第16話 正しい答え
16話です。
被告は、いなかった。
証言台も、空いている。
被告席も、空だ。
それでも裁判は始まった。
「本日の審理は、確認のみとする」
判事が言う。
確認。
それは、もう裁く必要がない、という意味だ。
⸻
中央に呼ばれたのは、子どもだった。
あの子ではない。
別の子だ。
年は同じくらい。
服も、髪も、どこにでもいる子ども。
「質問をする」
司祭が、穏やかな声で言った。
「この街で、
困っている人を見たら、
どうしますか」
子どもは、少し考えた。
私は、嫌な予感がした。
「……大人に、言います」
司祭は、満足そうに頷いた。
「では」
次の質問。
「大人が困ることを、
見つけたら?」
子どもは、すぐに答えた。
「……言いません」
法廷が、静まった。
私は、息を吸った。
「理由は?」
司祭が、優しく促す。
子どもは、胸を張った。
「言うと、
みんなが困るからです」
その言葉は、
どこにも棘がなかった。
正解だと、
信じ切っている顔だった。
「素晴らしい」
司祭が言う。
「それが、
秩序を守るということだ」
私は、声を出していた。
「確認します」
判事が、ためらい、頷く。
私は、子どもを見る。
「誰が、
“言わない方がいい”と
教えましたか」
子どもは、少し困った顔をした。
「……みんなです」
私は、胸の奥が冷えた。
「具体的には?」
「……学校と、
おうちと、
この街です」
司祭が、即座に言う。
「それは、
健全な教育だ」
私は、首を振った。
「いいえ」
一拍。
「答えを覚えさせています」
司祭は、眉をひそめる。
「何が違う」
私は、ゆっくり言った。
「考えた結果、
黙るのと」
「黙る答えを
先に与えられるのは、
まったく違います」
法廷が、ざわつく。
「この子は、
状況を理解して
黙ったのではありません」
私は、子どもを見る。
「正解を選んだだけです」
子どもが、
不安そうに私を見る。
「……違うの?」
その一言が、
胸に刺さった。
司祭が、遮る。
「正解を教えるのが、
教育だ」
私は、即答した。
「違います」
一拍。
「教育は、
問いを残すことです」
判事が、木槌を握る。
「結論を述べろ」
私は、答えた。
「この裁判は、
誰も裁いていません」
「ただ――」
一拍。
「正解を配っています」
司祭が、静かに言う。
「それでいい」
私は、はっきり言った。
「それは、
思考の配給です」
沈黙。
子どもは、
小さく手を挙げた。
「……先生」
その呼び方に、
空気が張りつめる。
「もし」
震える声。
「もし、
言ったら……
どうなりますか」
誰も、答えなかった。
私が、答えた。
「……ここに立つ」
子どもは、
ゆっくり手を下ろした。
そして、言った。
「……じゃあ、
言わない」
司祭が、微笑んだ。
「正しい答えだ」
私は、何も言えなかった。
⸻
裁判は、終わった。
被告はいない。
罰もない。
だが――
何かが、確実に決まった。
外に出ると、
子どもが親の手を引いて歩いている。
「ねえ」
子どもが言う。
「今日は、
何も言わなくて
えらかったでしょ」
親は、頷いた。
「えらいわ」
私は、その背中を見送った。
今日も王都は静かだ。
だが――
沈黙が、
正解として
採点された日だ。
誤字脱字はお許しください。




