第31話 検知
31話です。
数える、という行為は静かだ。
叫ばない。
集まらない。
署名もしない。
ただ、記す。
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倉庫の裏で、
五人は散った。
同じ方向には、
帰らなかった。
それが、
最初の約束だった。
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翌日から、
私は歩いた。
市場。
井戸。
配給所。
立ち止まって、
話さない。
聞く。
「困っていることは
ありますか」
その問いは、
危険だった。
だから、
言い換える。
「最近、
静かですね」
返事は、
ほとんど同じだった。
「ええ」
「問題ありません」
私は、
頷くだけだ。
だが――
視線が、
一瞬遅れる。
手が、
袖を掴む。
それだけで、
十分だった。
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私は、
紙に書いた。
名前は、
書かない。
代わりに、
印をつける。
・来た
・来られなかった
・来ないと決めた
・来られないと学んだ
理由も、
書かない。
理由は、
後で変えられるからだ。
事実だけを、
残す。
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三日で、
印は三十を超えた。
五人が、
五人で終わるはずがない。
私は、
それを知っていた。
だが――
制度も、
知ってしまった。
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役所の一室。
帳簿をめくる音が、
止まった。
「……増えている」
書記が、
小さく言う。
上役が、
顔を上げる。
「何が」
「未処理の沈黙です」
その言葉は、
新しかった。
だが、
正確だった。
「報告は?」
書記は、
首を振る。
「ありません」
「苦情は」
「ありません」
「訴えは」
「ありません」
上役は、
眉をひそめた。
「では、
何が増えている」
書記は、
一枚の紙を出した。
問い合わせ未満の接触記録
上役が、
読み上げる。
「市場での立ち話」
「井戸での雑談」
「配給所での沈黙」
「……これは、
記録なのか」
書記は、
答えた。
「数です」
上役は、
息を吸った。
「……誰が、
数えている」
書記は、
一瞬ためらい――
言った。
「元教師です」
部屋の空気が、
変わった。
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同じ頃。
私は、
路地で立ち止まった。
背後に、
気配がある。
振り返ると、
役所の男が立っていた。
制服ではない。
それが、
答えだった。
「……先生」
その呼び方は、
警告だった。
「用件を」
私は、
静かに言った。
男は、
距離を保ったまま
言った。
「最近、
人と
よく話しているそうですね」
私は、
首を振る。
「話していません」
男は、
目を細めた。
「数えている
とも聞きました」
私は、
即答した。
「ええ」
男の眉が、
動く。
「……何を」
私は、
答えた。
「声にならなかった人を」
沈黙。
それは、
脅しの沈黙ではない。
評価の沈黙だった。
男が、
低く言う。
「それは、
集会と
見なされます」
私は、
頷いた。
「ええ」
「違反です」
「承知しています」
男は、
一歩近づいた。
「……なぜ、
やめない」
私は、
答えた。
「前例を
見たからです」
男は、
口を閉じた。
反論が、
できなかった。
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その夜。
倉庫の裏に、
七人が集まった。
五人では、
なかった。
誰も、
数えなかった。
だが――
確実に、
増えていた。
王都は、
今日も静かだ。
だが――
沈黙が、
“検知対象”に
変わった日だ。
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