第2話 誰のものか
第二話です
王都の裁判は、朝が早い。
理由は単純だ。
結論が決まっているから、時間をかける必要がない。
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被告は二人だった。
一人は、昨日と同じ男――畑仕事の労働者。
もう一人は、彼の雇い主。
領主の代理人だ。
二人が並ばされる配置は、珍しい。
通常、裁かれるのは片方だけだ。
今日は違う。
「審理を開始する」
判事の声が落ちる。
「争点は単純だ。
畑の道具――鍬の所有権について」
代理人が一歩前に出た。
「異論はありません。
土地も道具も、すべては領主様のものです」
言い切り。
それで終わる話だ。
「被告」
判事が労働者に向く。
「反論は」
男は、一拍置いてから答えた。
「あります」
傍聴席が、わずかに揺れた。
私は、筆を置いた。
今日は、書く価値がある。
「鍬は、誰のものだ」
「……昨日までは、領主様のものだと思っていました」
代理人が頷く。
正解だ、と言わんばかりに。
「だが?」
「壊れたんです」
法廷に、小さな音が走る。
「柄が折れました。
鉄は曲がりませんでしたが、使えなくなった」
「それで?」
「私が直しました」
代理人が口を開く。
「許可は?」
「ありません」
「なら――」
私は、そこで口を挟んだ。
「確認します」
判事がこちらを見る。
「……発言を許可する」
私は、板を立てた。
「壊れた鍬は、誰が直したのですか」
「私です」
「費用は」
「自分で出しました」
「時間は」
「夜です。
自分の時間を使いました」
私は板に、三つ書いた。
費用/時間/労力
「代理人」
「は?」
「その鍬は、今も領主のものですか」
代理人は、鼻で笑った。
「当然でしょう」
「では、質問を変えます」
私は続けた。
「もし、再び壊れたら。
次に直すのは誰ですか」
「……労働者でしょう」
「費用は」
「同じく」
「時間は」
「同じく」
私は、もう一度板を見る。
「つまり」
言葉を、置く。
「使い、直し、維持する者は彼。
だが、所有者は別ということですね」
代理人は肩をすくめた。
「制度とはそういうものです」
「制度は、誰のためにありますか」
「秩序のために」
「誰の秩序ですか」
一瞬の沈黙。
代理人は、答えなかった。
判事が咳払いをする。
「……本件は所有権の問題だ。
感情を挟むな」
「感情ではありません」
私は言った。
「定義の問題です」
私は、板に一文を書いた。
所有とは、責任の引き受けである
「代理人」
「……」
「鍬が原因で事故が起きた場合、
責任を負うのは誰ですか」
「……」
「領主ですか」
沈黙。
「それとも、使っている彼ですか」
代理人は、視線を逸らした。
答えは、出ている。
「判事」
私は、板を下ろした。
「この件の本質は、所有ではありません」
「何だと言う」
「責任の所在です」
「彼は、責任を負わされています。
なら、権利も彼にある」
法廷が、静まり返る。
誰もが、理解してしまったからだ。
反論できない理屈だと。
「……異端だ」
司祭が吐き捨てる。
「危険な考えだ」
私は、首を振った。
「いいえ。
危険なのは――」
一拍。
「考えさせずに、責任だけを負わせることです」
木槌が鳴った。
「有罪」
司祭が告げる。
「記録に――」
「残します」
私は、即座に言った。
初めてだった。
判事が、こちらを睨む。
だが、もう遅い。
私は、書いていた。
『所有とは、責任の引き受けである』
その一文を。
男は、連れて行かれた。
だが、歩き方が違った。
背中が、まっすぐだった。
代理人は、最後までこちらを見なかった。
法廷が空になる。
私は、板を拭いた。
だが、
その一文だけは、消えなかった。
消せなかった。
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外に出ると、空は晴れていた。
人々は、何も知らない。
それでも――
今日、王都で一つだけ、
定義が変わった。
誤字脱字はお許しください。




