第36話 説明会
36話です。
会場は、礼拝堂だった。
法廷でも、
学校でもない。
中立を装える場所。
それが選ばれた理由だ。
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椅子は、きっちり並べられていた。
前列には、
役所の人間。
中央には、
司祭。
後方に、
市民。
区別は、
視線だけでついた。
私は、
最後列に座った。
名前を呼ばれない位置。
だが、
呼ばれなくても
分かる。
ここにいる理由は、
私だ。
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司祭が、
静かに口を開く。
「本日は」
「最近話題になっている
『数的思考』について、
説明を行います」
話題。
問題ではない。
それが、
最初の逃げ道だった。
「数的思考とは」
司祭は、
紙を見た。
「不必要な数の把握により、
不安を増幅させる
思考傾向です」
誰かが、
小さく手を挙げた。
司祭は、
一瞬迷ってから
指名した。
「……どこまでが
不必要ですか」
空気が、
わずかに揺れる。
司祭は、
微笑んだ。
「必要かどうかは、
状況によります」
その答えで、
何人かが
頷いた。
正解の頷きだ。
だが――
続いた。
「では」
別の声。
「誰が、
判断するのですか」
司祭は、
間を置いた。
「専門家が」
「誰ですか」
間。
「……我々です」
その瞬間、
礼拝堂の空気が
重くなった。
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前列の役人が、
助け舟を出す。
「不安が広がると、
秩序が乱れます」
「数的思考は、
それを助長する」
私は、
小さく息を吸った。
後ろの席で、
男が立ち上がる。
戻ってきた男だ。
「……質問」
司祭が、
一瞬だけ
目を細める。
「どうぞ」
男は、
声を張らなかった。
それが、
一番効いた。
「前例の子は」
沈黙。
司祭は、
即答しなかった。
「……参考事例のことですか」
「はい」
男は、
続ける。
「あれは、
不安でしたか」
会場が、
完全に静まる。
司祭は、
言葉を選んだ。
「……悲劇です」
「では」
男は、
一歩前に出る。
「数えなかった結果の
悲劇ですか」
その問いは、
刃だった。
司祭は、
答えなかった。
答えられなかった。
役人が、
遮る。
「その件は、
個別の問題です」
男は、
頷いた。
「では、
数的思考ではない」
役人は、
言葉に詰まる。
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私は、
立ち上がらなかった。
代わりに、
誰かが言った。
「質問は、
まだあります」
それは、
若い女の声。
最初の夜に
来た、あの女だ。
「数えるのが
いけないなら」
一拍。
「助けを呼ぶ数は、
誰が数えるんですか」
司祭は、
沈黙した。
それは、
説教の沈黙ではない。
敗北の沈黙だ。
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説明会は、
予定より早く
終わった。
結論は、
出なかった。
だが――
問いは、
全員で共有された。
外に出ると、
人々は
声を落として話す。
名前は、
出さない。
だが、
同じ言葉を
使っている。
「……数えなかった」
「……前例」
「……誰が判断する」
それだけで、
十分だった。
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夜。
私は、
机に戻り、
紙に書いた。
説明会=授業
答えは、
出なかった。
だが――
質問の仕方が、
揃った。
外で鐘が鳴る。
今日も王都は静かだ。
だが――
沈黙が、
公の場で
破られなかった日だ。
誤字脱字はお許しください。




