強敵
そんな、狩りと捕食を繰り返す日々を送っていたある日。
「ブモォォォォォォォーーーーーーーッ!!」
ッ。うるさい。 空気がビリビリと震えるほどの咆哮。
現れたのは、とてつもなく巨大な「イノシシ」のような魔物だった。
だが、ただのイノシシではない。 体表は、毒々しい紫色に染まっており、全身からドロリとした粘液が滴り落ちている。 その雫が地面に落ちるたび、ジューッという音と共に草花が黒く変色し、枯れ果てていく。
――格が違う。
一目見ただけで理解した。 俺は、その圧倒的な存在感に気圧された。
これは、勝てない。 絶対に逃げなければならない。
脳はそう判断した。 だが、足がすくんで動かない。
……まぁ、正確には今は「ブラックタイガー」の姿だから、前足と後ろ足、計四本の足がガクガクと震えて動かない、と言ったほうが正しいか。
そんなくだらないことを考えている間にも、奴は近づいてくる。
怖い。 この肉体に刻まれた、生物としての生存本能が警鐘を鳴らしている。 「動くな」「刺激するな」「死ぬぞ」と。
この体が、俺の命令を拒絶して金縛りになっているのだ。
逃げろ。 そう念じている間にも、紫の巨体は地響きを立てて、こちらへ猪突猛進してくる。
はぁ。 お前は、恐怖で動けないのか。
なら、仕方ない。 別の肉体に変えるまでだ。
【変身:グリーンラット】
ボシュッ。
俺はとっさに、手持ちの中で一番小さな姿を選択した。 虎の巨体が消え、草むらに隠れるほどのネズミの姿へと収縮する。
動けないのには変わりない。 だが、この小ささなら気配を殺せるし、視界からも外れるはずだ。
ズドォォォォン!!
「……ッ!!」
直後、世界が揺れた。 俺の右隣、わずか数センチの場所を、巨大な蹄が踏み抜いていく。
ズドォォン。
地面が陥没し、紫の毒液が飛び散る。 あと少しずれていたら、俺はネズミのミンチになっていただろう。
ズドォォン。
遠ざかっていく振動。 圧倒的な死の塊。
あぁ、俺はいつか、あんな化け物に勝てるのだろうか。
ズドォォン……。
……いや。 勝てるか、じゃない。
絶対に勝ってやる。 そして、喰ってやる。
俺は草葉の陰から、遠ざかる紫の背中を睨みつけながら、そう固く誓った。
そうして、俺にとって初めての「死の危機」は去っていったのだった。
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