第27話 来なかった人
27話です。
知らせは、朝に来た。
噂として。
正式な文書ではない。
だから、
早かった。
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市場の端で、
人が集まっていた。
声は低い。
指差しはない。
見ない配慮が、
そこにあった。
私は、
立ち止まった。
聞かなくても、
分かる。
それでも、
誰かが言った。
「……あそこの家だ」
小さな声。
「静かな子だった」
その形容詞が、
もう答えだった。
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家は、閉じていた。
扉も、窓も。
中から、
何も聞こえない。
役所の人間が、
二人立っている。
仕事の顔だ。
一人が、
帳簿を見ている。
「確認する」
私は、
声をかけた。
男は、
一瞬だけ私を見て、
視線を戻した。
「関係者以外は――」
「教師です」
私は、
そう名乗った。
男は、
わずかに眉を動かした。
「……元、だな」
私は、
否定しなかった。
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中は、
驚くほど整っていた。
物は、
正しい位置にある。
床も、
掃除されている。
模範的な家だ。
寝室に、
子どもがいた。
布団の中で、
眠っているように。
だが、
呼吸がない。
医師が、
淡々と言った。
「衰弱です」
私は、
思わず聞いた。
「……痛みは」
医師は、
首を振った。
「訴えは、
なかった」
その言葉で、
全てが揃った。
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母親が、
隣の部屋にいた。
泣いていない。
叫んでもいない。
椅子に座り、
手を膝に置いている。
正しい姿勢だ。
私は、
近づいた。
「……助けは、
求めましたか」
彼女は、
ゆっくり首を振った。
「いいえ」
「なぜ」
彼女は、
少し考えてから言った。
「……正解では
なかったから」
私は、
言葉を失った。
「熱が出た時も」
「食べなくなった時も」
「……静かだった」
彼女は、
淡々と続ける。
「泣かなかった」
「文句も、
言わなかった」
「だから」
一拍。
「大丈夫だと
思いました」
私は、
低く言った。
「違います」
彼女は、
私を見た。
「……では、
どうすれば」
その問いは、
遅すぎた。
だが、
私は答えた。
「助けを呼ぶ」
彼女は、
首を振った。
「……呼び方を、
教わっていません」
その一言で、
空気が凍った。
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役所の男が、
帳簿に何かを書いた。
「記録します」
私は、
聞いた。
「何を」
男は、
答えた。
「異常なし」
私は、
思わず言った。
「死んでいる」
男は、
顔を上げない。
「暴力なし」
「事故なし」
「違反なし」
一拍。
「制度上、
問題はありません」
その言葉は、
あまりに完成していた。
私は、
母親を見た。
彼女は、
小さく言った。
「……迷惑を
かけなくて
よかった」
私は、
膝が震えるのを
感じた。
⸻
外に出ると、
市場はもう
通常に戻っていた。
人は、
買い物をする。
笑う。
交渉する。
誰も、
さっきの家を
見ない。
正解の反応だ。
私は、
その場に立ち尽くした。
来なかった人。
来られなかった人。
来てはいけないと、
学んだ人。
その結果が、
今、布団の中にある。
外で鐘が鳴る。
今日も王都は静かだ。
だが――
声を上げなかった結果が、
初めて
死として数えられた日だ。
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