第3話 身体は、誰のものか
第三話です
被告は、少女だった。
法廷の中央に立つには、
あまりにも小さい。
年は十六か、十七。
手首に、赤い縄の跡が残っている。
「罪状を読み上げる」
司祭の声は平坦だった。
「婚姻契約の拒否。
家父長権への反抗。
教会秩序の否定」
少女は俯いたまま、動かない。
「弁明はあるか」
沈黙。
私は、筆を取らなかった。
この沈黙は、記録されない。
だが――意味はある。
「……話せ」
判事が言う。
少女は、ゆっくり顔を上げた。
泣き腫らした目ではない。
泣くことを、もうやめた目だ。
「私は」
声は、かすれていなかった。
「売り物ではありません」
法廷が揺れた。
すぐに、押さえつけられる。
「誰が売り物だと言った」
司祭が言う。
「これは祝福された婚姻だ。
契約であり、秩序だ」
少女は首を振った。
「契約書に、私の署名はありません」
代理人が前に出る。
「父親の署名がある。
それで十分だ」
「確認します」
私は、声を出していた。
判事が一瞬ためらい、頷く。
「……許可する」
私は少女を見た。
「その婚姻を、望みましたか」
「いいえ」
即答だった。
「理由は」
「知らない人だからです」
失笑。
幼い、と言いたげな空気。
「質問を変えます」
私は板を立てた。
「その婚姻で、
あなたの身体を使うのは誰ですか」
少女は答えない。
代理人が代わりに言う。
「夫だ」
「誰が決めましたか」
「父親と教会だ」
「本人は」
「考慮しない」
私は、板に書いた。
使う者
決める者
二つは、離れていた。
「次の質問です」
私は淡々と続ける。
「その生活で、
あなたは何を失いますか」
少女は、少しだけ考えた。
「外に出る時間」
「他には」
「学ぶ時間」
空気が、変わった。
「何を学んでいましたか」
「数です」
「誰に」
少女は一瞬だけ迷い、
「……先生に」
また、その呼び名。
司祭が、苛立ったように息を吐く。
「関係ない」
「関係あります」
私は板に、もう一行書いた。
身体の責任を負う者は、誰か
「代理人」
「何だ」
「彼女が病に倒れた場合、
責任を負うのは誰ですか」
「父親か、夫だ」
「治療費は」
「家が」
「その家が払えなければ」
沈黙。
私は、最後の一文を書いた。
責任を負う者が、
権利を持つ
法廷が、完全に静まった。
誰もが理解してしまったからだ。
この理屈が、
反論できないことを。
「では確認します」
私は、静かに言った。
「彼女の身体は、
彼女自身のものではない。
――そうですね」
代理人は、胸を張った。
「当然だ」
その瞬間、
空気が凍った。
「判事」
私は板を下ろした。
「この婚姻は、
契約として成立していません」
司祭が叫ぶ。
「異端だ!
家族制度を壊す気か!」
私は首を振る。
「壊しているのは制度ではありません」
一拍。
「人を、物として扱う思考です」
木槌が鳴る。
「有罪」
短い判決。
「記録に残すな」
「残します」
私は即答した。
三度目だった。
少女は連れて行かれた。
泣いてはいない。
歩幅は小さい。
だが、顔は前を向いている。
法廷が空になる。
私は板を拭いた。
文字は消えた。
それでも、
一文だけが残った気がした。
責任を負う者が、
権利を持つ
外で鐘が鳴る。
今日も王都は静かだ。
だが、
人の身体が“誰のものか”を問われた日だ。
誤字脱字はお許しください。




