第30話 知らされた人数
30話です。
扉を叩く音は、なかった。
代わりに、
置かれていた。
封も、
署名もない紙が。
私は、
それを拾い上げた。
裏返す。
文字は、
少ない。
「今夜。倉庫の裏。
五人」
それだけだ。
⸻
行かない、という選択肢はなかった。
理由は、
単純だ。
すでに知ってしまったからだ。
⸻
倉庫の裏は、
暗かった。
だが、
人影があった。
五人。
数は、
聞いていた通り。
彼らは、
私を見ると、
一斉に黙った。
それは、
教え込まれた沈黙ではない。
待つ沈黙だ。
女が、
一歩前に出た。
「……来ると
思っていました」
私は、
答えなかった。
代わりに、
周囲を見回す。
全員、
逃げる準備はしていない。
それが、
一番危険だった。
⸻
「前例の話は
聞いています」
男が言った。
二人目の夜に来た、
あの男だ。
私は、
頷いた。
「……名前のない死」
誰かが、
そう言った。
私は、
訂正しなかった。
「俺たちは」
男は、
続ける。
「怒っています」
その言葉は、
静かだった。
「でも」
一拍。
「どう怒ればいいか
分かりません」
全員が、
私を見る。
その視線は、
期待ではない。
委ねだった。
私は、
即答しなかった。
考える時間を、
彼らから奪いたくなかった。
「質問します」
私は、
ゆっくり言った。
「あなた方は」
「正解を、
知りたいですか」
誰も、
頷かない。
「では」
私は、
続けた。
「間違えても、
考えたいですか」
一瞬の沈黙。
女が、
頷いた。
一人、
また一人。
五人全員が、
頷いた。
私は、
息を吸った。
「それなら」
一拍。
「もう、
教育は始まっています」
彼らの表情が、
変わった。
恐怖と、
安堵と、
戸惑い。
混ざった顔だ。
⸻
「私が
教えられるのは」
私は、
はっきり言った。
「正解ではありません」
「やり方です」
男が、
聞いた。
「何の」
私は、
答えた。
「声の上げ方」
その言葉で、
空気が震えた。
「叫びません」
「殴りません」
「壊しません」
一拍。
「考え続けます」
女が、
唇を噛んだ。
「……それで、
変わりますか」
私は、
正直に答えた。
「分かりません」
その答えに、
誰も失望しなかった。
「でも」
私は、
続けた。
「黙っていた結果は、
もう知っています」
五人の視線が、
同時に落ちる。
「選択は、
あなた方のものです」
私は、
一歩下がった。
「私は、
代表ではありません」
「指導者でもない」
一拍。
「同席者です」
沈黙。
それは、
長かった。
だが、
誰も逃げなかった。
男が、
口を開いた。
「……次は?」
私は、
即答した。
「人数を
数えます」
「数える?」
私は、
頷いた。
「誰が、
困っているか」
「誰が、
来られなかったか」
「そして」
一拍。
「なぜ、
来られなかったか」
女が、
小さく言った。
「……危ない」
私は、
はっきり言った。
「ええ」
「だから」
一拍。
「教育停止に
なったんです」
誰かが、
小さく笑った。
初めての、
不適切な反応だった。
⸻
別れ際、
女が聞いた。
「先生」
「……私たちは、
もう
戻れませんか」
私は、
振り返った。
「戻れます」
一拍。
「何も知らなかった
頃には」
女は、
頷いた。
戻りたいとは、
言わなかった。
⸻
その夜。
王都は、
相変わらず静かだった。
だが――
沈黙の中に、
人数が生まれた。
それは、
統治にとって
最も厄介な変化だった。
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