。


そのつけ牙が、もともとの長い毒牙と合わさり、ほんの数ミリだけ、射程が伸びた。


プツッ。


ほんの少し。 耳のさきっちょを、傷つけただけだ。


だが、俺にとっては、それで十分だった。


俺は地面に叩きつけられる前に、その傷口に食らいつき、肉片を食いちぎった。


ごくん。 飲み込む。


脳内で、ファンファーレが鳴り響く。


【アンロック:パープルポイズンオーク】


選択。


【選択:パープルポイズンオーク】


『これに、変身しますか?』


――YES!!


ボシュゥゥゥゥン!!


俺の体が、爆発的に膨張した。 視界が高くなる。全身が、異様な高揚感と万能感に包まれる。


俺は、紫の巨体――「パープルポイズンオーク」に変身した。


ズドォォォン!!


俺は、まだ地面に寝転がっている「元・化け物」を、遠慮なく踏みつけた。 今度は、俺の方がデカい。


「ブモッ……!?」


敵が、信じられないような目で俺を見上げた。


そして、そいつは、俺が同族になったために、理解できる言葉で、いった。


「お前……あの、伝説の『シェイプシフター』かよ……」


……へぇ。 喋れるのか、お前。


だが、もう遅い。


「ブモォォォォーーーーーーーッ!!」


俺は、咆哮と共に、そいつを徹底的に叩きのめした。


息の根を、少しも残さずに。 この森の新たな王が誰なのかを、その体に刻み込むように。


徹底的に。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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