第22話 指導の日
22話です。
それは、訪問だった。
予告はない。
通達もない。
ただ、
戸を叩く音だけがあった。
⸻
母が出た。
扉の向こうに立っていたのは、二人。
一人は役所の男。
もう一人は、見慣れない女だった。
年は若い。
表情は柔らかい。
「ご心配なく」
女が言う。
「指導です」
母は、少しだけ安堵した。
指導。
裁判ではない。
連行でもない。
「少し、お話を」
居間に通す。
子どもは、
奥の部屋で宿題をしている。
静かだ。
「最近」
女が、
茶を口にしながら言う。
「学校での様子は、
いかがですか」
母は、
慎重に答えた。
「……特に、
問題は」
「良いことです」
女は、
穏やかに頷く。
「お子さん、
とても静かで」
母の胸が、
少しだけざわつく。
「……ええ」
「考えすぎない。
それは、とても大切です」
役所の男は、
何も言わない。
ただ、
紙を一枚、
机に置いた。
家庭内教育指導(参考)
また、
その言葉だ。
「参考、
とは?」
母が聞く。
女は、
微笑んだ。
「今後のためです」
その答えは、
何も答えていなかった。
⸻
「一つだけ」
女が言う。
「確認させてください」
母は、
頷いた。
「最近、
お子さんから
質問はありましたか」
母は、
一瞬迷い――
正解を選んだ。
「……いいえ」
女は、
頷いた。
「よかった」
その瞬間、
奥の部屋から、
小さな音がした。
椅子が、
少し動いた音。
女の視線が、
一瞬だけ
そちらに向く。
「では」
女は、
声を落とした。
「質問が、
あった場合」
一拍。
「どう、
対応しますか」
母の喉が、
鳴った。
「……答えません」
女は、
満足そうに笑った。
「ええ」
「考えさせない」
母は、
その言葉を
繰り返した。
女は、
頷いた。
「完璧です」
役所の男が、
初めて口を開いた。
「記録します」
母は、
思わず聞いた。
「……何を」
男は、
淡々と答えた。
「今の答えを」
母の背中に、
冷たいものが走る。
「……それは」
女が、
優しく遮った。
「ご安心ください」
「正しい対応です」
その言葉は、
祝福のようだった。
⸻
そのとき、
奥の部屋から、
子どもが出てきた。
静かに。
とても、
行儀よく。
「こんにちは」
女が、
屈んで言う。
「今日は、
どう?」
子どもは、
一瞬だけ
母を見て――
それから答えた。
「……何も、
言ってません」
女の目が、
僅かに細くなる。
「えらいね」
その一言で、
部屋の空気が
確定した。
子どもは、
誇らしげだった。
母は、
胸が苦しくなった。
「ねえ」
子どもが、
女に聞いた。
「先生は、
悪い人なの?」
その問いは、
短く、
まっすぐだった。
女は、
微笑みを崩さない。
「いいえ」
一拍。
「困る人です」
子どもは、
少し考えた。
「……じゃあ」
「困らせない方が、
いい?」
女は、
頷いた。
「そう」
子どもは、
安心したように言った。
「じゃあ、
もう聞かない」
母の視界が、
揺れた。
⸻
帰り際、
女は言った。
「とても、
良いご家庭です」
「この調子で」
扉が閉まる。
静けさが、
戻る。
母は、
その場に座り込んだ。
子どもは、
不思議そうに見ている。
「ねえ」
「私、
えらかった?」
母は、
しばらく
答えられなかった。
やっと、
頷いた。
それしか、
できなかった。
⸻
その夜。
母は、
眠れなかった。
頭の中で、
女の声が
繰り返される。
考えさせない。
それは、
命令ではない。
褒め言葉だった。
外で鐘が鳴る。
今日も王都は静かだ。
だが――
沈黙が、
家庭教育として
承認された日だ。
誤字脱字はお許しください。




