第26話 二人目の夜
26話です。
同じ夜に、
もう一度、戸が叩かれた。
今度は、
三度。
間隔が短い。
ためらいがない。
私は、
すぐに分かった。
一人目が、
誰かに話した。
⸻
扉の向こうに立っていたのは、
男だった。
年は四十代。
手が、荒れている。
「……遅くに、
すみません」
声が、低い。
「場所を、
間違えていたら
帰ります」
私は、
扉を開けたまま言った。
「合っています」
男は、
一瞬だけ
目を伏せた。
それだけで、
十分だった。
⸻
部屋に入ると、
男は立ったまま
動かなかった。
「座ってください」
男は、
首を振る。
「……時間が
ないので」
私は、
頷いた。
「では、
要点を」
男は、
迷わなかった。
「子どもが、
痛いと言わなくなった」
その言葉は、
鋭かった。
「転んで、
血が出ても」
「指を挟んでも」
「……何も」
私は、
すぐに聞いた。
「学校では」
男は、
短く答えた。
「優秀だと」
私は、
息を吸った。
「家庭では」
「……模範的です」
その二つが
同時に出たとき、
答えは一つしかない。
「あなたは」
私は、
確認した。
「助けを呼ばない子を
育てています」
男は、
初めて顔を歪めた。
「……違う」
私は、
否定しなかった。
「正確には」
一拍。
「助けを呼べない子です」
男は、
拳を握った。
「それは、
悪いことですか」
その問いは、
重かった。
私は、
即答した。
「はい」
男は、
目を見開いた。
「……理由を
聞いても?」
私は、
静かに言った。
「助けを呼ばない人間は」
一拍。
「死ぬときも、
静かだからです」
男の喉が、
鳴った。
「誰にも、
気づかれない」
沈黙が落ちる。
それは、
制度が好む沈黙と
同じ形だった。
「……誰にも
言えなかった」
男は、
低く言った。
「家でも、
仕事でも」
「言えば、
困らせる」
「黙れば、
正解」
私は、
ゆっくり言った。
「あなたは」
「正解に
囲まれています」
男は、
笑おうとして――
失敗した。
「……あなたは」
男は、
私を見た。
「どうして、
まだここに?」
私は、
答えた。
「必要とされているからです」
男は、
息を止めた。
「……誰に」
私は、
即答しなかった。
代わりに、
聞いた。
「あなたは、
今ここに来ました」
「それは、
規則に反しています」
「それでも来た」
一拍。
「なぜですか」
男は、
小さく言った。
「……このままだと、
子どもが
壊れると思った」
私は、
頷いた。
「それが、
理由です」
⸻
男は、
帰り際に言った。
「……他にも、
います」
私は、
それ以上
聞かなかった。
聞かなくても、
分かるからだ。
⸻
扉が閉まる。
部屋に、
再び静けさが戻る。
だが、
それはもう
孤独な静けさではない。
私は、
はっきり理解した。
必要とする声は、
連鎖する。
制度が
どれだけ沈黙を
配っても。
外で鐘が鳴る。
今日も王都は静かだ。
だが――
同じ夜に
二人が来たことを、
もう誰も
消せない。
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