蛇の群れ
あの「毒イノシシ」の脅威が過ぎ去った後。
俺はすっかり腰が抜けてしまい、震える足でたどたどしく反対方向へと逃げていた。 しばらく進むと、湿地帯のような沼に出た。
そこで、俺は異様な光景を目にした。
「……うわ」
蛇だ。 それも、ただの蛇じゃない。 全長10メートルはあろうかという巨大な蛇が、百匹ほど、この沼で群れを成してうごめいている。
正直、今の俺は精神的に疲弊しきっていて、戦うやる気なんてこれっぽっちもない。 だが、迂回するにはこの湿地帯は広すぎる。
いったい、どうすればいいんだろうか。
……あ、そういえば。 以前、グリーンラットを捕食した時に、こいつの情報も少し入ってきたな。 確か名前は『バインドスネーク』。
同類で群れているなら、紛れ込めば安全かもしれない。
【変身:バインドスネーク】
ボシュッ。
俺の体は手足がなくなり、長いロープのような形状へと変化した。 視点が低くなる。
よし。近づいてみよう。 バレないように、自然に……。
(うーん。蛇同士だと、何かコミュニケーションが取れたりするのかな?)
そんなことを考えながら、恐る恐る群れに近づくと。
「――やぁ、君は新入りかい?」
え。
えーーーーーーーーッ!?
頭の中に、言葉が響いた。 本当に、同族の姿になると喋れるんだ。
俺は動揺を押し殺し、とっさに返事をした。
「こ、こんにちは。新入りのものです。さっき、あっちで『とてつもなく大きな脅威』に遭遇して、危うく殺されそうになりまして……ここまで逃げてきたんです」
「あぁ、あっちの方角か。……あの『紫の災厄』が出たんだね。それは大変だった」
話しかけてきたのは、一際大きな個体だった。 どうやら、この集落の長らしい。
「私は、この集落の長だ。……ちなみに、我々の種族名が『バインドスネーク』だということは、ご存じかな?」
鋭い眼光が俺を射抜く。 試されている?
「は、はい。もちろんです」
言えない。 お前の同族を殺して喰った時に、システム音声で知ったなんて、口が裂けても言えない。
「ということは、君は野生ではなく、他の集落から来たのかね?」
疑いの色が濃くなる。 野生なら自分の種族名など知らないはずだ、という理屈か。 まずい、怪しまれている。
俺は脳をフル回転させ、嘘を紡いだ。
「いえ、集落というほど大きなものではなく……三匹だけの家族でひっそりと暮らしていたんです。ですが、悲しいことに……先ほどの脅威で、家族が潰されてしまって……」
俺は、さっきの毒イノシシの恐怖を思い出しながら、悲壮感を漂わせた。
すると、長は俺の纏う「本物の恐怖」を感じ取ったのか、すっと表情を和らげた。
「……そうだったのか。それは、悲しいことだ。……すまない、疑うようなことを言って。我々は、君を歓迎しよう」
「ありがとうございます……!」
よし。 なんとか、この集落に入り込むことに成功した。
その集落(沼地)は、驚くべきことに「市場」のようになっていた。
蛇たちが尻尾や胴体を器用に使って、獲物を運んでいる。
時々、噛んだ後のようなものがあるため、バインドスネークは、毒を持っているのかもしれない。
「このブラックバッファローの肉を、ブラックタイガーの前足と交換だよー」
「とても珍しい、ホワイトホースの肉だよー。五人集まったらオークション形式にするよー」
そこでは、狩ってきた獲物を「通貨」代わりにして、物々交換が行われていた。
本当に、いろいろな種類の肉がある。 先ほどの、ホワイトホースの売り場では、人だかりならぬ蛇だかりができていた。
だが、俺が何より驚いたのは、その光景だ。
ある蛇が、ブラックバッファローの死骸を、普通に胴体で抱えて運んでいるのだ。
……は? いやいや、待て待て。
ブラックバッファローだぞ? 人間がダンプカーを持ち上げているようなサイズ比だぞ?
そんな筋肉が、この細長いバインドスネークにあるのか? いや、絶対違う。物理的におかしい。
……いや。 前世の記憶にある「アリ」は、自分の体重の数十倍のものを運べたはずだ。 『バインド』という名前の通り、この蛇は筋力に特化した種族なのかもしれない。
多分、そういうことなんだろう。
「ブラックバッファロー、三匹!」
オークション会場から声が上がる。
「三匹出ました。それ以上あるか?」
……この蛇の集落では、どうやらブラックバッファロー1匹が「一単位(通貨)」になっているらしい。
そして、「三匹」と宣言した蛇はどうしているかというと……。
三頭分の巨大な肉塊を、平然と尻尾でまとめて持ち上げていた。
はぁ??
これは、明らかに「アリ」の比率で説明できる範疇を超えている。 アリ一匹がネズミを持ち上げるくらいなら分かるが、人間がダンプカーを三個まとめて持ち上げているようなものだ。
やはり、この世界の物理法則は、俺の知る「ニュートン先生」の法則とは、根本的に違うらしい。
俺は、非常識な力持ちたちがうごめく市場で、改めて異世界の洗礼を受けた気分だった。
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