第21話 届いた沈黙
21話です。
役所の朝は、早い。
書類は、人より先に起きる。
人は、それを処理するだけだ。
父は、いつも通り机に向かった。
いつも通り、
何も考えずに。
⸻
最初の書類は、
配給記録。
次は、
水位報告。
その次に、
見慣れない紙があった。
薄い。
署名はない。
家庭内発言記録(参考)
父の手が、止まる。
「参考」という言葉は、
役所では危険だ。
処理方法が、
決まっていないという意味だからだ。
父は、
ゆっくり読み進めた。
子どもが、
「分からないふりは嘘か」と発言
家庭内にて
保護者は、
発言を制止
その後、
子どもは沈黙
父は、
息を止めた。
文面は、
淡々としている。
感情も、
評価もない。
ただ、
起きたことだけ。
それが、
一番怖かった。
⸻
「これ、誰が書いた」
隣の席の男に、
小声で聞く。
男は、
肩をすくめた。
「分からん。
でも――」
一拍。
「書かれたってことは、
聞いたやつがいる」
父は、
視線を落とした。
昨夜、
家の中には三人しかいなかった。
だが、
壁は薄い。
扉も、
完全ではない。
「……処理は?」
男は、
さらに声を落とす。
「まだだ。
でも、
溜めるなって言われてる」
父は、
紙を持つ手が震えるのを感じた。
「溜めるな」
それは、
早く切れという意味だ。
⸻
昼前、
上役が来た。
机の間を、
ゆっくり歩く。
目は、
紙を見ていない。
人を見ている。
父の机で、
足が止まった。
「……これか」
父は、
何も言えなかった。
「家庭内か」
上役は、
小さく頷く。
「最近、
多い」
父は、
思わず聞いた。
「……どう、
なるんですか」
上役は、
淡々と答えた。
「様子を見る」
父の胸が、
少しだけ軽くなる。
「様子を見る」
=
今すぐではない。
だが、
上役は続けた。
「ただし」
一拍。
「教育の結果と
判断されれば、
別扱いだ」
父は、
顔を上げた。
「教育……?」
上役は、
書類を指で叩いた。
「質問の形が、
きれいすぎる」
父は、
何も言えなかった。
⸻
その日の帰り道、
父は遠回りをした。
家に、
すぐ帰れなかった。
「質問の形が、
きれいすぎる」
その言葉が、
頭から離れない。
家に着くと、
子どもは宿題をしていた。
静かだ。
正解の静けさ。
父は、
声をかけようとして――
やめた。
昨日と同じ選択。
一番、安全な。
だが、
今日は違った。
子どもが、
顔を上げた。
「ねえ」
父は、
体が強張るのを感じた。
「……今日は、
学校で」
一拍。
「何も言わなかったよ」
その報告は、
誇らしげだった。
父は、
笑おうとして――
笑えなかった。
「えらいな」
そう言うしかなかった。
子どもは、
嬉しそうに頷いた。
「先生、
見てた」
父の心臓が、
跳ねた。
「……何も、
言わなかった」
子どもは、
もう一度言った。
「正解、
だったでしょ」
父は、
頷いた。
それ以外の答えを、
知らなかった。
⸻
夜。
父は、
机に向かい、
何も書いていない紙を見つめていた。
役所で見た書類。
署名のない記録。
参考という名の、
予告。
彼は、
はっきり理解していた。
もう、
家庭は外だ。
沈黙は、
もう届いている。
外で鐘が鳴る。
今日も王都は静かだ。
だが――
静かにしたはずの問いが、
正式な書類になった日だ。
⸻
(第22話へ続く)
誤字脱字はお許しください。




