第32話 警告
32話です。
それは、逮捕ではなかった。
名前も、
日時も、
罪状もない。
だからこそ、
逃げ場がなかった。
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紙は、
玄関の内側に
差し込まれていた。
郵便ではない。
投函でもない。
置いていった、
という痕跡。
私は、
それを拾い上げた。
一枚。
文字は少ない。
最近の行動は、
誤解を招く可能性があります。
不必要な接触、
不必要な記録、
不必要な質問は、
控えてください。
本書は警告です。
処分ではありません。
署名は、
なかった。
だが、
誰が書いたかは
明白だった。
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私は、
紙を畳み、
机に置いた。
処分ではない。
それは、
今なら戻れる
という意味だ。
戻る場所が
あるように
見せているだけで。
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同じ紙は、
他の場所にも
届いていた。
倉庫の裏に来ていた、
あの五人。
誰も、
同時に受け取っていない。
それも、
計算だ。
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女は、
夜、
私のところに来た。
いつもより、
慎重に。
「……来るなって
言われました」
私は、
頷いた。
「私もです」
女は、
少し安心したように
息を吐いた。
「……じゃあ」
一拍。
「本気なんですね」
私は、
答えた。
「ええ」
「捕まえないのは、
なぜですか」
私は、
少し考えてから
言った。
「捕まえると、
数が確定する」
女は、
理解した。
「……今は、
数えさせない」
「ええ」
「数が曖昧なら、
問題も曖昧です」
女は、
唇を噛んだ。
「……やめますか」
その問いは、
弱かった。
だが、
正直だった。
私は、
即答しなかった。
代わりに、
聞いた。
「警告を
どう感じましたか」
女は、
目を伏せた。
「……怖い」
「それだけですか」
女は、
首を振った。
「腹が立ちました」
私は、
頷いた。
「それが、
次の段階です」
女は、
顔を上げた。
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同じ頃。
役所の一室で、
報告が上がっていた。
「警告、
配布完了です」
上役は、
紙を見ずに言う。
「反応は」
「沈黙です」
上役は、
満足そうに
頷いた。
「良い」
「逮捕は」
「不要だ」
一拍。
「恐怖は、
今が一番
効率がいい」
書記が、
小さく聞いた。
「……続けたら?」
上役は、
答えた。
「その時に、
考える」
それが、
制度の
本音だった。
⸻
その夜。
倉庫の裏には、
誰も来なかった。
正確には、
来られなかった。
私は、
一人で立っていた。
警告の紙を
ポケットに入れたまま。
やめることは、
簡単だった。
数えるのを
やめればいい。
話しかけなければ
いい。
前例を、
増やさなければ
いい。
だが――
私は、
別のことを
数えていた。
今日、
来なかった人数。
それは、
減少ではない。
恐怖の効果測定だ。
外で鐘が鳴る。
今日も王都は静かだ。
だが――
沈黙が、
警告対象になった日だ。
チョークシリーズは他の先生の物語もありますのでよろしければご覧ください。




