第8話 書いてはならない
8話です。
朝、裁判所の扉が開く前に、通達が出た。
短い文だった。
以後、裁判記録は要約のみとする。
発言の逐語記録を禁ず。
違反者は、同罪に処す。
誰の署名もない。
だが、全員が理解した。
これは命令だ。
私は板を手に取った。
いつもより、重く感じた。
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法廷に入ると、空気が違った。
板を持つ者が、減っている。
視線が、落ちている。
「審理を開始する」
判事の声は、平坦だった。
「本日は――」
司祭が、一歩前に出る。
「本日より、
裁判の進行方法が変更される」
ざわめき。
「記録は、
結論と要点のみを残す」
私は、声を出していた。
「確認します」
判事が、ためらい、頷く。
私は板を立てた。
「要点とは、誰が決めますか」
「裁判所だ」
「具体的には」
「我々だ」
私は、板に二語を書いた。
要点=裁判所
「では」
私は続ける。
「被告の言葉は、
要点に含まれますか」
司祭は即答した。
「不要だ」
空気が、凍る。
「理由は」
「秩序を乱すからだ」
私は、板に線を引いた。
言葉 → 秩序破壊
「確認します」
私は傍聴席も含めて言った。
「被告は、
話すために、
ここに立っています」
司祭は、微笑んだ。
「いいえ」
一拍。
「裁かれるために立っています」
私は、初めて笑った。
「それは、裁判ではありません」
「何だと言う」
「処理です」
法廷が、ざわつく。
「処理とは」
「結果だけを残し、
理由を消すことです」
司祭の声が冷たくなる。
「理由は不要だ」
私は、板に最後の一文を書いた。
理由を消す裁判は、
裁判ではない
「判事」
私は板を下ろした。
「この変更は、
裁判の否定です」
「異端だ」
司祭が言う。
「記録を、
書いてはならないと命じた」
「確認します」
私は、板を掲げたまま言った。
「誰が、それを書きましたか」
沈黙。
私は続ける。
「この命令文を、
誰が記録しましたか」
沈黙。
誰も、答えない。
私は、結論を書いた。
書かれない命令は、
命令ではない
木槌が鳴る。
「有罪」
判決は、即座だった。
「記録に残すな」
私は、板を置かなかった。
「残します」
八度目だった。
司祭が、私を見た。
初めて、はっきりと。
「……もう、書けないぞ」
私は、静かに返した。
「書かせない理由が、
もう書かれています」
法廷が、止まった。
誰も、動けない。
外で鐘が鳴る。
今日も王都は静かだ。
だが――
書くこと自体が、
罪になった。
誤字脱字はお許しください。




