第19話 最初の授業
19話です。
教室は、思ったより明るかった。
窓が大きく、
朝の光が床に落ちている。
子どもは、十二人。
年齢も、背の高さも、ばらばらだ。
共通点は一つ。
全員、口を閉じている。
私は、教壇に立った。
黒板がある。
チョークもある。
だが、
何も書いてはならない。
それが、条件だった。
⸻
司祭が、後ろに立っている。
監視ではない。
確認だ。
「始めろ」
小さな声だったが、
命令だった。
私は、子どもたちを見た。
誰も、目を逸らさない。
だが、
期待もしていない。
正解を待っている目だ。
私は、何も言わなかった。
一分。
二分。
椅子が、きしむ。
誰かが、喉を鳴らす。
それでも、
誰も話さない。
「……先生」
小さな声。
一番前の子だ。
私は、視線を向けた。
「話していい?」
その問いは、
これまで何百回も聞いたものだ。
だが、
今日は違う。
私は、答えなかった。
司祭が、後ろで頷いた。
正しい対応だ。
子どもは、少し安心したように
口を閉じた。
それを見て、
他の子も、真似をする。
私は、胸の奥が冷たくなるのを感じた。
⸻
十分ほど経った頃。
一人の子が、
小さく手を挙げた。
迷いながら、
それでも挙げている。
私は、視線を向けた。
司祭が、咳払いをする。
私は、
ゆっくり首を振った。
子どもは、
すぐに手を下ろした。
その顔は、
褒められた顔だった。
私は、
はっきり理解した。
この授業は、
沈黙を教える場ではない。
沈黙を“成功体験”に変える場だ。
⸻
私は、黒板に近づいた。
チョークを取る。
司祭が、僅かに身構えた。
私は、
一言も書かなかった。
ただ、
黒板の中央に、
白い粉を落とした。
点だ。
意味のない点。
子どもたちが、
それを見る。
「……先生」
また、小さな声。
今度は、
後ろの子だ。
「それは、
何?」
私は、初めて口を開いた。
「……分からない」
法廷で言えば、
罪になる言葉だ。
教室が、
わずかにざわつく。
司祭が、低く言った。
「説明しろ」
私は、
ゆっくり首を振った。
「説明しません」
子どもたちが、
息を呑む。
「でも」
前の子が言う。
「気になる」
私は、頷いた。
「そうだね」
司祭が、
一歩踏み出す。
私は、続けた。
「気になる時、
人はどうする?」
子どもたちは、
顔を見合わせる。
誰も答えない。
答えてはいけないと、
学習している。
私は、
もう一歩踏み込んだ。
「黙ると、
どうなる?」
沈黙。
長い沈黙。
その中で、
一人の子が、
ぽつりと言った。
「……忘れる」
その瞬間、
教室の空気が変わった。
私は、
その子を見た。
「そうだね」
司祭が、
凍りついた。
私は、続けた。
「黙ると、
分からないままになる」
「分からないままになると、
楽になることもある」
子どもたちが、
小さく頷く。
「でも」
私は、
チョークの点を指した。
「世界は、
分からないものだらけだ」
「全部、
黙っていたら」
一拍。
「何も、
分からないままになる」
司祭が、
鋭く言った。
「そこまでだ」
私は、
教壇を降りた。
子どもたちは、
私を見ている。
困惑と、
少しの興奮と、
そして――
恐怖。
授業は、
それで終わった。
⸻
廊下に出ると、
司祭が言った。
「危険だな」
私は、答えた。
「ええ」
「だが」
司祭は、
薄く笑った。
「もう遅い」
私は、歩きながら考えた。
三日間。
まだ、二日ある。
今日、
私は沈黙を教えなかった。
だが――
沈黙が、
何を奪うかを
教えてしまった。
外で鐘が鳴る。
今日も王都は静かだ。
だが――
子どもたちは、
静けさの中に
違和感を覚え始めている。
⸻
(第20話へ続く)
誤字脱字はお許しください。




