魚帝国の王
ここは、果たしてどこなのだろうか。
俺は、くまなく周囲を見渡す。
魚の国? それとも、魚類による軍事国家?
よし。 俺の中で、ここは勝手に魚帝国と呼ぶことにしよう。
そんなくだらないことを考えながら、俺は看守に連れられて、薄暗い昆布がゆらめく道を進んでいく。
さて、この帝国のトップは、どんな奴なんだろうか。 あの情緒不安定な看守の上司だ。まともな奴だとは思えないが。
しばらく泳いでいくと、開けた場所に巨大な珊瑚礁が見えてきた。 天然の城塞といったところか。 その入り口には、やはり何かの巨大生物の「骨」で作られた扉がある。
……あれは、何の骨だ? クジラか? それとも、もっと巨大な……。
看守さんは、今にも泣き出しそうなのをグッとこらえて、コンコン、とヒレで骨の扉を叩いた。
隙間から、密かに明かりが漏れている。 深海でもないのに、何で明かりを灯しているんだろう。
「……なんだ。」
ッ!!
扉の向こうから、低い声か細い声が響いた。
同時に、肌(鱗)が粟立つような、凄まじい「覇気」を感じる。 これは……強い。 動物的直感、いや魚的第六感が訴えている。 中にいるのは、とてつもないカリスマ性を持った強者だ。ただ、声が細く、小さいことは気にならなかった。
…この時は。
看守が、直立不動(直立浮遊?)で答える。
「は、はい! 『違法能力使用』の容疑で逮捕したイエローサーモンについて、ご判断を仰ぎたく参りました!」
一瞬、重苦しい静寂が流れる。
その後。
「……入れ」
という、か細い重低音が響いた。
あれほどのオーラを放つ者は、一体何者なのだろうか。 俺はゴクリと喉を鳴らした。
「し、失礼します」
ギギギ……と骨の扉が開き、俺たちは中に入った。
まず目を引いたのは、天井付近でピカピカと発光している「シャンデリア・クラゲ」の群れだった。 眩しい。これが照明代わりか。
そして、部屋の中央。 俺は、あの声の主であろう「王」の方を見たが……。
「……?」
なぜか、立派な珊瑚の玉座には、誰も座っていなかった。
「ッ!?」
俺は警戒して、くまなく周囲を見渡した。 いない。気配はあるのに、姿がない。
その時。 足元から、蟻が囁くような、か細い声が聞こえた。 (蟻がこの世界にいるのかは知らないが)
「おーい……。我はここじゃぞ……。今まで休憩中だったので、力が入らんのじゃ……」
え? どこ? 我はどこ?
声のする方、つまり「真下」を確認すると……。
いた。
それは、珊瑚の床の模様に、完璧に「擬態」していた一枚のヒラメだった。
いや、正確にはただのヒラメではない。 背中に、ギョロリとした目が五つついた、異形の魚だ。
……気持ち悪い。
初見でそう思った。 痛みやグロテスクな感覚はカットされるこの体だが、視覚的な「キモさ」まではカットされないらしい。
ただ、そんな俺の内心を見越してか、ヒラメの五つの目が一斉に俺を見た。
「……この目は、我の種族の特徴なのじゃよ。しょうがないじゃろ?キモいとか思うでない。魚は、見かけに寄らぬものじゃ。それより、早く引き上げてくれ」
ん?
今、思考を読まなかったか?
……気のせいか?
ただ、失礼なのは、確実だ。
「は、はい! 失礼いたしました!」
そうして、俺と看守は、ペラペラのヒラメ王をヒレで挟んで起こし、よっこらせと玉座に座らせたのだった。
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